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世界バケンカ旅-シンガポール中編-

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府中本町や船橋法典の駅がそうであるように、クランジ駅ではそれらしき人たちが大挙して降りる。シンガポール中から同志が集まってきたようで心強い。駅の目と鼻の先に入場門があり、人々はチケットを買い、競馬場に吸い込まれていく。私は入場門の前で友人を待っていた。

まだ1Rが始まる前だというのに、電車が到着する度に、駅の出口から人々が溢れ出てくる。国民のレジャーとして定着しているのを感じた。その勢いは日本の競馬場に優るとも劣らない。ただひとつだけ、女性の姿がほとんど見られないことは気になった。ギャンブル一辺倒から脱却しない限り、女性は競馬場にはやってこない。女性はそのあたりの感覚が鋭敏である。

少し遅れて友人がやってきた。3ドルを出して買った入場券を、自動改札機のようなゲートに通して正門から入場した。はやる気持ちを抑えつつ歩いていると、「ワーッ」と大きな歓声が聞こえた。1Rがスタートしたのだろう。私は気分が高揚し、いつもに増して早足になった。右手にパドックらしき照明がみえた。ようやくたどり着いたのだ。これがシンガポールの競馬だ。

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前もって4ドルで買っておいたレーシングプログラムを取り出すと、2Rの出走表には、日本産馬の名前が載っていた。グランドオペラ産駒のJAVELIN、タヤスツヨシ産駒のGassan Racing、フサイチソニック産駒のBiwako である。グランドオペラといえば地方馬として初めてJRAのG1を制したメイセイオペラを思い出す。韓国で元気にやっているのだろうか。Biwakoは琵琶湖だろう。ついつい応援したくなる名前である。

ページを戻して1Rの出走表を見ると、エアジハード産駒の日本産馬の名前が載っていた。Hanauma Bayである。それからもう1頭、ペインティドブラックの産駒Ezee Does itもいた。ステイヤーズSであのテイエムオペラオーを完封したサンデーサイレンス産駒のステイヤーである。ニュージーランド産になっているので、おそらく向こうで種牡馬として頑張っているのだろう。知らなかった。Hanauma BayもEzee Does itも勝ち負けにはならなかったようだった。

他には、ラムタラ産駒が5Rに出走していたが、それでも日本馬は本当に少ない。特に今日はサンドコースでのレースだけに、出走頭数も人気も、オーストラリアかニュージーランド産のサラブレッドに占められてしまっている。近年、日本馬が世界で活躍するようになったとはいえ、まだまだ日本で生産された馬は世界のマーケットでは魅力的ではないらしい。輸送費等の問題を含め、この現状を打開するためには、やはり日本産馬がシンガポールで活躍しなければならない。

パドックでは、まさにこれから藤井勘一郎騎手がJAVELINに跨るところであった。1番JAVELINは少し入れ込み気味ではあったが、堂々と歩いていた。異国の地で日本人ジョッキーが乗っているのを見るだけでなぜか誇らしい。そして、藤井騎手からは国際的ジョッキーとしての自信が満ち溢れていた。

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名前すら聞いたことがないという方もいるかもしれないので、簡単に紹介したい。“Joe Fujii”こと藤井勘一郎騎手は、体重が重すぎたためJRAの騎手養成課程に落ちてしまい、15歳の時にオーストラリアに渡ってジョッキーになったという異色の経歴の持ち主である。“Joe”というのは、 “Kanitiro”と呼びにくいオーストラリア人がつけた彼のニックネームだそうだ。

2001年に騎手デビュー。激戦区であるシドニーで実力が認められ、昨年までに通算184勝を挙げた。弱冠23歳。好きな言葉は「Be what you want to be (なりたい自分になりなさい)」。いかにも若者らしい屈託のない笑顔が印象的である。

今年の1月からシンガポールでの短期免許が許可され、延長期間を含め、8ヶ月の間に12勝の成績を残した。3月には、自身初の重賞チェアマンズトロフィー(星G3)をTRIGGER EXPRESSで優勝する。そして、今夜はシンガポールでのラストライドになる。6頭に騎乗予定で、どこまで勝ち星を積み上げることが出来るだろうか。

ジョッキーが跨り、パドックを1周しただけで、11頭の馬たちはコースへと消えていった。追うようにして私も、馬券売り場を横目に人々の間を縫い、スタンドを通り抜け、コースへと到着した。そこには見事な緑のターフが広がっていた。ふとスタンドを振り返ると、ナイターの光が乱反射して美しい。

「藤井の単勝って、一体何倍だ?」と友人がポツリと言った。
私は、彼の視線の先にある電光掲示板を見た。藤井騎手が乗るJAVELINはゼッケン1番で、その1の数字の下には“16”の数字が。
「16倍ってことはないよな…?」
「ないね」
その他の馬のオッズを見ると、24とか50とか113とか高配当のオンパレードである。16より低い数字を探すと、11という数字の馬が1頭いるだけ。20年近く競馬をやってきた私たちが、まるで今日初めて競馬場に来た大学生のようにポカンと佇む姿は、外から見たら可笑しかったに違いない。レーシングプログラムの中を必死に探してみるが、どこにも書いていない。締め切りのアナウンスが流れた。こういう時、無理に買ってもロクなことがないことを知っている競馬歴20年近くの私たちは、とりあえずこのレースは見(ケン)ということにした。

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けたたましいベルの音と同時に、ゲートが開いた。JAVELINは藤井騎手に導かれ、抜群のスタートを切った。もう1頭ポンと出た馬を目標にして、JAVELINは2番手に控えた。行きっぷりも良く、もしかしたら楽勝かと思わせられた。

馬券を買えなかったことを後悔したその時、4コーナーを前にして、藤井騎手の手が少しずつ動き始めた。結局、逃げた馬との差は広がるばかりで、最後は自分がバテてしまい、危うく後ろの馬に差されるところをなんとか凌いで2着に入った。

「買えなくて良かったな」
私たち二人は声を合わせて笑った。

オッズに関しての疑問はすぐに解決した。マークシートを見てみると、単勝と複勝のUnit(単位)が5ドル単位で細かく分けてあったからだ。要するに、単勝と複勝は最低5ドルからしか買えないらしい。電光掲示板にあった数字は、5ドル賭けて的中したときの数字ということだ。先ほどのJAVELINは16であったから、3.2倍ということになる。ちなみに、連勝などそれ以外の馬券は2ドルが最低単位であった。

シンガポール競馬を語る上で、知っておかねばらなない日本人がもう一人いる。高岡秀行調教師である。

高岡調教師は昭和54年に騎手として岩見沢競馬場でデビューした。14年間の騎手生活における通算成績は5059戦524勝、うち重賞20勝という素晴らしい戦績を残した。師事していた調教師の事故死を契機として、平成5年に調教師に転向し、その後、調教師として10年間で355勝。平成12年にはホッカイドウ競馬で54勝を挙げてリーディングトレーナーになった。

順風満帆に見える騎手・調教師人生だが、彼はそれで満足することはなかった。日本産馬の販路拡大と、地方騎手の活躍の場を広げるため、さらなる一歩を踏み出した。日本の調教師免許を捨て、外国人免許を持つ最初の日本人調教師として、平成15年からシンガポール競馬を拠点として活動を開始したのだ。18頭の日本馬を引き連れ、彼はどんな思いで海を渡ったのだろうか。

徐々に勝ち星を増やし、2006年にはダイヤモンドダストで重賞を初制覇した。今年も既に15勝を挙げ、リーディングの11位に付けている。それでも、「馬産地のある国はほかの国に馬を送ることが大事。そのためには馬の活躍が必要だが、まだ活躍馬を出せていない」とクールに語る。
 
2Rの余韻も冷めやらぬまま、パドックを3Rの出走馬たちが歩き始めた。藤井勘一郎騎手騎乗のPREMIER NIGHTは8番。2番人気か3番人気ぐらいであろうか。入れ込みと紙一重の気合乗りで周回していた。これが最後のチャンスであることを感じてか、藤井騎手の表情からも絶対に勝ってやろうという無言の気迫が伝ってきた。パドックの周りに立つ、観客の誰もが真剣に馬を見つめている。未来しか見えないのが競馬の魅力のひとつだ。


藤井騎手本人は、先ほどの2RJAVELINに最も期待しているとコメントしていたが、私としてはこの3RのPREMIER NIGHTで勝負するつもりであった。実を言うと、この2頭は高岡調教師の管理馬である。藤井騎手のラストライドである以上、究極の仕上がりにあることは疑う余地はない。PREMIER NIGHTが日本産馬でないことは残念だが、藤井勘一郎騎手が高岡秀行調教師の管理馬に乗って勝利することがあれば、それはまさにPREMIER NIGHT(最高の夜)であろう。そんなこじつけをして、私と友人は50ドルずつ出し合い、8番PREMIER NIGHTの単勝を100ドル買った。シンガポールに来て、初めての馬券であった。

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(シンガポール後編へ→)

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Comments

こんにちは。
私も昨年シンガポールを旅行したのですが、競馬に疎い彼女と一緒だったこともあって競馬場へは行かなかったんですよね。この旅行記を読んで今になって激しく後悔しています。
続きも楽しみにしていますね。

ちなみに、私はチキンライスはおいしかったです(笑)。

Posted by: 爆走機関車 | September 18, 2007 at 12:20 AM

爆走機関車さん

こんばんは。

ご無沙汰しております。

昨年、彼女さんとシンガポールに行かれたんですね。

競馬に行こうとは言い出せなかったお気持ち、よく分かりますよ(笑)。

やはり、海外は一人旅が最高ですね。

またどこかの国の競馬をしに行きたいと思いました。

Posted by: 治郎丸敬之 | September 19, 2007 at 01:29 AM

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