「競馬の血統学」

ボロボロになるまで読んだ競馬の本は数えるほどしかないが、「競馬の血統学」はその中の1冊である。「血統について勉強したいのですが、どの本を読めばよいですか?」と聞かれた時に、私は迷わずこの本を薦めることにしている。もし無人島に1冊だけしか血統本を持っていけないとしたら(そんな状況ありえないか…)、私はこの本を手に取るだろう。それほどまでに、この本に書かれている内容は奥が深く、何度読み返してみても新しい発見と驚きがある。
著者の吉沢譲治氏は、雑誌「優駿」にて重賞勝ち馬の血統ページを担当するようになり、十数年の間、血統表とファイルを整理する作業を続けた後、あるひとつの結論に達する。それ以来、血統についての全ての謎が解けていき、日本に戦前から伝わる在来の地味なサラブレッド血統と、それら多くを支える零細牧場と地方競馬の重要性を、深く認識するようになったという。
その結論とは、「近親繁殖の行き詰まりで活力、生命力、遺伝力を失いつつあった“同一品種”の名門血統が、“異品種”の雑草血統によってよみがえる」ということだ。
そして、その結論に基づいて、吉沢氏はサラブレッドの血統の流れを4つの波に喩える。「近親繁殖で走る大きな波」と「異系繁殖で走る大きな波」、「特定の血統が猛威をふるう波」、「血統の飽和で異父系が台頭する波」である。サンデーサイレンスやブライアンズタイムが日本で活躍したのも、4つ目の「血統の飽和で異父系が台頭する波」にうまく乗ったからだと吉沢氏は考察する。
爆笑問題の太田光が、大好きな作家カート・ヴォネガットについて、ヴォネガットはタイムスリップをテーマにした小説で「人は過去に行ける、思い出せばいい」と語った。それは我々が元々知っていることだった。しかし、誰もが当たり前と思うことを言葉に出来る天才と凡才の間には途方もない開きがある、と書いていたが、まさにその通りだと私も思う。吉沢氏が手にした結論は、言われてみれば当たり前のことだが、凡人の私にとって、世界観を揺さぶられるほど衝撃的であった。
随分と大仰に書いてしまったが、これから血統について詳しく学びたいという人たちにとっての入門書となるべき本でもある。セントサイモンから発した物語は、ハイペリオン、ネアルコ、ナスルーラ、ノーザンダンサー、ネイティブダンサー、トウルビオン、ロイヤルチャージャーと、時空間を超えながら紡がれていく。この物語を読み終えた後には、あなたはもっと血統について知りたいと思うだろう。もしかすると、それが血統を知るということなのかもしれない。

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