カミソリとナタと
カミソリやナタなどと物騒なタイトルたが、何てことはない、競走馬の末脚の切れ味のことである。「コダマはカミソリ、シンザンはナタの切れ味」という武田文吾調教師のコメントが由来だが、競馬界では日常的に使われている表現のひとつである。
まず、カミソリとナタとはどちらも切れるのだが、その切れ方が違う。カミソリはスパッと切れるのに対し、ナタはザクッと切れる。つまり、カミソリの方がナタよりも鋭く切れる。かといって、カミソリの方が切れ味が良いかというと、そうとは限らない。たとえば大きな木をカミソリで切っても切れないように、切る対象物によっては、カミソリよりもナタの方が切れる。カミソリが鋭く、ナタが鈍いということではなく、あくまでも切れ方が違うのである。
これをそのまま競馬に当てはめてしまうと、カミソリの切れ味とは、一瞬で鋭く切れる末脚のことで、対するナタの切れ味とは、良い脚を長く使える末脚ということになる。確かに間違ってはいないのだが、これだけではあまりにも抽象的で分かりにくい。もう少し具体的に、かつ厳密に述べると、以下のようになる。
カミソリとナタとの違いは、“スピードがスタミナに裏打ちされているかどうか”である。分子がスピードで、分母がスタミナとすると分かりやすい。その馬のスピードに対してのスタミナの比重が軽ければ、末脚はカミソリの切れ味となり、スピードを支えているスタミナが豊富であれば、末脚はナタの切れ味となる。
たとえば、総合力は同じだが、スピードとスタミナのバランスが違う2頭のサラブレッドがいるとする。Aという馬はスピードが勝っていて、そのスピードを後半の末脚に生かすタイプであり、Bという馬はスタミナが豊富で地脚が強いタイプである。この2頭が1000mのレースをすると、以下のラップが刻まれる。
A 10.9→10.9→10.8→10.6→10.0
B 10.8→10.8→10.8→10.4→10.4
結果としてタイムは同じなので同着であるが、レースでの末脚の切れ方は異なる。Aがラストの1ハロンで10.0という一瞬の鋭い末脚を披露したのに対し、Bは良い脚をコンスタントに2ハロン続けて使っていることが分かる。言うまでもないが、Aがカミソリの切れ味で、Bがナタの切れ味である。
Aは一瞬にしてスピードを爆発させスタミナを消費してしまうので、ゴーサインを出すタイミングが難しい。早く仕掛けすぎると、ゴール前でガス欠を起こしバタバタなんてこともありうる。このようなタイプは直線が短いコースの方がレースはしやすい。直線に向いてから仕掛けて、そのままゴールとなるからだ。
Bは豊富なスタミナを支えにしてスピードを持続させるので、実はこれもゴーサインを出すタイミングが難しい。仕掛けが遅すぎると、脚を余してしまうなんてこともありうる。このようなタイプは直線が長いコースの方がレースはしやすい。直線の短いコースでは、4コーナーを回る時点から仕掛けなければならず、スムーズなコーナーリングを妨げることになるからだ。
ところで、カミソリとナタとの違いは、“スピードがスタミナに裏打ちされているかどうか”と前述したが、そうすると、たとえ同じ馬の末脚であっても、距離によってはカミソリの切れ味にもなり、ナタの切れ味にもなるということにはならないだろうか。
マイルCSを連覇したデュランダルは、現役屈指の末脚を持ち、スピードとスタミナのバランスの取れた名マイラーである。この馬の末脚の切れ味はカミソリなのだろうか、それともナタなのだろうか?大方の見解としては、デュランダルの末脚はカミソリの切れ味ということになるだろう。他馬が止まって見えるほどに、その末脚は鋭いからだ。
しかし、私の見解は多少異なり、カミソリかナタかはレースの距離によって変わってくると考える。正確に言うと、デュランダルの場合、1200m戦ならばナタの切れ味で、マイル戦ではどちらとも区別は難しく、2000m戦ではカミソリの切れ味となるだろう。1200mのレースにおいては、他馬と比べてスタミナの比重が重いため、追っつけて追っつけて最後に差しきるというナタの切れ味になる。それに対して、2000m以上のレースにおいては、ジックリと溜めて最後に末脚を爆発させるというカミソリの切れ味になる。
つまり、その距離において、どれだけのスピードがどれだけのスタミナに支えられているかによって、末脚が一瞬の爆発的なものになるのか、長く持続されるものになるのかが決する。この馬はカミソリで、あの馬はナタと一概に決め付けることはできないのだ。
「コダマはカミソリ、シンザンはナタの切れ味」という武田文吾調教師のコメントは、そういった意味では的確ではない。コダマの末脚も、距離によってはカミソリにもなり、ナタにもなり得るのだ。親切心から付け加えさせてもらうとすれば、「“ダービーの2400mを走るとすれば”、コダマはカミソリ、シンザンはナタの切れ味」となるだろうか。

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