集中連載:「調教のすべて」第8回

次は、坂路に対して平地で行われる②ウッドチップコースと③ダートコースに話を移したい。
平地調教と前述の坂路調教の違いは、厳密に言うと、平地調教は有酸素運動的な効果がより多く見込まれるということだろう。たとえば、ダイエットをする時に、激しい運動を短い時間で行うのではなく、比較的緩やかな運動を長い時間をかける方が効果的だとされるが、平地調教はどちらかと言うと後者の運動である。実際に長い距離を、息を入れながらジックリ時間をかけて調教していくため、その疲労度は高く、馬体を絞る効果もある。冬場のレースで、坂路コースで調教された馬が大幅な馬体増で凡走することがあるのは、つまりこういうことだ。
さらに、平地調教だけで鍛えられた馬を、坂路調教だけで鍛えられた馬を比べると、筋肉の付き方が違ってくることが分かる。前者は長距離馬らしいスリムな体型になり、後者は短距離馬らしい筋骨隆々の体型になる。
たとえば、アドマイヤムーンを管理した松田博資調教師は、平地のウッドチップコースを中心として調教するが、その管理馬にはベガ、タイムパラドックス、アドマイヤドンなど、たとえ短距離血統の馬でも、絞り込まれたスリムな体型の馬が多い。対して、坂路コースを中心として馬を仕上げる松田国英調教師の管理馬には、タニノギムレット、キングカメハメハ、クロフネ、ダイワスカーレットなど、たとえ長距離血統の馬であっても、筋骨隆々のマッチョな体型の馬が多い。
坂路コースでもスタミナを強化することは出来るが、やはり長距離戦向きの肉体やスタミナを養うという点については、平地コースの方に一日の長があるということだ。
また、同じ平地調教であっても、やはりウッドチップコースとダートコースでの調教には違いがある。
ウッドチップコースは木片が敷き詰められているため、馬の脚にダートコースで追い切るほどの負担が掛からない。よって、ウッドチップコースでは追い切ることが出来ても、ダートコースでは難しいという馬もいて、現状としては、ダートよりもウッドチップコースを使う調教師の方が圧倒的に多い。脚元に掛かる負担を少なくしつつ、体全体には負荷を掛けながら、長距離馬としての筋肉やスタミナを作っていくという点において、極めて効果的な調教コースなのである。
血統的、体型的にスタミナに不安のある馬がウッドチップコースで調教されたことによって、距離をこなせるようになることもある。上に挙げたアドマイヤムーンなどは、典型的な例だろう。3歳時(天皇賞秋)の馬体と、最後のジャパンカップ出走時の馬体を見比べてみて欲しい。拳1個か1個半分ぐらいは馬体(胴部)が伸びていることが分かる。
3歳時(天皇賞秋)

引用元:競馬ブック
ジャパンカップ時

引用元:競馬ブック
父エンドスイープ、母父サンデーサイレンスという血統で、かつ3歳時は胴の詰まった体型をしていた同馬が、ウッドチップコースを中心として調教されたことによって、最後は2400mのジャパンカップを勝つのだから驚きである。調教によって馬は造ることが出来るということの証明でもあり、この年の優秀技術調教師に松田博資調教師が選出されたのも当然の結果だろう。
しかし、ウッドチップコースにも欠点はあり、ダートコースに比べて走りにくいため、馬が力を入れて走らなければならず、馬によっては筋肉や腱に負担が掛かりすぎてしまうこともある。実際に地方競馬でダートだけを使ってこれまで調教されてきた馬が、中央に移籍し、ウッドチップコースで調教をされたら、ガタガタになってしまったという例もある。
たとえば、骨が弱い馬がいるとすると、ダートならソエで済むところが、ウッドだと骨折という憂き目に遭うこともあるという。脚元に負担が掛からないはずのウッドチップコースも、ハードな調教に堪えられる馬でなければ、その激しさゆえに、馬を傷めてしまったり、大きなアクシデントに繋がってしまう可能性もあるということである。つまり、走られる体がしっかり出来ていない馬に関しては、比較的負荷の少ないダートコースで追い切るほうが良策ということだ。
もう一つ、ゴスホークケンのように、ウッドチップコースでは木片で蹄の裏を傷めてしまうという馬にとっては、ダートコースで調教することもあり得る。ウッドチップ以外にも、歩いていて金属片が刺さったり、思いっきり小石を踏んずけたりして、蹄の底を痛めてしまうことを「挫石」といい、蹄の弱い馬がなりやすい。それほど重症にはならず、1~2週間ほどそっとしておけば治るのだが、その間はもちろん調教が出来ない。
これは余談だが、藤沢和雄厩舎の馬房前の砂地には、常に箒(ほうき)の目が立てられている。馬は厩舎の外に出る時には必ずこの砂地を通るため、そこに釘などの異物が落ちていた時にはすぐに誰かが気付くようになっていなければならないという理由である。馬や人の足跡が付きっぱなしの状態では、異物が落ちていても誰も気付かず、馬がそれを踏んで挫石してしまってからでは遅いのだ。サラブレッドの蹄にはそれほどに慎重にならなければならず、つまり「蹄なくして馬なし」ということである。
以上がウッドチップコースとダートコースの使用上の違いだが、1周距離の違いによっても2つのコースが使い分けられることもある。たとえば、栗東トレセンのBコース(ダートコース)は、小回りで砂が軽く、時計が出やすいので、古馬にとっては負荷の掛からないコースだが、新馬にとってはコーナリングの練習にちょうど良いという。Bコースの1周は1600mで、京都競馬場のダートコースとほとんど同じなのである。そのような用途としても、調教のコースは使い分けられることもあるということだ。

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