
できればこの馬券だけは公開したくなかった、というのが本音である。
デュランダルを買うかどうかは、本当にギリギリまで迷った。なぜ迷ったかというと、デュランダルには前走からの反動があるのではと危惧していたからだ。デュランダルは歴史に残る屈指のマイラーであることは承知しつつも、今回のレースに限っては末脚が不発に終わることがあるのではないかと、週の初めから、心のどこかで気に掛かっていた。
デュランダルが2着したスプリンターズS2005の観戦記で、私は以下のように書いている。
「デュランダルは32秒7という鬼脚を使ったが、昨年同様に届かず2着。今年は勝った馬が強すぎた。それにしても、コンスタントに追い込んでくる柔軟な末脚にはいつも驚かされる。持病の裂蹄を克服して、なんと10ヶ月ぶりのレースだけに価値は高い。まさに歴史に残る末脚を持った馬である。ただ、次のマイルCSに出走してくれば人気になるだろうが、反動が心配である。今回のレースで-7kg体重を減らしていたことや、32秒台というサラブレッドとして限界の脚を使ったことによる反動が出てしまうのではないか。」スプリンターズS2005-観戦記-より引用
私が気に掛かっていたのは、デュランダルが10ヶ月の休み明けにもかかわらず、32秒台という強烈な末脚を使ったことによる反動が出ないかどうかという点である。極端な脚質(追い込み一辺倒)による取りこぼしや、不向きな展開(超スローペース)を心配したわけではない。デュランダルには後ろから行く競馬が合っていることは確かで、たとえスローの展開になろうとも勝つことのできる柔軟な末脚は、これまでの戦績が十分すぎるほどに証明している。そうではなく、前走で強烈な脚を使って日本馬の意地を見せたことが、今回のマイルチャンピオンシップにおいては逆にアダとなるのではないかと危惧したのである。
とはいえ、昨年のデュランダルも休み明けのスプリンターズS2着→マイルチャンピオンシップというローテーションで優勝したではないか、という反論もあるかもしれない。昨年と同じパターンだからこそ、今年も人気になったという面もあるだろう。しかし、昨年のデュランダルと今年とで、明らかに異なる点がひとつだけある。
それは、前走のスプリンターズSで使ったラスト3ハロンの脚である。
2004年→35秒8
2005年→32秒7
およそ3秒もの違いがあることが分かる。もちろん、2004年はドロドロの不良馬場で行われたのだから、上がりタイムも遅くて当然である。しかし、同じ2着でも全体のタイムや上がりの時計が異なれば、脚元への負担も全く異なる。特にデュランダルのような蹄に問題のあるような馬にとって、32秒台の脚を使ったことによる負担は想像以上に大きい。パンパンの高速馬場で、しかも休み明けにもかかわらず、32秒7の脚を使ってしまったことによる反動は大きいと考えるのが普通である。
それでも人気になったのは、「ツメの不安はない」「一度叩いて上積みは大きい」という陣営からのコメントや、最終追い切りで速いタイムが出たからであろう。実際に、私もこれらの材料をもって自分を納得させようとした。ただし、デュランダルが本来のデキになかったことは結果を見れば明らかである。いや、正確に述べると、結果を見れば明らかではあるが、中間の様子や動きからは明らかではなかった。陣営にさえも分からない、目に見えない部分で、32秒台の己の末脚によってデュランダルの肉体もしくは精神が蝕まれていたのだろう。
ここまで何だかんだと理屈を並べてきたが、つまりは私が自分自身の論理を突き詰められなかったということである。思い起こしてみると、デュランダルの3連覇というイメージに引きずられ過ぎた気がする。32秒台の末脚による反動が頭のどこかに引っ掛かりながらも、同一のG1レースを3連覇するという快挙を成し遂げるとすればデュランダルしかいないのでは、と一方で考えていた。この気持ちは今でも変わりない。そして、デュランダルの3連覇に便乗する形で、自分も馬券で勝とうと考えていたのである。
まさに、「勝ちたい」という自分のだらしなさが感じられる馬券である。馬券は正直だから、そのだらしなさは如実に表れるし、隠すことができない。馬券には、恐ろしいほど人物が出る。個性・生き方・競馬に対する姿勢など、その人の全てが凝縮されて馬券に表れてしまう。「勝つことがすべて」ではない。勝ち負けはあとから付いてくるものであって、勝ち負けにこだわって縮こまってはいけない。こだわるべきなのは、自分にしか買えない馬券を買うことなのである。
私の尊敬する碁打ちの藤沢秀行氏はこう言う。
「碁は無限なり、個を立てよ」
私流に解釈すると、こうなる。
「競馬は無限なり、個を立てよ」
Recent Comments