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「勝利の競馬、仕事の極意」

Syourinokeiba 3star

角居調教師といえば、先日久しぶりに勝利を挙げたウオッカを真っ先に思い出してしまう。それほどまでに、牝馬のダービー制覇は私にとって衝撃的であり、角居調教師でなければ成し遂げられていなかった快挙だと思っている。しかし、ダービー以降のウオッカの使われ方に対しては、多くの競馬ファン同様、多くの疑問を感じざるを得なかったのも確かである。

角居調教師は安田記念後のインタビューで、「人間のエゴによって出走して負けてしまったり、馬に合わせたら今度はアクシデントが起こってしまったりと、なかなか歯車が噛み合わなかった」という旨のコメントをしていたが、まさにその通りだと思う。私の個人的な意見としては、宝塚記念と有馬記念は出走させるべきではなかったし、ヴィクトリアマイルは勝つつもりで出走させてきていなかった以上、ファンに対する背信だとさえ思う。

それでも、最後の最後の部分では角居調教師を私は信じている。角居調教師が人一倍悩み、決めた以上、その判断は正しいはずであり、様々な紆余曲折があろうとも、最後はウオッカという歴史的牝馬を最高の形で牧場に帰してくれるものと信じている。それはこの本に書かれた一節を信じているからだ。

サラブレッドはしゃべれない。
どんな扱いを受けようが、ただ黙って、人間にすべてをゆだねて生きていく。
馬が生を受けるとき、父馬と母馬は、人間が人間の都合で選んだ種牡馬と繁殖牝馬である。生まれた子馬は、人間の都合で厳しい育成を受け、人間の都合で売買される。そして、人間の都合で激しいレースを闘わされ、これに勝ち抜いて生き残れば今度は、人間の都合で父馬や母馬として優れた血を伝えることを求められる。
彼らの生涯は、すべて人間の都合によって支配されているのである。
それでも、サラブレッドはしゃべれない。
何という儚い動物なのだろう。わずかなアクシデントでも命を失う過酷な宿命、熾烈な淘汰のための競争、人に委ねられた生活。そういう研ぎ澄まされた毎日を、まるで綱渡りでもするようにして、サラブレッドというガラス細工の芸術作品は、少しずつ少しずつ作り上げられていく。
この美しく儚い動物を守っていきたい、と私は思った。私が競馬を仕事にしようと決めたのは、そういう思いが原点だった。
サラブレッドの人生を守り、より良い生涯を送れるように、私ができる限りのことをしたい。
牧場での毎日から生まれたそんな思いが出発点になって、私は競馬の世界に足を踏み入れていき、そして、サラブレッドと競馬の魅力の虜になって、離れられなくなった。

確かにサラブレッドは経済動物であり、ギャンブルの牌でもある。しかし、人間とサラブレッドのもっと奥深い結びつきにおいては、決してそうではないだろう。ホースマンはサラブレッドという美しく儚い動物を守っていかなければならない。しゃべれないサラブレッドの人生を守り、より良い生涯を送れるように、出来る限りのことをしていくのがホースマンであるとも言える。そういったホースマンの愛情に応えるために、しゃべれないサラブレッドはレースで限界を超えて走るのだ。

話は少し飛ぶが、ドーピングテストは競馬が始まりだとある人から教えてもらった。古代ローマの戦車競走の馬に、アルコール発酵させた蜂蜜を与えたり、敵の馬に薬物を与えたりしたことが問題となり、ドーピングテストは行われ始めたのだ。サラブレッドは人間が薬物を接種させればそれを一方的に受け入れるしかなく、自分の意志で拒んだり受け入れたりできないからである。つまり、ドーピングテストはギャンブルに対する公平さを期すためではなく、動物愛護の精神からなのであった。

しゃべることのできないサラブレッドを守ることが出来るのは、良くも悪くも人間しかいないという事実を、私たちは胸のどこかに留めておかなければならない。

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