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ディープインパクトの凄さを知る者は

deep01 by Ken

ディープインパクトの凄さを、多くの人々が語っている。ある人は、バネのような柔軟な走法が凄いとし、ある人は、鞍上の意のままに動ける気性の素直さが凄いとする。そのほかにも、バランスの取れた無駄のない馬体や優れた心肺機能など、ディープインパクトの凄さを挙げていくとキリがない。

しかし、武豊騎手以外は、ディープインパクトの凄さを本当の意味では決して知り得ない。なぜなら、超一流だという感覚は、レースで乗った騎手でないと分からないからだ。先日に紹介した「競走馬私論」(藤沢和雄著)に、こんなくだりがある。

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調教のスピードは、どんなに速くても、1000mで数秒はレースよりも遅い。どんなに強い調教でも、馬が苦しがってギリギリになるところまではやらないからである。

しかし、レースではギリギリまで走る。能力の限界に近いスピードで走り、苦しくなったときに鞭が入る。そのとき、どんな動きをするか。それが超一流とそれ以下の馬の違いである。

中略

同じスピードで走っているとき、ほんの一瞬で頭だけ前に出るというのは、大変なことである。サラブレッドのスピードは、だいたい1分で1000mだから、時速にすると60kmくらいである。もちろん、緩急があるから、瞬間的にはもっとスピードが出る。

ゴール前の直線、仮に時速60kmで2頭が競り合っているとしよう。単純に考えると、相手が時速60kmなら、時速61km出せば頭くらいは前に出られそうだが、そうはいかない。時速1kmの差で頭だけ前に出るには、20m近く走らなければならない。

ところが、本当に強い馬は、並んだ瞬間にスッと頭だけ前に出ることができる。体の奥深いどこかに神秘的と言ってもいい力が潜んでいる。その能力を見分ける感覚は、レースで乗った者でないとわからない。だから、超一流馬の本当のすごさを実感できるのは、騎手だけなのである。
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超一流馬の本当のすごさを、実に分かりやすく説明してくれている。超一流馬の真価が問われるのは、一流馬同士がレースで限界に近いスピードでギリギリまで走った時である。並んだ時に、スッと一歩前に出ることができる神秘的な力。その‘スッ’を体感できるのは、実戦のレースで騎乗することのできる騎手だけなのである。

武豊騎手は‘もうひとつ上のギア’という言葉で、超一流馬の持つ底知れぬ力を表現することがある。数々の名馬に跨ってきた武豊騎手であるからこそ、勝負どころで追われた時に見せる超一流馬の‘スッ’という加速力が体に染み込んでいる。かつて、ナリタブライアンに騎乗した南井克己騎手(現調教師)も、その走りに、「最後の直線でもうひと伸びする時に、グッと沈み込むところがオグリキャップと似ている」とコメントしたことがある。南井克己の‘グッと沈み込む’という表現は、武豊騎手の‘もうひとつ上のギア’に近い(または同じ)。超一流馬の神秘的な力を体感した騎手は、その後、その感覚をものさしとして、騎乗馬がどのくらいの能力を持ち合わせているのかを測ることができるようになる。

まさにジョッキーとしての円熟期に達した武豊騎手をして、ディープインパクトの走りは「空を飛んでいる」ようだと表現させる。一旦加速がつくと、どこまでも伸びていくその走りは、‘スッ’ではなく‘スゥッーーーーーーーー’という擬態語の方が適切なのかもしれないし、もしかすると、ひとつ上のギアどころではなく、ふたつみっつ上のギアを持っているのかもしれない。いや、ギアのように段階的にスピードが上がっていくのではなく、今まで体感したことのないジェット機のような爆発的な加速がいつまでも持続するのかもしれない。いずれにせよ、レースで跨ったことのある者にしか分からない、ディープインパクトの凄さなのである。神秘的な力をさらに超えた感覚を知ってしまった武豊騎手は、かつての騎手たちが知らない宇宙へと、また一歩、足を踏み入れたことになる。

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photo by Ken


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