美しいレース
「今まで観てきた中で、最も美しかったレースは?」と聞かれたら、私は迷うことなく平成10年の毎日王冠と答える。凄いと思わせられるレースは幾多とあるが、レース後に「美しい…」と呟いてしまったのは、後にも先にもこのレースだけだろう。
サイレンススズカにとって、この毎日王冠は秋初戦のレースであった。宝塚記念を含む破竹の4連勝中で、古馬最強の看板を背負うサイレンススズカとしては、負ける訳にはいかない戦いであった。急仕上げや59kgの斤量など、不安な点がないといえばウソになるが、サイレンススズカが負けるシーンなど想像することなど出来ない、と言っても決して過言ではなかった。
そのサイレンススズカに立ちはだからんとしたのが、3歳(当時4歳)のマル外馬2騎、エルコンドルパサーとグラスワンダーであった。ここまでエルコンドルパサーは5戦無敗、グラスワンダーは4戦無敗。いまだ負けを知らない2頭の外国馬が、どれだけのポテンシャルを秘めているのか、この時点では誰も知る由はなかった。そして、この2頭が負けるシーンも到底想像できなかった。
しかし、3頭の名馬が一緒に走れば、どうしても2頭分の幻想は崩れる。グラスワンダーは1年近い休み明けが堪えたのか、4コーナーで見せ場を作ったものの直線で力尽きた。サイレンススズカを捕まえに自ら動いたのは、苦渋の決断の末にグラスワンダーを選んだ的場騎手のプライドだろう。グラスワンダーはその後、有馬記念に勝利し、翌年には宝塚記念と二度目の有馬記念を制した。
エルコンドルパサーは最後までサイレンススズカに迫ったが、ゴール前では逆に突き放された。夏を挟んで、この馬自身も急激に成長していたにもかかわらず、サイレンススズカには追っても追っても辿り着かなかった。エルコンドルパサーはその後、ジャパンカップに勝利し、翌年には海外に長期遠征し、日本馬として最高の凱旋門賞2着という快挙を成し遂げた。
サイレンススズカは、まるで一本の線の上を走るモノレールのように、スタートからゴールまで走り抜けた。「府中の千八展開いらず」と言うが、強い馬が強いレースをして、まさに他馬には影さえ踏ませなかった。武豊騎手はムチを抜くこともなく、サイレンススズカとのわずか1分44秒の旅を楽しんでいたかのようであった。
それだけではなく、毎日王冠はG2レースであるにもかかわらず、武豊騎手はサイレンススズカをウイニングランに誘ったのだ。まさかこれが最後になるとは思いも寄らなかったが、府中競馬場にいた私と13万の観衆、そしてテレビ中継を観ていた日本全国の競馬ファンは、この一部始終のあまりの美しさに酔いしれた。
そもそも絶対的な美などは存在しない。それそのものだけで美しいといいうことはあり得ず、ある文脈の中にあって初めて私たちは美を感じるのだ。この毎日王冠が美しいのは、サイレンススズカの逃げ切りが理想的だったからだけではなく、私たち競馬ファンにとってのあらゆる文脈が見事に絡み合ったからである。サイレンススズカとエルコンドルパサーとグラスワンダーという3頭の奇跡的な邂逅があったからこそ、この毎日王冠は美しい。

菊花賞2
有馬記念
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天皇賞春1
天皇賞春2
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宝塚記念2
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凱旋門賞2
ジャパンカップ
ファイナルフライト1
引退式
ハーツクライ
伝説のウオッカ
メイショウサムソン
スイープトウショウ引退記念
アドマイヤムーン
ダイワスカーレット
ディープスカイ
ウオッカ安田記念

Comments
こんばんは治郎丸さん、このレースは凄かったですね!!僕も昨日の事のように覚えています。
本当に美しいレースでしたね、ナマで競馬場で見ていた治郎丸さんジェラシー感じてしまいます。
秋天で引退だったとしても、子供の走りは見たかったですよね、またあんな強すぎる逃げ馬に出会いたいです!
Posted by: 和人 | August 15, 2007 at 12:32 AM
和人さん
本当にこのレースは美しかった~。
4コーナーで馬群がグッと詰まった一瞬の感じは、今でも私の中ではっきりと覚えています。
この時ばかりは、生で観戦できることの幸せを感じました。
いい仔を出したでしょうね…
Posted by: 治郎丸敬之 | August 15, 2007 at 12:40 AM
治郎丸さん、美しいレースを見事に美しい言葉で綴られましたね。
僕はこのレースを勝手にビデオ編集して、私家版として楽しんだりしていました。
この時選んだBGMはレースシーンではNeil Youngの「Hey Hey,My My (Into The Black)」。
大地に楔を打ち付けるような激しいギターのリフと「錆尽きるよりは燃え尽きたい」という
歌詞がこの馬には良く似合いました。
そして、ウイニングランの時に流れるのは、David Bowieの「Heros」。
治郎丸さんは英語が堪能と思い、こちらは原文で…
I, I will be king
And you, you will be queen
Though nothing will drive them away
We can beat them, just for one day
We can be Heroes, just for one day
これはとても変な事なんですが、40年競馬を見続けていて、
素晴らしいレースに出会うと、何故か音楽が聴こえて来るのです。
しかし、スズカの後で、僕に音楽を聴かせてくれる馬は、
残念な事にまだ現れていないのです。
Posted by: Quina | August 15, 2007 at 01:10 AM
治郎丸さん、こんばんは。
このレースを生で観戦できたなんてなんと羨ましい!
本当に美しいレースでしたね。
強い馬が強い競馬をして勝つ故の美しさだと思いますが、
その強い馬が誰からもマークされる立場である逃げ馬であったことが何より美しい。
そして、その強い馬に挑んだのが無敗の外国産馬たち・・・。
このガチンコ勝負、本当にマンガのような舞台設定でしたね。
その後の外国産馬2頭の活躍が活躍だっただけに、サイレンススズカの『その後』を
もっと長く見てみたかったと言わずにはいられませんね・・・。
Posted by: onion | August 15, 2007 at 01:53 AM
いろんな形容詞がハマりそうなレースですね。
僕も何回も見ていますが、やっぱり実況の最後の
『どこまで行っても逃げてやるぅっっ!!』
あれが好きです。
どこまで逝っても……
Posted by: j | August 15, 2007 at 10:34 AM
Quinaさん
お久しぶりです。
このレースはQuinaさんのベストレースでもありましたよね。
Neil Youngの「Hey Hey,My My (Into The Black)」と
David Bowieの「Heros」、どちらもユーチューブで聞かせていただきました。
いつも素晴らしい音楽を教えていただいて、ありがとうございます。
ひとつ疑問に思ったのは、「Hey Hey,My My」と「My My,Hey Hey」という2パターンのタイトルがあるということです(特に意味はないのでしょうね)。
素晴らしいレースに出会うと音楽が聞こえてくるQuinaさんを羨ましく思います。
そして、これからまた、スズカのような人の感性に訴えてくるような馬が現れてくることを願います。
Posted by: 治郎丸敬之 | August 15, 2007 at 04:47 PM
onionさん
そうですね、このレースを生で味わうことが出来たことは、私にとってひとつの財産だと思います。
そして、天皇賞秋は競馬場に行かなくて良かったと思います。
>その後の外国産馬2頭の活躍が活躍だっただけに、サイレンススズカの『その後』をもっと長く見てみたかったと言わずにはいられませんね・・・。
はい、私もそう思ってやみません。
しかし、今となっては、たった一度だからこそ、奇跡的な邂逅だったと思うしかありませんよね。
Posted by: 治郎丸敬之 | August 15, 2007 at 04:50 PM
jさん
私は競馬場で観ていたので、この実況は後で聞きましたが、胸に迫り来るものがありますよね。
上のQuinaさんが選曲した、Neil Youngの「Hey Hey,My My (Into The Black)」の大地に楔を打ち付けるような激しいギターのリフと「錆尽きるよりは燃え尽きたい」という
歌詞が、この実況とも見事にオーバーラップしそうです。
あのひたむきさで、サイレンススズカは今も逃げ続けているのでしょうね…
Posted by: 治郎丸敬之 | August 15, 2007 at 04:54 PM