集中連載:「調教のすべて」第13回

次は、「タイム」つまり調教時計について話をしたい。調教時計は鵜呑みにしないほうが良い、とこれまで何度も書いてきたが、それは馬場状態や乗り役の体重等によって、時計自体が大きく影響を受けてしまうからである。また、後ほど詳しく説明するが、同じ馬でも「追われ方」によって時計が出るか出ないかは違ってくる。よって、時計が速い=良い追い切りとは限らず、あくまでも「タイム」とは“どのような速さの追い切りが行われたか”という目安にすぎない。
まずは基本的なタイムの見方から説明していきたい。アドマイヤムーンの宝塚記念に臨む際の追い切りを、再び例に挙げたい。
アドマイヤムーン 宝塚記念
6/09(土) DW 重 助手 73.5-57.3-42.2-12.0 ⑨ 馬なり
6/10(日) 栗坂 稍 助手 55.8-41.3-27.7-13.9 馬なり
6/13(水) DW 良 岩田 85.4-69.0-53.7-39.5-11.2 ⑨ 一杯
6/16(土) DW 稍 助手 (7)98.4-69.2-55.0-41.1-12.7 ⑨ 馬なり
6/21(木) DW 良 助手 (7)95.6-66.5-52.5-38.3-11.5 ⑨ 一杯
6月13日(水)に岩田騎手が跨って行われた追い切りは、85.4-69.0-53.7-39.5-11.2と計時されている。このタイムは、ラスト6ハロン-ラスト5ハロン-ラスト4ハロン-ラスト3ハロン-ラスト1ハロンを走るのに要した時間という意味である。つまり、13日の追い切りはラスト6ハロンから時計が計時され、ラスト6ハロンが85秒4、ラスト5ハロンが69秒0、ラスト4ハロンが53秒7、ラスト3ハロンが39秒5、そしてラスト1ハロンが11秒2のタイムで走ったということである。
6月16日(土)と21日(木)には、ラスト7ハロンからの時計が計時されている。その際には、(7)という形で6ハロンの時計ではないことが示されている(表記の仕方は媒体によって異なる)。レースを前にして、いつもより少し長めの追い切りを掛けたということになる。当然のことながら、長めを追い切る方が馬にとってはハードであり、馬体が絞りきれない場合や、スタミナを強化しておきたい場合に施されることの多い調教である。アドマイヤムーンの場合は前者で、香港遠征から帰ってきて一旦緩めた馬体を絞る目的で、長めから追い切りを掛けたのだろう。その効果はバツグンで、宝塚記念当日には恐ろしくきっちりと仕上がった馬体で私たちの前に登場した。
調教の「タイム」に関しては、それぞれのコースにおける標準時計(目安)のようなものもあるにはあるのだが、ここで詳しく紹介することはしない。なぜなら、誤解を招く恐れがあるだけではなく、タイムが様々な外的要素に大きく影響される以上、見なくてよい(知らなくてもよい)ケースの方が圧倒的に多いからである。時計の速い・遅いに目を奪われたばかりに、調教の判断を誤ってしまうことの何と多いことか。
たとえば、アドマイヤムーンにおいても同じことがあった。宝塚記念に臨むにあたって、岩田騎手が初めて跨って追い切られた際、「最後の直線で追った時、周りの風景が一瞬消えた。こんなこと初めて」と岩田騎手は取材陣に語った。周りの風景が消えたと思わせるほど、アドマイヤムーンの瞬発力が素晴らしかったということなのだが、なるほどラスト1ハロンのタイムを見ると11秒2の速い時計が出ている。最終追い切りもラスト1ハロンが11秒5のタイムが出て、宝塚記念を実際に快勝したこともあり、アドマイヤムーンは最後に速い時計が出る=調子が良いという図式が強調されることになってしまった。
ところが、夏を越して、秋の天皇賞秋とジャパンカップはどうだったのだろうか。天皇賞秋とジャパンカップの追い切り時計を見てみたい。
アドマイヤムーン 天皇賞秋
09/26(水) DW 重 助手 62.0-46.0-13.0 ⑨ 馬也
09/29(土) DW 良 助手 61.0-45.7-12.7 ⑨ 馬也
10/03(水) DW 稍 助手 88.8-73.1-58.0-42.0-11.6 ⑨ 強め
10/06(土) DW 稍 助手 90.8-75.1-59.4-43.1-12.3 ⑧ 馬也
10/11(木) DW 良 助手 85.2-69.2-54.0-39.4-11.9 ⑧ 馬也
10/14(日) 栗坂 良 58.2-42.7-27.6-13.7 馬也
10/17(水) DW 良 助手 86.4-70.9-55.4-40.4-11.5 ⑨ 一杯
10/20(土) DW 重 助手 74.5-58.5-42.4-12.4 ⑨ 馬也
10/24(水) DW 良 助手 86.8-70.4-56.1-41.3-12.1 ⑨ G一
天皇賞秋は、1週間前追い切り(10/17)で、ラスト1ハロン11秒5という切れ味を見せた。この時点で、アドマイヤムーンは好仕上がりだと誤解し、宝塚記念に続き、極上の切れ味でアドマイヤムーンが天皇賞秋の盾をも奪取する姿を思い浮かべた人は少なくなかっただろう。
ところが、最終追い切りはというと、ラスト1ハロン12秒1と、宝塚記念時に比べると、数字だけを見ればやや不満が残る内容であった。天皇賞秋でのアドマイヤムーンの取捨は、ラスト1ハロンだけの時計を見るだけではどちらとも言えない、というのが正直なところであった。
ご存知のとおり、結果は6着に惨敗。直線に向いて、これから追い出される時に他馬に寄られたというアクシデントはあったものの、私の見る限り、隣にいたダイワメジャーに比べると、致命的な不利ではなかったように思える。アドマイヤムーンの天皇賞秋での敗因は、宝塚記念をピークの出来で快勝したことにより、天皇賞秋までの短い期間では本調子にまでは持ってこられなかったことに尽きる。それでもゴールまで渋太く伸びた走りは、さすがゴドルフィンに40億円でトレードされただけのことはあった。
アドマイヤムーン ジャパンカップ
11/10(土) DW 稍 助手 75.1-59.3-44.5-13.5 ⑨ 馬也
11/14(水) DW 良 助手 86.1-70.3-55.3-41.0-12.1 ⑨ 馬也
11/17(土) DW 良 助手 59.9-43.7-11.6 ⑧ 直一
11/21(水) DW 良 助手 86.0-69.8-53.6-39.6-12.3 ⑨ 一杯
続くジャパンカップでは、1週間前の追い切りのラスト1ハロンが12秒1、最終追い切りは一杯に追われたもののラスト1ハロンが12秒3と、結局11秒台を計時することはなかった。前走の天皇賞秋の敗因を最終追い切りでの時計の遅さに求めた人々は、12秒1と12秒3という今回の追い切りのラスト1ハロン時計を理由にして、こぞって宝塚記念時の体調にはないと捲くし立てた。距離不安説も加わり、ジャパンカップでは5番人気と評価を大きく下げることになった。
しかし結果は、メイショウサムソンやポップロックなどの実力馬を退けて、アドマイヤムーンの完勝であった。岩田康誠騎手の積極的な騎乗や、通ったコースの有利不利は多少あったにせよ、アドマイヤムーンの体調が天皇賞秋からは一変しており、宝塚記念の時の体調に戻っていたことは確かである。結局、1週間前でも最終追い切りでも、ラスト1ハロンで11秒台を切ることが出来なかったにもかかわらず、本番のジャパンカップでは見事な走りを見せてくれたのだ。つまり、アドマイヤムーンの体調は、ラスト1ハロンの時計とは全く関係がなかったということである。

菊花賞2
有馬記念
阪神大賞典
天皇賞春1
天皇賞春2
宝塚記念1
宝塚記念2
宝塚記念3
凱旋門賞1
凱旋門賞2
ジャパンカップ
ファイナルフライト1
引退式
ハーツクライ
伝説のウオッカ
メイショウサムソン
スイープトウショウ引退記念
アドマイヤムーン
ダイワスカーレット桜花賞
ディープスカイ
ウオッカ安田記念
伝説の天皇賞秋
ダイワスカーレット有馬記念
Comments
ウオッカが夏また放牧しないで栗東で過ごすといっていますがどう思いますか?
僕は安田を勝ててやっとウオッカも休息が取れると喜んでいたのですがこれです。
スミイさんの考えには何かよくわからない部分が多くあります。トールポピーもオークス勝ってすぐ海外に連れて行くのも好きではありません。
是非考えを聞きたいです。
Posted by: hypoc | June 18, 2008 at 03:36 AM
調教時計の後ろにある数字は何を表すのでしょうか?
⑨とか・・。。
最近は調教時計より実際にVTRを見る様にしています。時計が遅くても凄いバネの利いた走りをしている馬もおり、こういう馬が総じて穴馬になりうるからです。
さて私のコメントの前にあるご意見ですが、
私もウオッカの休養せずに厩舎で過ごすという判断には疑問符が付きます。調教師の一存では無く馬主の意見も大きいとは思うのですが、この馬の強さ、影響力等を考えると休養させてあげて欲しい気がします。
そういう意味でも私は安田記念ウオッカに勝って欲しくなかったのですが。。。
海外への挑戦については別に何とも思いません。逆に良い傾向なのかも?ただ、アメリカンオークスとかは日本のオークス
とは違ったレース形態に思えますので、オークスで足りなかった馬でも好戦出来ると思います。勝ったから挑戦では無く、勝てそうだから挑戦という風になっていって欲しいです。(シーザリオは別格でした。追い込み、先行自在という所が良かったのでしょう)
Posted by: はやひで | June 18, 2008 at 08:27 AM
hypocさん
こんばんは。
ウオッカが放牧をしない件についてですが、角居調教師のことなので、あらゆる可能性を天秤にかけた上での判断だと思います。
どこかで書いたと思いますが(忘れてしまいました)、放牧に出すにもデメリットがあります。
・手元においておけないため事故が起こるのが怖い。
・特に牝馬は、放牧に出してしまうと、競走馬としての闘争心を失って戻ってきたり、また逆に手が付けられないぐらいうるさくなって帰ってきたりする。
などのデメリットもあるので、それだったら放牧に出さずにとなるのが最近の主流なのではないでしょうか。
それでも私としては、リスクを冒してでも放牧に出して、特に精神面をリフレッシュさせてあげて欲しいです。
Posted by: 治郎丸敬之 | June 19, 2008 at 02:07 AM
はやひでさん
こんばんは。
⑨については、後々に詳しく書いていく予定ですが、特別にここではお教えしましょう!
⑨は通ったコースの内外です。
数字が大きいほど、コースの外を回ったということです。
ウオッカの件については、上のコメントで書きましたので、ご覧くださいませ。
ある意味、ウオッカはすでにファンの馬にもなってきていますので、調教師や馬主だけの一存では走られなくなっている気がします。
それでも、最後には馬優先を貫いて欲しいと心の底から思います。
海外への挑戦については、チャンスがあればどこへでも行くべきだと思います。
私にはオークスを勝って、さらに海外へ挑戦を考えさせるぐらい余力が残っているトールポピーが凄いなと思いますが(笑)。
シーザリオは強かったですね。
ただ、海外に行っていなければ、もう少し息の長い活躍ができていたのもまた事実ですが。
Posted by: 治郎丸敬之 | June 19, 2008 at 02:13 AM
ご意見ありがとうございました。
スミイさんは超一流のプロ。
考えを落ち着かせられました。感謝します。
これからもガラスの競馬場楽しみにしています。
Posted by: hypoc | June 19, 2008 at 03:07 AM
hypocさん
どういたしまして。
もちろんこれは私の意見なので、色々な考え方があると思います。
ただ、hypocさんも私もウオッカが好きという思いは共通していると思います。
安田記念後のインタビューで、角居調教師が、「人間の都合で走らせたり、馬に合わせたらアクシデントが起こったりと、なかなか歯車が噛み合わなかった」という旨のことをおっしゃっていたのが印象に残りました。
角居調教師もダービー後に使いたくなかったレースもあったということですね。
安田記念を勝って、体調が上がった状態で休養に入りましたので、厩舎で過ごすとはいえ、秋はかなり期待できるのではないでしょうか。
Posted by: 治郎丸敬之 | June 20, 2008 at 01:44 AM
ウオッカの放牧に関して感じたことを少々。
放牧に出さないメリット、デメリットは色々ありますが、普段触れ合う厩務員を変えたくない、ということも考えられますね。
放牧に出せば精神面のリフレッシュは図れるかも知れませんが、知らない厩務員との毎日にストレスを感じる馬もいると思います。
有名な話では、メジロドーベルが前任の厩務員さんが急逝されたあと、ストレスを溜め込み、折り合いを激しく欠くレースを繰り返した時期がありました。
角居師は、そういう面も考慮して判断されたのでしょう。
Posted by: 兜町のみけねこ | June 20, 2008 at 08:28 AM
兜町のみけねこさん
はじめまして。
貴重なご意見ありがとうございます。
>普段触れ合う厩務員を変えたくない、ということも考えられますね。
→十分に考えられますね。
おっしゃる通り、そういう所まで含めて、放牧に出さないという判断をしたのでしょう。
競馬では男勝りのウオッカも、やはり牝馬ですから、そのようなメンタル面でのケアは大切ですよね。
Posted by: 治郎丸敬之 | June 21, 2008 at 01:33 AM