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◆最終指名◆エグズマキーの06(牡)父シンボリクリスエス

私がシンボリクリスエスに初めて出会ったのは、東京競馬場で行われた青葉賞であった。ダービーと同じ舞台で行われるにもかかわらず、なかなかダービーと直結しない重賞として有名であったが、シンボリクリスエスが勝った時には、これでようやく青葉賞からダービー馬が生まれるとほとんど確信したものだ。

それぐらい、シンボリクリスエスの青葉賞での勝ちっぷりは大物感に溢れていた。いかにも東京競馬場に合いそうな大きなフットワークもそうだし、前進意欲を表面に出しつつもジョッキーの指示に素直に従う気性もそうだし、何よりも直線を向いてゴーサインを出されたときのアクションと俊敏な反応はダービー馬に相応しいと思われた。

2002年青葉賞

3番シンボリクリスエスの勝ちっぷりにダービー馬の誕生を確信したが…

しかし、さすがにダービーでは上には上がいた。青葉賞でシンボリクリスエスに跨った武豊騎手が鞍上にいなかったことも驚きだったが、その武豊騎手が操るタニノギムレットが大外からもの凄い勢いでシンボリクリスエスを差し切ったことも衝撃的だった。今から思えば、シンボリクリスエスはあの時点では未完成だったのだろう。「引退レースの有馬記念の時点でも、まだ成長を続けているような馬だった」と藤沢和雄調教師が語っていたように、晩成型の馬の典型だったのだから。

シンボリクリスエスとの再会の機会は、彼の引退後、社台スタリオンステーションで訪れた。ある方の厚意によって、私は歴代のスターたちが暮らす社台スタリオンステーションの馬房内を覗かせてもらう幸運を得た。トウカイテイオーやクロフネ、ダンスインザダーク、ウォーエンブレム、マンハッタンカフェなど、引かれてくる名馬たちの姿を目の当たりにして、私は圧倒され、身動き一つ出来なかった。その中でも、ひときわ神々しい存在感を示していたのがシンボリクリスエスであった。一線を退いてきたばかりということもあったのだろうが、それでも黒々とした毛艶の素晴らしさや柔らかな身のこなしには、サラブレッドとしての活力が溢れていた。

そんなシンボリクリスエスから、サクセスブロッケンという名馬が生まれたのも当然と私には思える。最初は産駒がなかなか勝ち上がれなかったり、2勝目を挙げるのに苦労したりしていたが、種牡馬としての未来も明るいことが証明されたのだ。もっとも、サクセスブロッケンはヘイルトゥリーズンの4×4という妙があったからこそ、早い時期からあれだけの活躍を出来たということもある。残念ながら、このエグズマキーの06にはヘイルトゥリーズンのクロスは生じていないが、馬体から放つ大物感ならばサクセスブロッケンにも劣らない。まずはデビューしてくれることを願いつつ、ダービーに間に合うことを夢みてみたい。

Egzmaky

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