今こそ、女性を競馬場へ
「これからは競馬も女性の時代かもしれませんね。」
もしミスター競馬こと野平祐二先生が生きておられたら、昭和18年のクリフジ以来、43年ぶりとなる牝馬ウオッカのダービー制覇について、優しく微笑みながらこうおっしゃったに違いない。そして、自ら最強馬と称するクリフジを引き合いに出して、ウオッカがどれだけ強いかを弁舌爽やかに教えてくれたはずである。競馬はギャンブルだけでは滅びてしまう、と繰り返し主張された野平先生にとって、牝馬によるダービー制覇が嬉しくないはずがないのだ。
かつて競馬場は賭博場であったらしい。観客席を見渡しても、今のようにカラフルな女性の姿はどこにも見えず、男性ばかりのモノクロの世界であったらしい。ギャンブル特有の殺気が競馬場を占め、時には耳を覆いたくなるような罵声怒声が飛び交っていたらしい。全てに“らしい”と付け加えたのは、オグリキャップが引退した年に競馬を始めた私にとって、賭博場であった競馬場はあくまでも伝聞の域を出ないからである。しかし、そんな私でも、かつての競馬場の様子を深く嘆いておられた野平先生のお気持ちはよく分かる。社会悪として批判を受け、いつ廃止に追い込まれてしまってもおかしくないという危機感と、手塩に掛けたサラブレッドたち、そしてジョッキーとしての自分自身さえギャンブルのひとつの駒として扱われてしまう悲しみ。ギャンブルがなければ競馬は廃れてしまうが、ギャンブルだけでも競馬は滅びてしまうという野平先生の確信は、今の競馬を生きる私にとっても真実である。
女性は競馬の健康状態を示すバロメーターのようなものだ。先日、シンガポールに旅打ちに行った折、そんなことをふと思った。シンガポールの競馬はここに来て急速に発展しているが、競馬場に女性の姿を見ることはほとんどなかった。馬は番号を背負って走り、ジョッキーはオッズを背負って鞭を振るっていた。ガラス張りのスタンドに乱反射するナイターの光は眩しかったが、ひとたび光を失えば、そこにはモノクロの世界と社会悪としての後ろめたさだけが残っているような気がした。女性はそういうところに敏感である。競馬がギャンブルだけであり続ける限り、女性は決して競馬場には足を運ばない。裏を返せば、競馬場に女性がいる限り、競馬が滅びてしまうこともないだろう。たくさんの女性が楽しめる競馬は健康である。
一昨年、ディープインパクトという21世紀の最強馬が引退した。社会に対する競馬の認識を変え、多くの新しい競馬ファンを連れてきてくれた彼の功績は果てしなく大きい。私たちは、少しずつ競馬の話をすることが出来るようになった。競馬の本当の楽しみ方に気付いた人もいた。そして今年、ダービー馬ウオッカの誕生。誰にも文句を言わせない圧勝劇で、牝馬が3歳馬の頂点に立った。ウオッカだけではない。ウオッカを桜花賞と秋華賞で退け、エリザベス女王杯では古馬牝馬を完封し、有馬記念では古馬牡馬を相手に一歩も引けをとらなかったダイワスカーレット、NHKマイルCで牡馬をひと飲みにしたピンクカメオ、遅れてきた大物ベッラレイア、ハイレベルのオークスを差し切ったローブデコルテ、そしてスプリンターズSを影も踏ませずに逃げ切ったアストンマーチャンなど、個性豊かな女馬たちが、今年の3歳世代には勢揃いしている。さらに見渡してみると、若い女には負けじと戦い続ける熟女たちの色気も相当である。こんなチャンスを逃してはならない。
今こそ、ひとりでも多くの女性を競馬場へ連れてこようじゃないか。強く美しい牝馬たちが緑のターフを駆け巡る姿を見れば、彼女たちが競馬を好きにならないはずがない。そして、それからロマンを語ればいい。サラブレッドは500キロもある体重をあの細い脚で支えながら、時速60キロのスピードで力尽きるまで全力疾走すること。生まれて数ヶ月で母親から引き離され、競走馬として生きる強さを求められること。編まれたタテガミは厩務員さんの愛情の証であること。初めてのレースでは、寂しくて思わずいなないてしまう若駒もいること。芦毛の馬は年を重ねるごとに雪のように白くなること。額に刻まれた意思の強さを表すような模様は流星と呼ばれること。牝馬として初めてダービーを勝った悲劇の名牝ヒサトモのこと。ヒサトモが生涯で最後に残した1頭の牝馬から血が繋がり、トウカイテイオーという名馬が生まれたこと。トウカイテイオーが奇跡の復活を遂げた有馬記念の涙のこと。父はシンボリルドルフというディープインパクトと比肩する20世紀を代表する最強馬であったこと。その母スイートルナの父はスピードシンボリという野平祐二騎手に愛された馬であったこと。そして、その昭和の大騎手は、「牝馬の祐ちゃん」と呼ばれるダンディな男だったことを。

菊花賞2
有馬記念
阪神大賞典
天皇賞春1
天皇賞春2
宝塚記念1
宝塚記念2
宝塚記念3
凱旋門賞1
凱旋門賞2
ジャパンカップ
ファイナルフライト1
引退式
ハーツクライ
伝説のウオッカ
メイショウサムソン
スイープトウショウ引退記念
アドマイヤムーン
ダイワスカーレット桜花賞
ディープスカイ
ウオッカ安田記念
伝説の天皇賞秋
ダイワスカーレット有馬記念
Comments
初めまして、治郎丸さん。
下手の横好き競馬予想なる、ブログをやってます。
たいと申します。
いつも楽しく拝見させて頂いています。
初めてコメントをするのですが
自分の亡くなった父は戦後間もないころ
騎手をしていたようです。
近くといってもそこそこ遠いのですが
福山競馬場まで、馬を引いて行ってレースに出していたらいしいです。何が言いたいか?治郎丸さんが書かれていた通り
モノクロの世界だった様です。
父が行っていた時代と今の競馬場はかなり変わってきましたが。
僕で言えば嫁さんに競馬の素晴らしさを分かって
貰えれば良いんですが。
人生初の1口馬主をしたのですが、その馬がまもなく
デビューを迎えます。これはギャンブルじゃなく
自分の馬が勝っても負けても、怪我無く無事走ってくれる
事が自分の活力になると思い始めた事です。
楽しみな反面怖いとも思っています。
何を書いているのか分からなくなりましたが
今後共宜しくお願い致します。
Posted by: たい | January 03, 2008 at 01:22 AM
治郎丸さん、おはようございます。
自分の娘のような年齢の女の子を競馬場に誘っているQuinaです(笑)。
そういえば僕の父親も、娘くらい歳の離れた女性と競馬場デートを重ねて、
その結果生まれたのがこの僕でした…
>女性は競馬の健康状態を示すバロメーター…
なるほど、面白い着眼点ですね。
その点で言えば、中央競馬は問題を含むもおおむね健康ではないかなと思います。
>かつて競馬場は賭博場であったらしい…
「らしい」とつけて、伝聞だからと慎重に書かれるのは、治郎丸さんらしいですね。
さて、賭博場、鉄火場、正にそのとおりなのですが…
昭和30年代、映画「三丁目の夕日」で描かれた当時の競馬場は、そうでもなかったと。
記憶ちがいと思われるかもしれませんが、競馬博物館に展示してあります(今は無いかもしれませんが)、当時の東京競馬場スタンドの復元模型に付いているモノクロ写真をご覧になると、驚かれるかと思います。
今のダービースクエアあたりで競馬を観戦するファンの姿を写した写真なのですが、男性はジャケット姿、女性は「ローマの休日」のオードリー・ヘップバーンのようないでたちで、競馬を楽しんでいます。
そこには、腹巻に財布を入れているような、いかにもなオヤジの姿は見当たりません。
仕込みなのかな…とも思いましたが、私の記憶もほぼ同じものです。
それが昭和40年代の高度経済成長期になって、治郎丸さんがイメージしている日本特有の「賭博場」に変わって行ったような記憶があります。理由についての考察は長くなりましたので、ここでは止めておきます。
当時の競馬を知る者すべてが、僕と同じ印象を持ったとは思いませんが、そんな「時代」もかつてはあったと、ちょっと余計なことを言ってみたくなりました。
元々「賭博場」は、男性が女性をエスコートできる、華やかでファッショナブルな場所でもある訳ですからね。
Posted by: Quina | January 03, 2008 at 10:10 AM
たいさん
こんばんは。
貴重なお話をお聞かせくださいまして、ありがとうございます。
お父さまは福山競馬場でジョッキーをやっておられたのですね。
実は私も1年前まで広島に住んでおりまして、福山競馬場には一度行きたいと思っていました。
忙しくて結局行けなかったのですが、今では無理をしてでも行っておけばと後悔しております。
私も何が言いたいのか分からなくなってきましたが(笑)、実際にその時代、その場所にいなければ実感として分からないことは多いですよね。
今の時代ならば、女性を競馬場に連れて行っても競馬の素晴らしさを分かってもらえる気がします。
一口馬主を持つこともまた、競馬の世界を輝かせますし、良いきっかけとなるのではないでしょうか。
PS
3人目のお子様の誕生おめでとうございます。
私も1人目で四苦八苦しておりますので、3人というだけで尊敬してしまいますよ。
Posted by: 治郎丸敬之 | January 04, 2008 at 01:14 AM
Quinaさん
こんばんは。
Quinaさんは、このエントリーを実践している数少ないひとりの紳士だと思います。
>そういえば僕の父親も、娘くらい歳の離れた女性と競馬場デートを重ねて、その結果生まれたのがこの僕でした…
→それは初耳ですね(笑)
30年代と40年代で競馬場の雰囲気に変化があったとは、知りませんでした。
そのような古き良き時代があったのですね。
今度、競馬博物館に行って、観てみたいと思います。
それから、競馬場が変わってしまった理由についての考察は、ぜひ今度お聞かせください。
私は恥ずかしながら、イギリスなどのように、男性が女性をエスコートできるファッショナブルな競馬の雰囲気を味わったことがありません。
いつか一度はそういう場所に行ってみないといけないのかもしれませんね。
Posted by: 治郎丸敬之 | January 04, 2008 at 01:21 AM
次郎丸さん、度々です。
説明不足でしたが、親父が騎手をしていたのは
彼是、50年位前の話ですから。
戦後間もない頃と聞いています。
ホント競馬の創世記時代です。
親父の叔父さんが競馬馬が好きで何頭か所有していた
みたいでそれがきっかけで、騎手を何年かしたみたいです。
ただ、今の様に競馬が盛んになるとは親父は
思ってもみなかったと言ってましたから。
続ければ良かったと言ってました。
騎手を辞めて大工ですからね・・・・・。
運命の分かれ道だったのかもしれません。
ただ大工してなかったら、僕産まれてません^^
Posted by: たい | January 04, 2008 at 02:17 AM
たいさん
こんにちは。
その時代に福山で騎手をされていたのであれば、それはもう大変だったのでしょうね。
地方ジョッキーにもわずかながらも陽が当たり始めたのも、ごく最近のことですから。
生まれる時代が違っていれば、花形のジョッキーになっていたのかもしれませんね。
でも、たいさんがいて、またお孫さんまでいらっしゃるのであれば、それは良かったのではないでしょうか。
Posted by: 治郎丸敬之 | January 04, 2008 at 01:01 PM
治郎丸さん、こんにちは。
新年ですので、今年もよろしくお願いします。
【女性を競馬場へ】
そうですね。
わたしが通い始めた頃はまだオッサンたちの世界、という雰囲気満点でした。
でも各所の競馬場が改築をし、異常なほどにキレイになってからは、女性も躊躇することなく、行けるようになったと思います。
これでWINSのように分煙化が徹底されると、もっと良いかもしれないです。
でも、木村と中居がイメージキャラだった時のように、なんかカン違いしている女性たち、がフラフラしているのを見るのは、ちょっとイヤでしたね、同じスマファンとしても。
来る前に、少しでもいいから競馬の勉強、して欲しいなぁ。
と思うのはオバさんの僻目でしょうか。
Posted by: 夏葉 | January 06, 2008 at 04:33 PM
夏葉さん
こんばんは。
返信が大変遅くなりまして、申し訳ございませんでした。
今、田舎の岡山から帰省したところです。
ネットのつながらない環境で1週間もいたのは、およそ6年振りで、ゆっくりと眠ることが出来ましたよ(笑)
おっしゃる通り、府中競馬場などは、もう必要以上に綺麗になっていますから、女性も躊躇することはないでしょうね。
分煙の意識も大切でしょうね。
他のギャンブルに比べると、屋外で行われる分、競馬場に行って衣服がたばこ臭くなってしまったという経験はありませんので私は気にしませんでしたが、女性はやはりそういうところまで気が届きますから。
そうでした、夏葉さんはスマファンでした。
私は勘違いしてでも女性には競馬場に来て欲しいですが(笑)
でも、その中から定着する女性は少ないかなぁ…
私のブログも女性を大切にしたいと考えていますので、夏葉さんのような方にコメントしていただけて幸いです。
今年もどうぞよろしくお願いいたします。
Posted by: 治郎丸敬之 | January 14, 2008 at 10:26 PM