「無痛化」する競馬予想界のゆくえ
「無痛化」とは、森岡正博氏(生命学者)によって提唱された概念であるが、今あるつらさや苦しみから、我々がどこまでも逃げ続けていけるような仕組みが、社会の中に張り巡らされていくことである。
たとえば今、私はこの文章を、電気に煌々と照らされた、冷房の利いた部屋で、アイスコーヒーを片手に書いている。そして、この文章を読んでいるあなたも同じ。ほんの1世紀も前であれば考えられない光景である。暑ければ冷房のスイッチを押せばよく、暗ければ電灯を点ければよい。苦しみから我々が次々と逃げ続けるために、テクノロジーは発展し、文明が進歩したのは紛れもない事実である。文明の進歩とは「無痛化」の歴史に他ならない。
「無痛化」は、競馬予想界においても避けては通れない。「どうやって予想していいか分からず、馬券を外してお金を失う」というつらさや苦しみから手っ取り早く救ってくれる仕組みが、我々の周りのあちこちに転がっている(ように見える)。
私の個人的な見解ではあるが、日本の競馬予想界における「無痛化」の先駆けは、1969年の柏木久太郎のコンピューター予想ではないだろうか。コンピューターを駆使した予想で的中率84%を標榜したが、いつの間にか消えていなくなった。その後、アンドリュー・ベイヤーによって「スピード指数」が発見され、西田和彦や石川ワタルもそれに続いた。それ以来、今に至るまで、科学文明の発展に歩みを合わせるように、~の法則、~理論、~システム、~値といった必勝法のゴールドラッシュの勢いは止まるところを知らない。
しかし、本当のところ、馬券で損をするというつらさや苦しみからは決して逃れることはできない。簡単で確実なはずの必勝法は、手にした途端、使い勝手の悪い、たまにしか的中することのないゴミと化す。たとえ的中しても、あまりにも買い目が多すぎて結果的にマイナスになってしまうこともあるだろう。それでも、必勝法は当った勝ったと大騒ぎする。これまでの負けを全て忘れ、水に流したと言わんばかりに。馬券で損をするという病に効く薬はないし、必勝法を生み出す詐欺師、それにすがる愚か者に付ける薬もない。
何よりも悲しいのは、競馬予想界の「無痛化」によって、我々が考えることからも逃げてしまうことだ。もし万が一、苦しみから次々に逃れて行くことの出来る必勝法があるとしても、その後に何が残るかというと、快楽、快適さ、安楽さしか残らない。するとどうなるかというと、当たって気持ちがいいけれどもよろこびのない予想になる。
必死になって考え、答えを導きだそうというつらさや苦しみから逃げてはいけない。よろこびは自分の頭で考えることでしか生まれない。競馬好きが100人いれば100通りの予想があるべきで、自分の予想が当たることも外れることもあるだろう。たとえ当たっても外れても、その予想が自分の頭で考えられたものであれば、そこには何ものにも代え難いよろこびがあるのではないだろうか。

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