馬券が当たらない時には

とても抽象的な話になってしまうことを予めお断りしておくが、どうにもこうにも当たらない時は、自分の予想プロセスを見直してみること以上に、まずは自分の周りを見渡してみることが大切だ。なぜなら、自分の身近にいる大切な人間が応援してくれない状況では、どうあがいても勝負には勝てないからだ。
かつて、将棋の米長邦雄(永世棋聖)が、勝負運についての面白い話をしていたことを思い出す。将棋で同じぐらいの実力がありながらも勝負に勝てる子と勝てない子、また伸びる子と伸びない子の違いは、その子供の育った家庭の空気にあるのではないかという話である。あくまでも仮説であるが、勝てる子、伸びる子の育った(育っている)家庭の空気は“丸い”らしいのである。逆に、才能がありながらも伸び悩んでいる若手について、「この人は母親が応援していないからだめ」という論評をしいていたこともあった。
このことは、心理学でいう「自我関与」と大きなかかわりをもつ。「自我関与」とは、どれだけ自分が主体的に関わっているかということであるが、当然のことながら「自我関与」が高ければ高いほど勝ちたいという気持ちは強い。しかし、身近にいる大切な人が応援していないという状況においては、「自我関与」は安定せず、勝ちたいという気持ちは空回りしてしまう。「自我関与」が不安定な状態になってしまうと、勝ちたいという気持ちに波が出てしまい、悪い時には、勝たなければならないという強迫観念に襲われることになる。
勝たなければならない強迫観念に襲われると、これも心理学でいう「知覚自由度」が低くなってしまう。「知覚自由度」が低いとは、自分はやりたくてやっているわけではなく、やらされていると思ってやる状態である。馬券で言うと、当てたいという気持ちではなく、当てなければならないという気持ちが強くなってしまうことである。ものごとは何でも、「知覚自由度」が高い状態で行う方が良い結果につながることが多く、「知覚自由度」が低ければ、それだけ視野が狭くなり、直感も働かなくなる。
もちろん、周りの全ての人間が応援してくれるわけではないし、思いがけない修羅場をくぐらなければならない時もあるだろう。そんな時は、黙って時の経過を待つしかないのだが、何よりも怖いのは、自分の気付かないところで、「自我関与」が不安定な状況になってしまい、自らの「知覚自由度」を低くしてしまうことである。気付かない人は気付かない、目に見えない空気のような話だけに、あれよあれよという内に勝負の運は逃げていってしまうのだ。
馬券が当たらない時には、ゆっくりと時間をかけて、自分の周りにいる大切な人々の気持ち、そして自分の気持ちにも耳を澄ませてみたい。
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