ジュンペー

「死んでしまつた人間といふものは大したものだ。何故あゝはつきりとしつかりとしてくるんだらう。まさに人間の形をしてゐるよ。してみると、生きてゐる人間とは、人間になりつゝある一種の動物かな」とは小林秀雄の言葉です。
生きている私たちは、人を嫉んだり、余計なことを言ったりしながら、日々の生活に汲々としてなんとか生きています。それに対し、死んでしまった人間が、ある種、絶対的な形(存在)として私たちの中に生きてくるという感覚は、私も最近になって少しずつ分かるようになってきました。
新人の三浦皇成騎手が、あの武豊騎手の新人最多勝記録(69勝)を抜いたことが大きな話題になりましたね。1987年以来、トップに立っていた武豊騎手との比較ばかりがクローズアップされてしまいますが、武豊騎手、加賀武見騎手(58勝)、福永祐一騎手(53勝)に次ぐ、歴代4位の記録を持っていたジョッキーから、私はどうしても目が離せませんでした。
岡潤一郎。「ジュンペー」と呼ばれた岡潤一郎騎手は、私が競馬にのめり込み始めた時と機を同じくして、メキメキと頭角を現してきた騎手です。今でも記憶に残っているのが、デビュー2年目の札幌競馬場での5連続騎乗、5連続勝利という快挙です。11、2、7、1、2番人気に跨っての結果でした。最後の2鞍は過剰人気になったことも含め、11番人気と7番人気の穴馬を勝たせてしまったのですから、並みの新人ジョッキーでなかったことは明らかでした。しかも、札幌に乗りに来ていた河内洋(ジョッキーマスターズを2連勝しましたね)、松永幹夫、横山典弘という脂の乗り切った面々を相手にしてのものだけに、競馬ファンのみならず競馬関係者も驚きを隠せませんでした。
もちろん小さな挫折や大きな挫折も味わいました。宝塚記念で圧倒的な人気を背負ったオグリキャップに騎乗して2着に負けてしまい、「有名馬には乗りたいけど乗りたくない」と素直な心情を語っていたのも印象的でした。しかし、岡潤一郎騎手はその後も着実に成長を重ね、敗北も挫折も、あくまでも新人ジョッキーを大きく成長させるための過程に過ぎませんでした。そして、デビューから3年目のエリザベス女王杯にて、愛馬リンデンリリーと共に大きな華を咲かせたのです。春の実績馬をやすやすと蹴散らしたリンデンリリーの力強さと、馬上にいた岡潤一郎騎手の自信満々を、私を含む誰もが未来への明るい光として見守りました。
しかし、リンデンリリーにとっても、岡潤一郎騎手にとっても、このエリザベス女王杯が最後の晴れ舞台となってしまいました。レース後、異常を感じ取った岡騎手はすぐにリンデンリリーから下馬。診断の結果、右前脚浅屈腱不全断裂を発症し競走能力を喪失していることが判明したのです。そして2年後、岡潤一郎騎手はレース中の落馬事故で命を落としてしまいます。レース中、親友の千田騎手を抜かしていく時に「お先に」と声をかけたのが、彼の最後の言葉になってしまったそうです。
岡潤一郎騎手をよく知る詩人の志摩直人は、彼の死を悼み、こう詠みました。
「24歳の青春」その日 岡潤一郎は
春めいたブランブルーの空を
見たでしょうか
24歳の空が
如何に果てしなく
美しい空であったかその日 平成5年1月30日
京都競馬場第7レース新馬戦
本命馬オギジーニアスは
直線走路 2番手から
いざ追い上げようという時に
がくんと腰から崩れて行ったのです
潤一郎君はころころころっと
馬場の真ん中へ転げて行ったのです
あとはどうなったのか
見ていた私達にもよく判りません
ともあれ 24歳の青春
ターフに身をあずけるように
それが潤一郎くんの運命でしたもう5年ほど前になりますが
様似の辻牧場の放牧地で
小林薫さんのコマーシャルを撮っていた時のことでした
潤一郎くんのお父さんが
会いにきてくれたのです
「潤一郎をよろしく」と
眼鏡の奥に誠実なものを湛えて
丁重なご挨拶でした頭蓋骨骨折 脳挫傷
入院して18日間
意識不明のまま 肺炎併発
2月16日12時57分
きらめく青春に終わりを告げました祭壇に飾る写真を私も 選ばせて貰いました
どこか幼さの残った
あのにこやかな笑顔には
アイドルの面影がありました
この後 あの様似の親子岩あたり
君のふるさとを通る時
ヒダカミセバヤの花を携えて
君の墓に詣でることでしょう
岡潤一郎君
仏となった君の名は
潤徳院大英法蔵居士とぞ
岡潤一郎騎手は私の青春の記憶の中でまだ生きています。ノースフライトで安田記念を勝った角田騎手が、4コーナーで上がっていく時、他の騎手からの激励の声をジュンペーからのものと感じたように、私はどこかの競馬場のどこかのレースで懸命に鞭を振るっているジュンペーの姿をはっきりとしっかりと浮かべることができるのです。岡潤一郎騎手が人間の形をしてゐるのです。

菊花賞2
有馬記念
阪神大賞典
天皇賞春1
天皇賞春2
宝塚記念1
宝塚記念2
宝塚記念3
凱旋門賞1
凱旋門賞2
ジャパンカップ
ファイナルフライト1
引退式
ハーツクライ
伝説のウオッカ
メイショウサムソン
スイープトウショウ引退記念
アドマイヤムーン
ダイワスカーレット桜花賞
ディープスカイ
ウオッカ安田記念
伝説の天皇賞秋
ダイワスカーレット有馬記念
Comments
岡潤一郎の世代ではありませんが、
伝説?としてその栄光は知っています。
本当に天才ですよね。
三浦くんは確かに凄いけど、周りから愛されて
恵まれている気がします。
これに奢ることなく頑張って欲しいですね。
Posted by: はやひで | November 13, 2008 at 12:12 PM
はやひでさん
こんばんは。
寒くなってきましたね。
岡潤一郎騎手も、周りから愛されていた騎手です。
だからこそ、彼の死を悼む人々は後を絶えません。
今回は志摩直人さんの詩を紹介しましたが、他にもたくさんの方々が、岡騎手に対して言葉を捧げました。
人間性も一流ジョッキーの大切な大切な要素なのですね。
Posted by: 治郎丸敬之 | November 14, 2008 at 02:09 AM
この度の「ジュンペー」を読んで、目頭が熱くなりました。
当時の私は競馬を始めて2~3年で、あまり知識もない頃でしたが、あの事故のことはよく覚えています。
あのような悲しい事故が、人馬友に無い事を心から祈るばかりです。
Posted by: テッチィー | November 15, 2008 at 01:03 AM
テッチィーさん
はじめまして。
感想を教えていただきありがとうございます。
あれから随分と時間が経って、私も年をとりましたが(笑)、ジュンペーはいつまでもリンデンリリーを勝った時のまま私の記憶の奥底に残っています。
死んでも人は記憶の中で生き続けます。
それでも、あのような悲しい事故が人馬共にないことを、私も祈るばかりです。
Posted by: 治郎丸敬之 | November 15, 2008 at 07:12 PM