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集中連載:「調教のすべて」第17回

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“強め”や“一杯”の調教は、馬を鍛えたり、馬体を絞ったりして、レースで全力を出し切れるように仕上げるために施される。当然のことながら、馬にとっては肉体的、精神的に負荷が掛かるため、無理な追われ方をしてしまうと、体調が下降線を辿ってレースで凡走するだけではなく、下手をすると怪我にもつながってしまう恐れもある。それでも、サラブレッドが速く走るために生まれてきた経済動物である以上、狙ったレースに向けて、ギリギリの調教を施されることは避けて通れない。

ところで、馬は強く追うことで本当に走るようになるのだろうか?別の言い方をすると、馬は鍛えることで果たして強くなるのだろうか?おそらくこれは私だけではなく、ほとんど全ての調教師が抱えている疑問であり、悩みなのではないだろうか。あまりにも本質的すぎて、正しい答えというものがあるとは思えないが、それでも考えないよりはましだろう。

まずは鍛えることで強くなるという考えを紹介したい。この連載の冒頭で登場した、2冠馬ミホノブルボンを管理した故戸山為夫調教師である。通常1日2~3本の厩舎が多い中で、1日4本、多い時には1日に5本も登坂することもあり、「スパルタ調教」とも揶揄されたトレーニング方法を確立した。故戸山為夫調教師は、自身の調教理論についてこう語る。

戸山流ハードトレーニングは、いわば必要に迫られてのことであった。天才的に速い馬がどんどん厩舎に入ってくれば、私もハードトレーニングなど考える必要はなかったかもしれない。しかし、発足したばかりの厩舎のジョッキーとして育ち、勝てない悔しさを重ねた。調教師としても天才的な馬には恵まれない悔しさがあった。

ではどうするか。鍛えて鍛えて、鍛え抜いて勝つしかない。ボクサーにしても、力士にしても、練習に練習を重ねたものが強い。100mランナーもマラソンランナーも、人一倍練習するものが最後には栄冠をもぎとるのだ。馬にもそれが当てはまらないはずはない。(「鍛えて最強馬をつくる」 かんき出版)

故戸山為夫調教師はここで、「天才的に速い馬がどんどん厩舎に入ってくれば、私もハードトレーニングなど考える必要はなかったかもしれない」と皮肉を込めているが、本当にそうだとは思っていないだろう。そもそも天才的に速い馬がどんどん厩舎に入ってくることなど、どの厩舎においてもあり得ないことなのだから。それを承知の上で書いている以上、どの厩舎にとってもハードトレーニングは必要だというのが真意であろう。

もう一人、鍛えることで強くなるという考えを持つ調教師を紹介したい。ダンスパートナー、スペシャルウィーク、アグネスデジタルなど、数々のG1ホースを育て上げ、究極の仕上げの上手さは誰もが認める白井寿昭調教師である。白井寿昭調教師は強い調教について、こう語っている。

マラソンでも日々の努力、毎日のハードトレーニングの結果が反復練習となって厳しい試合で活かされるわけですよね。軽い調教をやっていて厳しいレースを勝てるならそれに越したことはないけれども、そういうわけにはいかないのが勝負の世界ですから。

やはり持ったままの調教で競馬に通用するかというと疑問ですね。我々の場合、厳しいレースに対応するにはハードなトレーニングが必要だと思うからこそ、あれだけの調教を課すわけです。かといって馬の競走生命が短かったかというとそうではないと思います。もちろん、なんでもかんでも無我夢中にやってしまうとパンクするでしょうから、待つ時は時期が来るまで待つべきでしょう。(「G1勝利の方程式」白夜書房)

白井寿昭調教師も、故戸山為夫調教師と同じく、毎日の厳しいトレーニングがレースに行って生きてくるという信念を持って馬を鍛えていることが分かる。だからこそ、持ったままの馬なり調教を施された馬が、いきなり厳しいレースで結果を出すことが出来るかどうかには大いに疑問を呈している。

Tyoukyou23 by sashiko


(第18回へ続く→)

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