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世界バケンカ旅-シンガポール前編-

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「フジイー!フジイー!」

日本の競馬場でも聞かれることのない藤井コールが、シンガポールの夜にこだました。

私たちの掛け声は、ジョッキーの鞭となり、鞍下の馬を叱咤激励する。それに応えるかのように、藤井勘一郎騎手の操るPREMIER NIGHTは、徐々にポジションを押し上げていった。5番手から4番手。4番手から2番手へ。先頭に立ったNINETYFIVE SWORDとの差を一完歩ごとにジワジワと詰めていった。

残り400m。

あと1頭交わすことができれば、この夜はシンガポールで最高のものになる。

Singapore01_2思っていたよりも蒸し暑さのない、どちらかというと快適な目覚めであった。昨夜遅く空港に到着したことを思うと、もう少し寝ておきたい気持ちはあったが、少し大きめの窓から差し込んでくる明るい日差しがそうさせてはくれなかった。私はエアベッドからゆっくりと起き上がり、ベランダに出た。外に出るとムッとする熱気がまとわりつく。眼下にはプールが広がっていた。水面からの反射光が眩しい。

「シンガポールでは日当たりの悪い方が良い物件なんだ」と部屋の中から友人が言った。彼の住む、このいかにもシンガポールらしい集合住宅の一室には、たしかにそれほど日当たりが良くはなさそうだ。その代わりというか、この部屋にはカビが生えやすいため、一日中冷房を入れておかなければならないらしい。陽の当たる場所の方が悪くて、陽の当たらない場所の方が良い。いつか陽の当たる場所にと思っている私には、少し不思議な感じがした。

「それじゃあ、また後で」と言い残して、友人は仕事に出掛けた。彼は高校時代からの友人で、国内外問わず誰もが知る大手電気メーカーに勤めている。今年の4月、シンガポールに赴任となった。彼とはどれほど多くの時間を掛けて競馬について話してきただろう。人生や青春を語る代わりに、私たちは競馬について語ってきた。

「ケイエスミラクルは勝っていたに違いない。」
「田原成貴のあの騎乗は最高だった。」
「そんな馬、来るわけねぇ。」

彼とは手加減なしで競馬の話が出来る。互いの意見は一致しないことの方が多いが、唯一折り合いがつくのは、最強のスプリンターはサクラバクシンオーということだ。サイレントウィットネスやテイクオーバーターゲットよりも断然に強かったと信じている。

午前中は、シンガポールの競馬について調べて過ごした。シンガポールの在籍馬は8割以上がオセアニア産であること。シンガポールの競馬はマレーシアの3つの競馬場(セランゴール、イポー、ペナン)と密接なつながりがあり、マラヤン競馬協会として統括されていること。今のクランジ競馬場は1999年に新しくオープンしたこと。それまではブキティマ競馬場で行われていたのだが、競馬産業とシンガポールの経済の急激な成長に伴い、交通渋滞や騒音問題などが生じてしまったことによって、シンガポール政府はクランジに世界で最も美しく近代的な競馬場を建設することにしたこと。2000年に、クランジ競馬場のオープニングイベントとして、第1回シンガポール航空国際Cが開催されたこと(2002年には国際G1に認定)。シンガポールの年間の売り上げ(マレーシアも含む)は約1100億円であること。韓国の約4500億円、香港の約8200億円、日本の約3兆円に比べると低い数字だが、その差はいずれ縮まるだろう。それよりも、いかに日本の競馬の売り上げの多いことか。あとどれぐらいJRAは私たちに馬券を買わせたいのだろうか。

そうこうしていると、昼になった。友人が仕事を一旦抜け出して、迎えに来た。読みきれない資料をバックに詰め、私たちは部屋を出た。マンション地下にある駐車場から車に乗り込み、らせん状に地上に出ると、そこは常夏の国シンガポールだった。

「クランジ競馬場の入り口で18時に待ち合わせでいいよね?」
「そうだなぁ。仕事が終わってからすぐに向かうつもりだけど、もしかしたら10分ほど遅れるかもしれない。」

結局、18時10分に集合ということにして、クレメンティ(Clementi)という駅で車から降ろしてもらった。駅前は、電車とバスを利用する人々が行き交い、大変な混雑をしていた。ほとんどが中華系の人々であり、ごく稀にマレー系、インド系の人々の姿が見られる。

特にどこへ行くという当てもなかったので、MRT(Mass Rapid Transit)に乗ることにした。この鉄道は、都市部は地下を、郊外に出ると高架を走る。シンガポール国内を一周するように網羅しているので、交通網の中心となっている。日本で言えば、東京の山手線のようなものだ。

駅の階段を登り、切符を買おうと全体の鉄道マップを眺めると、リトルインディアやチャイナタウンなどの観光名所まではかなり時間を要することが分かった。そこで、空腹を感じていたこともあり、クレメンティ駅の周りを探索してみることにした。

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シンガポールには建設中の土地が目立つ。クレメンティのような郊外だけではなく、オーチャードやシティホールのような都市部でさえも、新しい建物が次から次へと建つのである。先進国でありながら、まだまだ発展し続けているということだ。競馬だけではなく経済的にも、日本が追いつき追い越されてしまうのは、そう遠い日のことではないのかもしれない。

駅前の建物の1Fにあるマクドナルドには目もくれず、さらに奥へと進むと、30以上の屋台が集まった市場のようなところに行き着いた。平日の昼時をだいぶ過ぎた時間ではあったが、たくさんの人々が、せわしなく話しながら、のんびりと食事をしていた。その周りで、背中が奇妙に曲がった男が、テーブルの上に散らかった残飯の片付けをしている。蓋のない大きなバケツに次々と食べ残しを放り込み、飲み物の残りは別のバケツに流し、汚れたテーブルの上を濡れた雑巾で拭く。彼の働きがなければ、この市場はあっという間に食事どころではなくなってしまうだろう。食事に興じる人々は誰もその男の存在すら気に留めず、また男もそれで当然だといった様子で機械的に動き続けていた。片隅では、子供たちが日本のポケモンのようなアニメを小さなテレビで観ている。黄色いTシャツに青の半ズボン。小学校の帰りに違いない。もう夏休みの宿題は終わったのだろうか。どこの国でも子供たちの笑顔は美しい。

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店の看板は中国語で表記してある。パッと見ただけでは、どの店で何を売っているのか全く分からない。私はしらみつぶしに店を見て回り、人々の食べている皿の上の料理に目を凝らした。皆が食べているような一品を食べてみたいと考えていた。しかし、面白いことに、どれひとつとして同じような店もなく、誰一人として他と同じものを食べている者もいなかった。一見、どの店も、どの料理も同じに見えたが、よく観察するとどれも違う。まるでジャングルに生息する生物のように多様であった。これといった決め手もなく、空腹であったことも手伝って、私は目の前にあった店で定番のチキンライスを注文して、3ドルを渡した。少し離れた外のテーブルに自分の場所を確保した。そこで、午前中に調べておいたシンガポールについての資料をバックから取り出し、読みながら待つことにした。

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Singapore05シンガポール競馬はイギリス占領時代の1843年、現在はリトルインディアの一角に造られた競馬場で始まった。「レースロード」というストリート名に今もその名残がある。日本で初めて洋式競馬が行われたのが1861年になるから、ある意味、我々よりも一歩先んじていたことになる。19世紀に入って競馬人口が急激に増加し、馬券人気があまりにも過熱したため、1913年には賭博条例が成立し、不法な馬券発売の取り締まりが行われた。日本でも馬券禁止令が出たのが1924年だったことを考えると、その歩みは驚くほど似ている。

第二次世界大戦中の1942年、日本軍はシンガポールを占領し、競馬だけではなく、数万人以上の命を「粛清」により奪った。シンガポール華僑虐殺事件である。しかし、この頃から日本の競馬も次第に陰りを見せ始める。競馬専門紙・雑誌の相次ぐ休廃刊や競馬場の閉鎖。そして、1944年には競馬がついに停止となった。経緯こそ違え、どちらの国も戦争により一時的に競馬を失った経験を持っている。

「ここに座っていいかな?」

中国語なので全く分からないが、おそらくそう聞かれたのだと思った。顔を上げると、老人が満面の笑みを浮かべて、対面の席を指差していた。私も微笑んで、歓迎の意を伝えた。私のチキンライスがテーブルに並ぶや、老人が注文した料理も運ばれてきた。老人は醤油味のスープにタンメンが入っているような料理を美味しそうに食べ始めた。

私はチキンライスを食べていたが、老人の料理が気になって仕方なかった。そこで、店の人を呼び止め、老人の料理を指差しながら、「この料理が食べたい」と伝えた。これは昔アメリカで生活した時に覚えた、海外で美味しいものにありつくためのコツである。他の人が食べているものを、あからさまに指で差しても構わない。食べている本人は、かえって自分が認められたような気がするのか、まんざらでもない顔をすることが多い。

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チキンライスを食べ終え、遅れてやってきた醤油味のスープにタンメンが入っているような料理に口を運んだ。老人と目が合った。老人は料理と私を交互に見て、何か訊ねた。

「うまいだろう?」

と言ったに違いないと思い、私は親指を立てて答えた。老人は安心したように頷き、また自分の食事に取り掛かった。正直に言うと、チキンライスもこの料理もさほど美味くはなかったが、それが作法であろう。私は市場を出て、MRTに乗り、クランジ駅に向かった。

(シンガポール中編へ→)

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Comments

お久しぶりです
仕事が忙しく、しばらく競馬から遠ざかっていますが
「ガラスの競馬場」は毎日拝見しております

シンガポールの旅行記、とても興味深く拝読いたしました
後編も楽しみにしています
感想は全編読み終えてからとういうことで…


Posted by: ワシヲ | September 10, 2007 at 09:45 PM

ワシヲさん

お仕事忙しいようで何よりです。

こちら(関東)の方にもいらっしゃるのでしょうか。

「ガラスの競馬場」は見ていただいているとのことで安心しましたよ(笑)。

旅行記は新たな試みとして書いています。

手厳しい意見をお待ちしておりまーす。

Posted by: 治郎丸敬之 | September 10, 2007 at 09:53 PM

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