« ポルトフィーノ(父クロフネ)牝 | Main | 「位置取り指数」を使って競馬を楽しもう »

「サイマー!」

Saima 1star

うまジオでの対談の時に勧められた、直木賞作家・浅田次郎氏による旅打ちエッセイ。ホームグランドの府中競馬場から始まり、最後はラスベガスまで所狭しと世界を飛びまくり、張り続けるさまは、驚きを通り越して痛快である。行ったことのある競馬場は、その情景が目に浮かび、行ったことのない競馬場は、まるでそこで馬券を買い、浅田氏と共に叫んでいるかのような錯覚に陥ってしまう。読み終わるとスーツを着て競馬場に行きたい!と思わせられる、素晴らしい読後感である。

しかし、ひとつだけ引っ掛かるところがあった。それは、「あとがき」において、久保吉輝氏の撮ったサイレンススズカの天皇賞秋の写真を評した部分である。この写真はJRAのヒーロー列伝のポスターとしても有名になった名作だが、浅田氏は以下のように書いている。長くなるが引用したい。

ここに一葉の遺影がある。第百十八回天皇賞の馬場入場直後における、サイレンススズカ号の写真である。私はかつて、これほど悲しみに満ちた生き物の表情を見たためしがない。物言わぬ名馬は、おそらくおのれの余命が数分しかのこされていないことを、正確に予知している。鞍上の騎手もまた、ふだんとは違う愛馬の気配を悟ってか、表情を翳らせている。ファンが良く知る通り、このジョッキーが表情を露わにすることは極めて稀である。そしてその姿を、埒のかたわらから、久保吉輝氏のカメラが捉えていた。
Suzukaiei_2

この一葉がサイレンススズカの遺影であることに異存はない。しかし、この遺影には悲しみというものが断片さえも私には見えない。この遺影に見えるのは最上の喜びと希望だけである。サイレンススズカという最速の天才と、武豊という天才ジョッキーが巡り合って生まれた喜びと希望が、最高の舞台を迎えたその奇跡の一瞬である。走る喜びに流星を紅潮させるサイレンススズカを、武豊騎手は愛情を持って見つめる。もはやそこには2人の世界しか存在せず、14万の観衆の大歓声の中でも、ただひらすら彼らは静寂に包まれていたに違いない。

この遺影を私が改めてじっくりと見たのは、ちょうど今年の宝塚記念の週に、サイレンススズカのビデオを借りてきてジックリと観た後のことだ。新馬戦から最後の天皇賞秋まで、彼の競走生涯を時系列に辿った後だからこそ、もしかしたらそう思えたのかもしれない。それでもやはり、たとえ死が隣り合わせであろうとも、この瞬間が悲しみに満ちているはずがないと思う。

未来に起こる悲劇など知るよしはない。そして、私たちはその瞬間を選べない。サイレンススズカは生きながらにして死んだのである。「原因は分からないのではなく、ない」と武豊騎手は語った。そうだろう。だって、サイレンススズカと武豊は、あの瞬間まで最高に幸福であったのだから。彼らの走りを観ればそれは分かる。生きている限り、喜びや希望はいつも溢れていて、たとえいなくなってたとしても、喜びや希望はこうして私たちの心の中で走り続ける。

現在のランキング順位はこちら

|

Comments

こんにちは。
子供が傍らで汗びっしょりで昼寝しています。

サイレンススズカの悲劇からも9年経ちますか。
ついこの前のような気がします。

私はこの馬は競走馬としては完成されないままこの世を去ったと思っています。
ありあまるスピード、超Hペースで相手に競馬をさせなかった走り。
この時既に年明けから6連勝、宝塚も制しましたが、
足腰の筋肉はそれに耐えうるだけのものになっていなかったと思います。

当時は芝の短く生え揃った高速馬場を走らざるを得なかったのですが、
芯の入る成長期には、本当は経験という上でもできるなら他の馬に競りかけてもらいたかったかもしれません。

私には早い時期の幼い部分が全くなくなったようには思っていませんでした。
馬体もスマートには見せるようにようになったものの大人びた感じはせず、
走るのが速い子がさらに前向きに気持ちが向いてきて、まだ身の入るこれからでした。
フィジカル面、メンタル面とも、もっともっと真の名馬になるだけの可能性を残した馬だと思います。

P.S.
ポスターはそう捉えられる感のあるシーンを選んだのでしょうね。
でも、私にも悲壮感漂うようには全く見えませんけども。
常に真剣だからこそ、戦う静の姿勢がそこにあっただけだと思います。

Posted by: あらた | August 01, 2007 at 02:53 PM

こんにちは治郎丸さん、僕もこの時はこの馬がどんなタイムを叩きだしてくれるのかと言う気持ちで、高揚していたのを思い出します。

僕も希望と期待しか読み取れませんでした、一度でいいからこの馬とディープを戦わせてみたかったですね。

子供の走りも、見てみたかったです。

Posted by: 和人 | August 01, 2007 at 03:46 PM

あらたさん

うちの子は額から汗が噴き出しながらはしゃいでいます。

子供は新陳代謝がイイですね~。

サイレンススズカから9年が経ったのですね。

毎日王冠の逃げ切りは、今でも鮮明に思い出すことが出来ます。

あれほど美しい逃げ切りを私は観たことがありません。

ゲーセンにある馬に乗るゲームで、あの後、何度逃げ馬に乗ってサイレンススズカの毎日王冠を再現したことか(笑)。

おっしゃるように、まだまだ成長の余地を残した馬でした。

それでも、彼の刻んだラップは、今のラップ分析家の人たちに見てもらいたいぐらい凄いものです。

Posted by: 治郎丸敬之 | August 01, 2007 at 09:14 PM

和人さん

こんばんは。

目をつぶれば、今でもサイレンススズカの走りは鮮明に思い出すことが出来ますね。

もちろん、これはファンタジーですが、あのアクシデントがなければどれだけの着差で彼はゴール板を駆け抜けたでしょうか。

生きている限り、喜びと希望は満ちていて、いなくなった今も私たちの心の中で走り続けているのだと私も信じています。

Posted by: 治郎丸敬之 | August 01, 2007 at 09:18 PM

治郎丸さん、こんばんわ
私も浅田氏は好きですけどやっぱりこれは後付けですよね?
仮に走る前に「ちょっと違うな?」とか思ったとしてもあの結果を予測するのは並大抵ではありませんし。
私は現場で見てたんですが武豊が無理してるようには見えなかったです。(しかし1000m通過時点でのタイムは尋常じゃなかったんでこのままじゃ終わらないな?って感じはしたんですけど) 
職業柄、仕方ないんでしょうけど浅田次郎さんほどの人がこういうモノの書き方はして欲しくはないですね。

「競争馬の事故」これはG1でも未勝利でも同じです。
経済動物として生まれてきた性はいかんともしがたいところでしょう。
その馬に関わった人にしてみればその馬が強いとか、弱いとか関係ないと思います。
私が一番印象に残っている事故は20年ほど前でしょうか?(若い人はほとんど知らないでしょうけど)サザンフィーバーの骨折でしょうかね?

落馬治療中の塚田騎手、復活を心の底から祈ってます。

Posted by: 山人 | August 01, 2007 at 10:21 PM

山人さん

暖かいご意見ありがとうございます。

私も現場で見ていたのですが、馬券を握り締めていた私個人としては、スタート後にほんの少し気合をつけたことは気になりました(あの当時の府中2000mコースの1番枠を少し意識したのでしょうか)。

しかし、それは私たちの常識であって、彼らにとっては些細なことだったに違いありません。

1000m通過のタイムを見て私もドキドキしましたし、彼らの生命は最高に輝いていたと思います。

事故は誰の知るよしもありませんよね。

塚田騎手には絶対に戻ってきて欲しいと思っています。

Posted by: 治郎丸敬之 | August 01, 2007 at 10:43 PM

治郎丸さん、こんばんは。
この写真について語り合う約束が、なかなか果たせずにいましたね。
僕の気持ちも、貴方と寸分の違いも無いものでした。
ずるいようですが…本当の事です。

久保吉輝氏の写真、ヒーロー列伝ポスターになったものと、
「サイマー!」に掲載されたものとは、
厳密に言えば、違うものですね。
「サイマー!」では後方に見える人影が、ポスターでは修正されて消されています。

ポスターの制作者の意図としては、たった二人だけの世界を表現したかったのでしょう。
二人の「絆」、その純度の高さのようなものを…

ポスターに天皇賞の写真を選んだことについての非難があったとも聞きました。
中距離では例を見ない大差勝ちを成し遂げた「金鯱賞」。
初めての、そして唯一のGⅠ勝ちとなった「宝塚記念」。
天馬の飛翔を想わせた「毎日王冠」。
候補となった写真は幾つもあったのでしょうが、
それでも、このポートレートの素晴らしさが、群を抜いていたのでしょうね。
それが例え「遺影」であったとしても。


「傑作」であるという点では、浅田氏と同じ意見です。
感じ方は全くの正反対ですが。

Posted by: Quina | August 02, 2007 at 12:22 AM

Quinaさん

こんばんは。ご無沙汰しております。

この写真については、きちんと書いて表現したいと思っていました。

なかなか言葉にならず、時間が掛かってしまいましたね。

でも、Quinaさんと同じ気持ちだったようで、素直に喜んでいます。

>「サイマー!」に掲載されたものとは、厳密に言えば、違うものですね。
→なるほど、もう一度観てみましたが、ポスターの方には人影はありませんでした。

>ポスターの制作者の意図としては、たった二人だけの世界を表現したかったのでしょう。
>二人の「絆」、その純度の高さのようなものを…
→はい、二人の絆の純度の高さが伝わってきますね。

私はサイレンススズカのベストレースは毎日王冠だと思いますが(いやサイレンススズカのではないですね)、幸せの頂点という意味合いにおいてはこちらが郡を抜いていますね。

ポスター製作者の目は確かだったと思います。

Posted by: 治郎丸敬之 | August 02, 2007 at 01:10 AM

治郎丸さん、こんばんは。

このサイレンススズカのポスターはJRA作成の名馬列伝(?)の中でも
群を抜いて目を引きますよね。

実はミーハーな私の部屋にもこのポスターが飾られていたりします(笑)。
それは、サイレンススズカという稀代の名馬を忘れたくないという
想いは勿論、この写真の持つパワーを常に感じていたいと思っているからです。

上手く言葉にできるかわかりませんが、競馬とは『他の馬との競走に勝つ』
ものであると思うのですが、究極の域に達するとそれは『己との戦い』に
なっていくのだと思っています。
そして競走に勝つために研ぎ澄まされたその走りは、常に死と隣り合わせであり、
己の命を懸けたものである・・・。

この写真は、そうした競馬の究極の場面に向かう名馬と名騎手の
かけがえのない一瞬を切り取ったものであると私には感じられます。
全能力を解放しようとするまでの静寂の中にみなぎるそのパワー、
馬も人もそのことを承知してただ集中している・・・。そしてその後に待っていた悲劇・・・。

その全てがある意味、競馬の本質を語っているようでもあり、ちっぽけな
自分も自分なりに頑張るぞと奮い立たせてくれるものだと思って日々眺めています。

私がこれほど競馬が好きだったり、競走馬をある意味尊敬できたりするのは、
競走馬の命を懸けた走りがそこにあるからだとこの写真を見る度に思います。

余談ですが、武豊ジョッキーはこれまで『最強馬だと思った馬は?』という
質問にこの『サイレンススズカ』の名前を挙げていましたね。
ディープインパクトの出現でその答えは変わったことだと思いますが、
あれほどの名騎手が『あの馬が生きていたら・・・』というトラウマを抱えたままに
ならないで本当によかったと思いました。(忘れるわけでは決してないと思いますが)

小柄でスピード溢れるサンデー産駒、2頭は脚質は違えど共通していた部分も
多かったのかもしれませんね。そういう意味でもディープには、スズカの分まで
サンデーの後継として頑張ってほしいと願わずにはいられません。


Posted by: onion | August 03, 2007 at 01:14 AM

onionさん

こんばんは。

お部屋にこのポスターが飾られてるなんて、何という素晴らしいセンス!

また、onionさんの想いを丁寧に言葉にしてくださって、ありがとうございます。

>この写真は、そうした競馬の究極の場面に向かう名馬と名騎手のかけがえのない一瞬を切り取ったものであると私には感じられます。
>全能力を解放しようとするまでの静寂の中にみなぎるそのパワー、馬も人もそのことを承知してただ集中している・・・。そしてその後に待っていた悲劇・・・。

そうですね、この一瞬には究極の生が宿っています。

サイレンススズカは、生きるということと死ぬことは、本当に背中合わせなのだと教えてくれたと思います。

武豊騎手にとっては、サイレンススズカもディープインパクトも、どちらも最強馬なのでしょうね。

私も能力的には同じぐらいの力を持っていたと思います。

それだけに、サイレンススズカがアメリカ競馬に挑戦する姿を見てみたかった気がします。

ディープはディープ自身の雪辱もありますが、サイレンススズカの分まで頑張って欲しいものです。

Posted by: 治郎丸敬之 | August 03, 2007 at 08:25 PM

サイレンススズカの走り、久々に見せてもらいました。
出来れば、毎日王冠も見たかったです。
サイレンススズカ。
サイレンススズカの名を聞いて、カキコせずにいられません。
しかし、ススズファンが多くいらして嬉しいです。

Posted by: ヤブ | August 03, 2007 at 10:50 PM

あっ、それと浅田次郎しの言葉は、100%跡付けですね。
こういう後付は、私は許せませんね。
私もテレビで見ていましたが、いつものぶっちぎりパターンでした。俗に言う金属疲労みたいなものだったんでしょうが、

>それでもやはり、たとえ死が隣り合わせであろうとも、この瞬間が悲しみに満ちているはずがないと思う。
未来に起こる悲劇など知るよしはない。そして、私たちはその瞬間を選べない。サイレンススズカは生きながらにして死んだのである。

そのとおりだと思います。

Posted by: ヤブ | August 03, 2007 at 11:03 PM

ヤブさん

ありがとうございます。

あの時代を共有した競馬ファンならば、サイレンススズカの名を聞いて心を動かされないはずがありませんよね。

彼は速すぎたのでしょうね。

私は彼のようには生きられませんが、彼のような天才はリスペクトします。

だからこそ、あの瞬間は喜びと希望に満ちていてほしいんですね。

私もサイレンススズカの毎日王冠は記憶に残っています。

今度、「ガラスの競馬場」でヤブさんに見てもらえるようにします。

Posted by: 治郎丸敬之 | August 04, 2007 at 01:01 AM

Post a comment