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集中連載:「一流の騎手とは」-第5回-

jockey05 by M.H

■ペリエ騎手が見せた「ゲートを出てから3完歩目までのテクニック」
ここで挙げた2001年の3つのG1ではないが、昨年(2004年)の有馬記念でペリエ騎手が見せた、「ゲートを出てから3完歩目まで」のテクニックをぜひ見ていただきたい。

【平成16年有馬記念の映像はこちら】

スタートしてから推進力のないゼンノロブロイに対して、ペリエ騎手が重心を後ろに移動→ハミをかけて前に出すという動作を2完歩と3完歩目に行っている。この動作によって、ゼンノロブロイに対し、“今日のレースはいつもよりも前に行こう”という意思表示をしたのである。

ペリエ騎手に促されたゼンノロブロイは、前半から好位を進み、最後の直線では逃げ粘ったタップダンスシチーをなんとか交わしてゴールした。もしあの時、ゼンノロブロイの出たままの位置取りであったならば、展開を考えるとタップダンスシチーを捕らえることは難しかったかもしれない。ペリエ騎手の展開の読みと、それを支えるスタートの技術が光ったレースであった。

(第6回へ続く→)


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集中連載:「一流の騎手とは」-第4回-

jockey04 by StudioU

■一流騎手の技術
なぜペリエ騎手の勝った3つのG1レースを振り返ったかというと、そのわずか3つのレースの中に、一流騎手として必要とされる技術が凝縮されているからである。一流騎手に必要な技術とは、以下のとおりである。

1、スタート
2、馬とのリズム(折り合い)
3、ペース判断
4、仕掛け
5、馬の個性把握
6、コーナーワーク
7、馬が追えること

■スタート
まずはスタートについて述べていきたい。スタートは、「ゲートを出るスピード」と「ゲートを出てから3完歩目まで」の2つのパートに分けて考えたい。前者の「ゲートを出るスピード」については杓子定規に判断することが難しく、この騎手はゲートが上手い・下手だと一概に決めつけることはできない。なぜなら、ゲートの良し悪しは、騎手というよりも、どちらかというと馬の方に起因するところが多いからである。いくら騎手がゲートから馬を速く出そうとしても、馬にゲートのセンスやダッシュがないとそれは叶わない。

騎手にできることといえば、ゲート内で苛立つ馬をなだめることや、ゲートの後方にトモを落とし気味で重心が後ろにある馬に対して、重心を前に持っていくよう指示することなど、ごくわずかなことである。それでもゲートの悪い馬は出遅れてしまうこともあるし、どんな馬でも素晴らしいスタートを切らせることのできる騎手などはいない。スタートが上手い(ゲートが速い)といわれているあの武豊騎手でさえも、馬によっては出遅れることもあるのだ。

それに対して、後者の「ゲートを出てから3完歩目まで」は、騎手の巧拙が如実に現れてしまう部分である。サラブレッドは走り始めてから3完歩目までにスピードに乗るので、そこまでの3完歩でいかにスタミナのロスをしないようにバランスをとって速く走らせるかが、スタートの良し悪しを大きく左右する。ここで馬に負担をかけてしまうと、後半の競り合いに大きな影響を及ぼすことになる。

馬に無理をさせずに、いいポジションを取れるかどうかは、3完歩目までの騎手による手綱さばきによるところが大きい。馬が少しでも楽にスピードに乗れるように、ハミなどを通じて補助することによってバランスをとってやるのが騎手の役割である。スタートの上手い騎手は先手を取って攻めることができるので、常にレースの主導権を握ることができる。そういった意味で、スタートが良いことは一流騎手の条件のひとつであることは間違いない。

(第5回に続く→)

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メールマガジン定期購読規約

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メールマガジン定期購読規約
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付則 本規約は2006年6月24日より実施するものとします。

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集中連載:「一流の騎手とは」-第3回-

jockey02 by sashiko

■ジャパンカップ
ジャパンカップは勝つべくして勝ったというレースだ。評論家の井崎脩五郎氏は、『Gallop 2001 臨時増刊号』にて、「角田騎手がジャパンカップで乗っていたら2馬身半ちぎっていた」と語っている。私も同感であり、たとえペリエ騎手ではない他の騎手が乗っていたとしても勝っていたと思う。ペリエ騎手が追って追ってやっと勝てたようだが、あれだけの接戦になってしまったのは、井崎脩五郎氏の指摘するように、スタートしてから1コーナーまでの直線で無理をして、他馬に挟まれてしまったというペリエ騎手のミスがあったからである。その後、慌てることなく無難に乗りこなしたため、かろうじて勝利できたが、ペリエ騎手にとっては冷や汗ものの勝利だったに違いない。

しかし、ひとつのミスも許されないという状況に立たされて見せた、4コーナーでのコーナーリングや、直線でのテイエムオペラオーを目標にした馬の追い出しにペリエ騎手の本領を見た気がした。

■阪神ジュべナイルF
阪神ジュベナイルFは、ある意味においてラッキーな勝利であった。タムロチェリーはブリンカーを装着していることからも分かるように、他馬を気にするところのある、気性的に難しい馬である。このように気性に問題を抱えている馬は、G1のように厳しいレースでは、弱点を露呈してしまい、本来の力を発揮できないことがほとんどである。特に阪神1600mのコースでは入れ代わり立ち代わりの激しい競馬になることが多く、気性に問題のある馬が好走できる可能性は低い。騎手の操縦いかんによって、ある程度の不利な状況は回避することができるが、最終的には他馬の出方やレースの流れなどの不確定要素に大きく影響されることになる。

ペリエ騎手にとってラッキーだったのは、道中でタムロチェリーの前に馬群のポケットができたことである。先行しようとする馬たちと、差しに徹しようとする馬たちとの間に、他馬に邪魔されず気分よく走ることができるスペースがポッカリと開いたため、道中はこのポケットを利用して進み、あとはタイミングを窺って外に持ち出して追うだけという、タムロチェリーの弱点を出すことのないようにレースが運んだ。もちろん、前半から(スタートから)積極的に攻める騎乗や、直線での馬の脚の伸ばし方など、特筆すべきは多いが、このレースに限っては、タムロチェリーが気性の難しさが出ないような状況になったという幸運が大きかった。

以上、2001年の秋シーズンにペリエ騎手が制した3つのG1について検証してみた。要約すると、マイルチャンピオンシップは、積極的なレースをして流れに乗り、スローペースを見越して早めに動いた。ジャパンカップは、前半でミスをしてしまったが、慌てることなく冷静にそのロスを補った。阪神ジュベナイルFでは、ラッキーを生かして最後には追い比べを制した、ということになる。

個人的には、マイルチャンピオンシップが最も絶妙な騎乗であったと思う。あのレースはペリエ騎手でなかったら良くて2着止まりであっただろう。もちろんジャパンカップと阪神ジュベナイルFも素晴らしい騎乗なのだが、マイルチャンピオンシップこそ、ペリエ騎手の真髄が随所に見られたレースであった。

(第4回に続く→)

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集中連載:「一流の騎手とは」-第2回-

jockey01 by sashiko

ペリエ騎手が勝った3つのG1を、ひとつずつ検証してみたい。

■マイルチャンピオンシップ
まずは、マイルチャンピオンシップから。騎乗馬であったゼンノエルシドは、秋の緒戦となる京王杯オータムHをレコードで圧勝したものの、続くスプリンターズSでは前走の反動からか、「4コーナーで弾けることがなく(横山典騎手)」惨敗してしまい、このマイルチャンピオンシップがG1への再挑戦であった。

ゼンノエルシドはもともとスタートのいい馬であったが、このレースでは他馬より1歩かそれ以上速いスタートを切り、この時点で、すでにペリエ騎手の先制攻撃が始まった。

これだけいいスタートを切れれば、あとは他馬の出方によって馬を下げてもいいし、そのまま流れに乗ってもよい。この時はあまり飛ばしていく馬がいなかったので、出たなりの2番手で逃げるクリスザブレイブのすぐ後ろにつけた。

そのまま3コーナーを回り、4コーナーまで持ってくる。ここまでの動きは至って自然で、全くと言っていいほど馬に負担をかけていない。馬としても、ほとんど無理をすることなく、いつのまにか4コーナーまで走って来てしまったという感覚だろう。まさに馬なりで4コーナーまでレースを進めてしまったのだ。

さらに、仕掛けのタイミングも絶妙であった。4コーナーまで馬に負担をかけることなく持ってきたこと、レースの流れが非常に遅いこと、そしてゼンノエルシドは一瞬の切れというよりも長くいい脚を使える馬であることを計算に入れた上で、4コーナーを出る時点(4コーナーを回り終える時点)まで追い出しを待つことなく、4コーナーを回りながらすでに馬にゴーサインを出した。いくら自分の馬に手応えが残っているとはいえ、もう少し仕掛けを待ち、他馬が来てから追い出した方が得策かと考えがちであるが、ペリエ騎手は迷うことなくどの馬よりも先に追い出したのだ。

このことは、たとえあの時点から(4コーナーを回りながら)追い出しても、ゴールまで持たせることができるという自信によるところが大きいだろう。「馬が追える」という絶対的な自信が、ペリエ騎手の積極的な騎乗を支えていた。

マイルチャンピオンシップにおいて、ゼンノエルシドは自身の持っている能力の100%に近い力を出し切っている。「出し切った」というよりも、「出し切らされた」と言った方が適切かもしれない。騎手として大切なことではあるが、馬の持っている能力を100%出し切るということは非常に難しいことであるし、ほとんどの騎手はそれができない。騎手の優劣は、どれだけ馬の持っている能力を出すことができるかで決まると言っても過言ではない。

結果論で言わせてもらえば、この後の香港マイルでは圧勝しているように、2着に来たエイシンプレストンの力がこのメンバーの中では一枚上であった。ゴチャついてしまい、思うようなコース取りができず、スローペースで脚を余していた。もし福永騎手が完璧な騎乗をしていたなら、ゼンノエルシドの勝利はなかったであろう。

マイルチャンピオンシップにおいて、ゼンノエルシドの体調は万全ではなかったと私は考えている。しかし、本調子にない馬でも、騎手が騎乗馬の能力を100%出し切る完璧な騎乗をして、もし相手の有力馬がミスをしてくれれば、勝利が転がり込んでくるチャンスが生まれることをペリエは証明した。

(第3回へ続く→)

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集中連載:「一流の騎手とは」-第1回-

jockey by M.H

■ペリエ騎手の衝撃
2001年の秋のG1レースにおいて、これまでの予想スタイルを見直すべき時期が来たと思わせられる衝撃的な出来事があった。その出来事とは、ペリエ騎手がマイルチャンピオンシップ→ジャパンカップ→阪神ジュベナイルFというG1を3連勝したことである。

ペリエ騎手が勝利した3つのG1レースうち、どのレースも決して乗り馬に恵まれていたわけではない。ちなみに人気だけ取ってみても、4番人気、2番人気、7番人気である。普通に乗れば勝てる馬を、普通に乗って勝ったものではない(それだけでも容易なことではないが)。普通に乗れば勝てない馬を、ペリエ騎手が普通に乗って勝たせたのである。

■「馬7騎手3」の真の意味
「馬7騎手3」と言われるが、この出来事があるまで、私はこの言葉の意味を真には理解できていなかった。それまでは、馬と騎手との比較において、馬の力の方が7:3の割合で優先されるという程度の理解でしかなかった。ハルウララに武豊騎手が乗っても勝てないように、騎手ではなく、結局は馬が走るのだという浅い理解。競馬新聞を見ても、そこにあるのは馬についての詳細なデータばかりであり、競馬とは“どの馬が勝つのかを当てるゲーム”だと考えていた。

しかし、そうではなかった。「馬7騎手3」という言葉の真の意味は、「騎手の技量が全体の3割も占める」ということである。もちろん馬の走る能力がベースにはあるのだが、少しぐらいの馬の能力差ならば、騎手の腕ひとつで逆転できるということだ。このことは、分かっていても意外と見落とされがちである。なぜなら、競馬新聞を読めば馬の能力はある程度は把握できるのに対し、騎手の技量は目に見える形で現れてこないからだ。ピンとこない、というのが正直なところだろう。それをピンとこさせてしまったのが、今となっては世界一の騎手であるオリビエ・ペリエ騎手である。つまり、競馬は“どの馬に乗ったどの騎手が勝つのかを当てるゲーム”なのだ。

(第2回へ続く→)

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シービスケット

seabiscuit 1star

「シービスケット」は原作も読み、その後に映画も観た。どちらが良かったかというと、圧倒的に原作である。当たり前のことだが、シービスケットを取り巻く登場人物たちの劇的で波乱万丈な人生は、2時間という映画の枠には収まりきらない。

シービスケットを筆頭に、片目が不自由な赤毛の騎手レッド、西部の自動車王ハワード、寡黙な調教師スミス、そして、個人的に好きだった“アイスマン”ウルフ、それぞれがそれぞれの人生を、泥臭いながらも徹底的に生きている。そんな徹底した泥臭さが、世界恐慌に苦しむアメリカ人の共感を呼んだというべき、実在のストーリーである。

とは言っても、私の場合、ほとんどこの物語に心を動かされることはなかった。500ページを超えるこの原作を読んだにもかかわらず、実のところ、ある一小節のサラブレッドに対する記述しか印象に残っていない。というよりも、その一小節があまりにも素晴らしかったため、原作の印象が薄れてしまったと言うべきか。

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サラブレッドは、神が創りたもうたもっとも素晴らしいエンジンのひとつだ。

六百六十キロにもおよぶ体重で、時速六十キロ以上のスピードを維持することができる。

もっとも敏捷な成年男子の能力をはるかに上回る反射神経を備え、一完歩で八・五メートルもの距離を進み、無駄のない動きでコーナーを回る。

馬体は重量感と軽やかさのパラドックスで、矢のようにやすやすと空を切ることができ、頭はたったひとつの命令にしか反応しない――走れ。

無比の勇気でスピードを追い求め、敗北や疲労をものともせず、時には骨と腱の構造的な限界をも超えて走り続ける。

飛翔中のサラブレッドは、自然界における、形態と目的のもっとも完璧な融合だ。
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これほどまでにサラブレッドの素晴らしさを表現した言葉を、私はかつて知らない。何度読み返しても、美しい描写である。この美しき詩を前にして、クドクドとした説明は不要だ。さあ、もう一度。

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「競走馬私論」 -その2-

kyousoubasiron 5star

ゼンノロブロイのインターナショナルSは残念だったが、それでも藤沢和雄が日本一の調教師であることは疑いようがないだろう。これからも挑戦を続けてほしい。今回は馬のウォーキングについて。

第5章「馬が悪くなってしまう原因」より

競走馬にとって「きちんと歩く」ことは非常に大切である

(中略)

脚を引きずってデレデレ歩くのではなく、きちんと脚を上げてリズミカルに歩く。馬にもそういう歩き方をさせるのである。

これは普通の歩き方ではないから、馬に「歩く」という意識、あるいは緊張感が必要である。人に引かれて歩くときは常にそういう歩き方をするのだとしつけておくと、馬は精神的に強くなる。我慢が効くようになると言ってもよい。しかも、こうして歩いているときは、馬がそれに意識を集中しているので、急に暴れたりすることがない。

(中略)

競馬場のパドックでは、厩務員が出走馬を引いて歩く。このとき人馬ともに「きちんと歩いているか」を見るとよい。素質の高い馬で人気になっていても、きちんと歩いていない場合には、レースで気の悪さを出して―――ということが起きたりする。きちんと歩けない馬はきちんと走れないのである。

「きちんと歩けない馬はきちんと走れない」とは、まさに言い得て妙である。

パドックにおいて、私たちはついつい馬体を見てしまうが(見ても分からないにもかかわらず)、何よりも先に見るべきは馬の歩き方なのである。普段からきちんと歩く訓練をしていないと、パドックでもきちんと歩くことはできない。パドックできちんと歩けない馬が、レースに行ってきちんと走れるとは思えない。いくら素質が高く、能力に溢れていたとしても、人間(騎手)の指示に従わずに暴走してしまってはレースで勝利するのは難しいのである。

理想的な歩き方としては、首を下げて、トモ(後肢)を深く踏み込み、歩くことに気持ちを集中しているということ。これが意外と難しく、急に首を上げてみたり、小足を使ってチャカついてみたり、あたりをキョロキョロと見回してみたりと、オープンクラスの馬でもきちんと歩けない馬もいる。もちろん、上のクラスの馬ほどきちんと歩けるし、古馬の方が若馬よりもきちんと歩ける。きちんと歩けるということは、その馬の競走馬としての資質をストレートに表していると言えるだろう。

ましてや、パドックで順番に歩けない馬など論外である。パドックでは出走番号順に登場し、周回を重ね、そして番号順に退場していく。1番の馬の次は2番の馬で、その次は3番の馬である。そのように歩くのがルールなのだ。しかし、たまに1番、2番、4番というように、3番の馬が番号順の周回から外れてしまっていることがある。どこに行ってしまったのかと見回すと、一番後ろにポツンと付いて回っていたりする。他馬が後ろや前にいることを気にするのだろうか、それとも人間の言うことに従わないのだろうか。いかなる理由があろうとも、この3番の馬はきちんと歩くことができない馬である。このようにきちんと歩けない馬は、まずレースでも勝てない。

すでに自分が買ってしまった馬が、パドックできちんと順番に歩けていないと非常にがっかりしてしまう。この時点で、既にハズレに確定の赤ランプが灯ったようなものだ。いまだかつて、このような馬が好走した記憶がないし、案の定、凡走してしまったというケースがほとんどである。つまり、きちんと歩けないということは、それだけで馬券の対象から消す十分な根拠となりうるのである。


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「ゴールドベルグ変奏曲」 グレン・グールド

goldbergvariations

グレン・グールドは、「極端に速く弾き、一方で極端に遅く弾く」、という両極端のテンポで演奏することをスタイルとした。極端に速く弾くことも難しいが、極端に遅く弾くことはさらに難しい。遅く弾くと、それだけ正確かつ明晰でなければ、音楽として成立しなくなるからだ。

競馬の馬券に言い換えると、銀行馬券である1.1倍の単勝を当てながら、次のレースでは300倍以上の3連単を的中させるといった極端さであろうか。特に1.1倍の単勝は外すことが許されないため、かなり正確かつ明晰な予想が求められる。本命党や穴党と自称し、単に人気のあるなしで馬券を買うような輩とは、グレン・グールドのスタイルは一線を画している。極端に速く弾けるのも、遅く弾けるのも、それを支える技術があってこそである。

グレン・グールドと競馬がごっちゃになってしまったが、いずれにせよ、卓越した技術と創造性をいやがおうにも目にする、とびきりの一枚である。演奏の途中でグレングールドのうめき声(?)も聞こえるので、ヘッドフォンをしながらこのCDを聴くことをお薦めする。グレン・グールドのように、とまではいかないだろうが、とびきりハイな気分で悦に入りながら予想できること間違いなしである。

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ゼンノロブロイに託された夢は

zennorobroi02ゼンノロブロイがインターナショナルSで2着に敗れてしまった。レースでは、道中も折り合いを欠くことなくスムーズに走り、最後の直線で一瞬だけ前が塞がったが、ほとんど影響はなかった。勝った相手(エレクトロキューショニスト)が強かったということであり、ゼンノロブロイの力は出し切っている。

武豊騎手のコメントに、「勝負どころで何回か、終わりかな?と思うシーンがあったのですけど、その都度踏ん張りを見せていました。本当に何度も踏ん張る馬ですね。」とあるように、ゼンノロブロイは叱咤激励されて伸びる馬である。あの武豊騎手がムチを振るいすぎて騎乗停止になったくらい必死に追っていたが、着差を考えると、もしペリエ騎手が乗っていたらと想像してしまう。武豊騎手もほぼ百点満点の騎乗をしているのだが、あと一歩及ばなかった。

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ゼンノロブロイよ、勝って帰って来い!

zennorobroi by Ken

ゼンノロブロイが武豊騎手を背に、イギリスのヨーク競馬場で行われるインターナショナルSに出走する。あえて“出走”としたのは、もはやゼンノロブロイ、武豊、そして藤沢厩舎にとって、インターナショナルS程度のG1は“挑戦”ではないからだ。かつてタイキシャトルでジャックルマロワ賞を制した時と同じような、“勝たなければならない”というプレッシャーを、陣営は相当に感じているはずである。

そして私も、ゼンノロブロイがインターナショナルSを勝つ可能性は高いとみている。

なぜなら、ゼンノロブロイが前走の宝塚記念で負けているからである。

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予想する音楽

予想をする時、皆さんはどんな音楽を聴きますか?

モーツァルトを聴くと、活性化された脳がアルファ波を誘発し、深いリラクゼーションや脳力を存分に発揮しやすい状態になるのは有名な話です。もちろんモーツァルトに限ったことではなく、その人にとって心地よい音楽を聴くと、それだけで右脳が刺激され、予想をするのに適した脳の状態になるのです。

私にとって、予想する際に聴く音楽の条件はひとつだけあって、それは「歌詞が入っていないこと」です。歌詞が入っていると、どうしても言葉に引きずられてしまい、予想することに集中できないからです。

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カミソリとナタと

カミソリやナタなどと物騒なタイトルたが、何てことはない、競走馬の末脚の切れ味のことである。「コダマはカミソリ、シンザンはナタの切れ味」という武田文吾調教師のコメントが由来だが、競馬界では日常的に使われている表現のひとつである。同業者ながらも(?)、よく拝見させていただいている【そのまま、そのままっ!!】の記事に触発され、私なりにカミソリとナタとについて考えてみた。

まず、カミソリとナタとはどちらも切れるのだが、その切れ方が違う。カミソリはスパッと切れるのに対し、ナタはザクッと切れる。つまり、カミソリの方がナタよりも鋭く切れる。かといって、カミソリの方が切れ味が良いかというと、そうとは限らない。たとえば大きな木をカミソリで切っても切れないように、切る対象物によっては、カミソリよりもナタの方が切れる。カミソリが鋭く、ナタが鈍いということではなく、あくまでも切れ方が違うのである。

これをそのまま競馬に当てはめてしまうと、カミソリの切れ味とは、一瞬で鋭く切れる末脚のことで、対するナタの切れ味とは、良い脚を長く使える末脚ということになる。確かに間違ってはいないのだが、これだけではあまりにも抽象的で分かりにくい。もう少し具体的に、かつ厳密に述べると、以下のようになる。

カミソリとナタとの違いは、“スピードがスタミナに裏打ちされているかどうか”である。分子がスピードで、分母がスタミナとすると分かりやすい。その馬のスピードに対してのスタミナの比重が軽ければ、末脚はカミソリの切れ味となり、スピードを支えているスタミナが豊富であれば、末脚はナタの切れ味となる。

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「ツイてる!」 斉藤一人著

tuiteru 2star

競馬に役立てようと思って読んだわけではないが、「なるほど、これは競馬でも使えるかも」という箇所があったので紹介したい。あくまでも精神論としてではあるが。以下、二章「実力は人間の力、ツキは天の力」からの引用。

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「勝負強い人」というのがいるんです。そういう人は、たいがい、「自分はツイてる人間だ」と思っているんだ、ということです。ツキって、強いんです。実力よりも、ツキのほうが上です。なぜかというと、実力は人間の力だけど、ツキは天が与えるものだから。「あの人より私のほうが実力では上なのに。どうして私が負けるんだ?」と人は言うけれど、私に言わせると、負けて当然なのです。あの人とあなたの勝負ではないんです。あなたと天が勝負している。それで、たいがいの人は天には勝てないものなんです。
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ここまでハッキリと言われると、分かってはいても正直ドキッとする。つまり、いくら実力があっても、ツキがなければ勝てないということ。特に競馬の世界はそうだろう。ウン十年間馬券を買い続けているオッサンがかすりもしない馬券を、初めて馬券を買った女の子が的中させたりすることはざらにある。実力なんて所詮は人間の力であって、最終的にはツキという天の力を借りないと勝負には勝てないことは、競馬をやっていれば誰もが思い知らされる。

では、どうすると天からツキを与えてもらえるか?

この本の著者いわく、「いつも笑顔でいる」、「ツイてると言葉にする」、この2つを実践することが大切だそうだ。簡単なようで、難しい。馬券を買うまでは笑顔でツイてると言えたとしても、もしそれで外れてしまったらどうするのか。その後も、笑顔で「ツイてる!」と言える自信は、正直私にはない・・・。自分のひきつった笑顔が目に浮かぶ。

他にも、「売れるか売れないかよりも、笑えるか笑えないかが大事」や、「○×試験に何も書けないことが人生の大失敗」、「恐れをなくすと、壁はぶち破れる」など、馬券に役立ちそうな言葉が満載である。私流に読み替えると、「当たるか当たらないかよりも、その馬券を買って楽しいか楽しくないかが大事」、「何も賭けられないことが予想の大失敗」、「こんなに人気のない馬は来ないだろうと自分で限界を決めてはいけない」となる。

こんな風に自己啓発本を読むのは私くらいかもしれないが、汎用性のある精神論を、とにかく分かりやすい言葉で語っている良品である。競馬で「ツイてる!」と思えるかどうかはあなた次第として、ぜひご一読あれ。

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ディープインパクトの凄さを知る者は

deep01 by Ken

ディープインパクトの凄さを、多くの人々が語っている。ある人は、バネのような柔軟な走法が凄いとし、ある人は、鞍上の意のままに動ける気性の素直さが凄いとする。そのほかにも、バランスの取れた無駄のない馬体や優れた心肺機能など、ディープインパクトの凄さを挙げていくとキリがない。

しかし、武豊騎手以外は、ディープインパクトの凄さを本当の意味では決して知り得ない。なぜなら、超一流だという感覚は、レースで乗った騎手でないと分からないからだ。先日に紹介した「競走馬私論」(藤沢和雄著)に、こんなくだりがある。

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