「安藤勝己の頭脳」 亀谷敬正

前作から8年の時を経て、「安藤勝己の頭脳」が私たちの前に再び登場した。「できればこの本だけは紹介したくなかった」と前作時に書いたが、その思いは今回も同じである。安藤勝己騎手の言葉によって競馬の本質が語られ、その本質を見事に引き出す著者・亀谷敬正氏の技量も凄い。ひとりでゆっくりと楽しみながら読んで、こっそりと馬券に生かしたい。そんな内容の本である。前作と並び、必読の競馬本である。
私にとって最も印象的だった部分は、レースの「流れ」に話が及んだ部分である。かなり競馬の核心に触れた部分なので、長くなるが引用してみたい。
亀谷(以下、敬称略)
「ところで、レースの「流れ」というのは展開のことですか?」
安藤
「いや、展開というのではなくて、その馬にとっての理想の時計だね。」
亀谷
「理想のラップタイムのバランスですね。その理想バランスが馬によって違うんですね。」
安藤
「そう。長距離って道中は脚を溜めて最後の切れ味勝負っていう流れが多いけど、どの馬にもその流れが合うわけではない。たとえば瞬発力はないけど同じスピードならどこまでも持続できる馬ならば、道中でペースが落ちてもスピードを落とさない方がいい。こういう馬は3コーナーでもペースを速くして乗るように心がけています。最後に差されて負けると格好悪いけど。」
亀谷
「そういうのは格好悪い負け方という意識はあるもんなんですか?」
安藤
「やっぱり早仕掛けで負けたように見えるとカッコ悪いでしょ。でも、どうせ仕掛けを遅らせても伸びないんだったら、早めに動くしかチャンスはないと思う。」
亀谷
「ということは、平均ペースで押し切るのが理想の馬なら、前にいる馬がペースを落とした場合、そこで勝手に仕掛けていけばいいと思うのですが。」
安藤
「それはいつも考えているよ。でも、それはなかなかできない。たしかに、道中で自分だけ勝手に仕掛けても毎回勝てるならいいよ。でも、もし着外とかになったりしたら、『下手に乗りやがって』って言われるし、他の騎手にも迷惑をかけるわけ。それにハナとか2番手に行った騎手にとっては、途中から変なペースで来られたら頭にくるよ。オレだってそんなことをされたら頭にくるから(笑)。レースの流れを壊すような乗り方をするっていうのは、後々のことも考えるとなかなか度胸がいることではあるんだよね。競馬っていうのはすべてがつながっているわけ。だから、そのレースの結果だけがすべてではないんですよ。」
亀谷
「たとえば、そのレースだけのためにレースの流れを壊すような思い切った乗り方をした場合、たまたまそのときだけうまくいってもトータルの結果は悪くなるとか?」
安藤
「他のレースでは自分がペースを握ったときにそれを壊されることも出てくるだろうね。だから、乗り役はレースのペースがその馬に合わないことが分かっていても動けないことがある。」
亀谷
「ペースというのは、逃げ馬や馬群の先頭に立つ馬が決めるわけですね。」
安藤
「そこの中で競馬をやった方が周りからも悪く見られないし、負けた時は流れが悪かったってことになるから。」
亀谷
「それは外国の騎手が日本で乗るときもそうなんですか?」
安藤
「それなりにその国の競馬の流れの中で対応してるよね。何人も外国の騎手がいればまた違うだろうけど。笠松(当時)でも、中央の騎手と馬1、2頭が来たって流れは変わらないから大体の流れは分かる。つまり、流れっていうのは1頭だけで決まるものではないんですよ。」
まず亀谷氏によって切り出された「レースの流れとは展開のことか?」という疑問に対し、安藤勝己騎手は否と答える。安藤勝己騎手の言う「流れ」とは、その馬にとっての理想の時計である。亀谷氏はそれを理想のラップタイムのバランスと言い換えているが、要するにその馬にとって理想の走るリズムのことである。その馬にとって理想の流れ(リズム)というものが存在し、その流れ(リズム)に沿って走ることが最大限に力を発揮できることにつながる。
たとえば瞬発力に欠ける先行馬にとっては、スローペースに落とすよりも、スピードを落とさずに持続力の勝負にした方が良く、逆に一瞬の切れ味を生かしたい差し馬にとっては、ペースが上がって脚を使わされるよりも、位置取りは後方でもスローの瞬発力勝負になった方が良い。ここまではあくまでも大前提である。
しかし、いつもどのレースでもその馬の理想の流れ(リズム)で走ることが出来るとは限らない。なぜなら、それぞれのレースには、それぞれの流れ(リズム)が存在するからだ。その馬にとっての理想の流れ(リズム)よりも、レースの流れ(リズム)が先に来るのである。そして、その流れ(リズム)は決して1頭の逃げ馬や先行馬が決めてしまうものではない。コース設定や馬場状態、騎手の心理や各馬のコンディションなど、数多の要素が絡み合ってレース全体の流れ(リズム)は決まる。
もちろん、その流れを途中から壊すこともできる。平均ペースで押し切るのが理想の馬なら、前にいる馬がペースを落とした時に、自分だけはペースを落とさずに先頭に立って回ってくればいいのである。しかし、それはなかなかできることではない。自分のリズムで逃げ・先行していた馬にとって、途中から来られることは致命傷になりかねない。サラブレッドは外から来られると追いかけてしまう習性を持ち、精神的にも消耗するものだからだ。
もし自分だけ勝手に仕掛けて、勝てるならばいいが、負けたときには他の騎手に迷惑をかけている以上、文句を言われることは避けられない。極端なことを言えば、以降のレースで、今度は自分の馬がリズムを崩されるような騎乗をわざとされることもあるだろう。ほとんど毎回同じ騎手同士でレースをする以上、やはり暗黙のルールや信頼関係が成立するのである。だからこそ、レースの流れを壊すような乗り方をするのは、後々のことを考えると非常に度胸がいることなのである。
これで私たちの疑問がまたひとつ解消されたのではないだろうか。流れが遅ければマクって行けばいいじゃないかと思うこともあるが、そうはできない事情というものがあるのである。特に実績のないジョッキーはそうである。中堅ジョッキーや若手ジョッキーがなかなかG1レースで勝てない理由も、ここにひとつあると思う。実績のある騎手たちはG1レースであれば、レースの流れを多少壊したとしても勝ちに来ることもあるだろうが、実績のないジョッキーたちにとっては、G1レースだからこそ自ら動いてレースの流れをブチ壊してしまうかもしれないことには大きな恐怖が伴う。そういう無数の駆け引きの中で、レースは行われているのだ。競馬は全てがつながっているのである。

菊花賞2
有馬記念
阪神大賞典
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凱旋門賞2
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スイープトウショウ引退記念
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ディープスカイ
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伝説の天皇賞秋
ダイワスカーレット有馬記念
Comments
非常に参考になるとともに、予想する側にとって
難しい内容を含んでいますね・・・。
ライバル関係、師弟関係、共闘関係・・・騎手やその陣営との
裏側の関係も大いに影響するとなると、一般には知られない
情報というものが出てきそうで、わけのわからない
ブラックボックスの前で立ち往生してしまいそうです。
たとえば同じ松国のダイワスカーレットとランペイアが
ローズSに出てきたわけですが、前半から割りと速いペースで
行けるランペイアはダイワスカーレットのために
あえて前に行かずに後方待機したんじゃないか・・とか
うがった見方をしてしまいますが・・。
レース前にそういうことを考え過ぎると
一層迷宮に彷徨い込むことになりそう(涙)
語られていることは薄々感じていたことではありますが
見て見ないフリをしている方が予想をする際には
いいんじゃないかと感じました。
そういえば競輪は人間関係が大きく影響するそうですね。
慣れた人はそれが面白いそうですが・・・
Posted by: けん♂ | September 17, 2007 at 01:54 PM
けん♂さん
こんばんは。
ここで安藤騎手が述べているのは、おそらく騎手間の「信頼関係」のことだと思っています。
ですから、けん♂さんのおっしゃるように、ライバル関係、師弟関係、共闘関係・・・騎手やその陣営との裏側の関係などは、レースにおいてほとんど無視して考えていいはずです。
競輪のようにいかないのは、馬は思った通りに動かないからですね(笑)。
それにしてもダイワスカーレットは強かったですね。
的中おめでとうございます!
この後の秋華賞がますます楽しみになってきました。
Posted by: 治郎丸敬之 | September 17, 2007 at 11:07 PM
確かにかなり競馬の核心に触れた内容ですね。レースは水物なのでこちらが考えていた通りということは少ないですが、展開を考える上ではこの「騎手の信頼関係や暗黙の了解」を頭に入れているのといないのでは、その結果に大きな差があるような気がします。
でもガーッっと壊すデムーロさんよりましですけど、安勝さんも結構壊す乗り方多いような・・・(笑)。豊さんは壊す時もジワーッと壊しますからねぇ。っと書いていたら、ファインモーションが負けた有馬を思い出しました。哲ちゃんもグランプリで壊してました!
>競馬っていうのはすべてがつながっているわけ
→この言葉の部分に関してはけん♂さん同じで、馬主や調教師、生産者など関係者全部を含めて繋がってるって言う意味に受けとってしまいます。特に若手騎手はレースにおいても騎手の間だけでなく、関係者の思惑の中でレースをさせられる部分の比重が大きいような気がします。その壁もどこかで越えないといけないんでしょうが。
騎手がF1のドライバーみたいに厩舎と完全に専属契約を交わすようになれば流れを壊すような騎乗は増えるのかもしれませんね。見る方としても予想するほうとしてもあんまりぶっ壊れない方がいいんですけど。
Posted by: nozoweb | September 19, 2007 at 01:39 AM
nozowebさん
確かに、デムーロほど無神経ではないにしても、安藤騎手武騎手もたまーに壊しますよね(笑)。
トップジョッキーならではなのでしょうが…。
馬券を買っている方としても、リズム良く先行しているのに壊されると頭きますから。
昔の話ですが、藤田騎手が乗ったスエヒロコマンダーという馬に賭けていて、すごくいい感じで行っていたのですが、4コーナー手前から安藤騎手のテナシャスバイオに来られて2着に負けてしまった記憶が蘇ってきました。
もちろん勝ったのは安藤勝己テナシャスバイオ。
まだ中央入りする前だったような気がします。
あの頃からアンカツは壊してたんだなぁと。
>競馬っていうのはすべてがつながっているわけ
→この言葉の部分に関してはけん♂さん同じで、馬主や調教師、生産者など関係者全部を含めて繋がってるって言う意味に受けとってしまいます。特に若手騎手はレースにおいても騎手の間だけでなく、関係者の思惑の中でレースをさせられる部分の比重が大きいような気がします。その壁もどこかで越えないといけないんでしょうが。
そっかそっか、そうですよね。
いろいろな人の顔が浮かんで、動きたくても動けない場面もあるのでしょう。
そういった要素があったりなかったりするからこそ、競馬はどう転ぶか誰にも分からないのでしょうね。
Posted by: 治郎丸敬之 | September 19, 2007 at 10:36 AM