あの時の熱狂が

今からちょうど10年前、私は1年間を通じて大きな勝負をしていました。1レース10万円。当時は社会に出たばかりの身分で、私の給料などスズメの涙ほどでしたが、それでもひと月に手にする給料の半分以上を、1つのレースに賭けていたことになります。今から思えば愚かな話で、若気の至りと言ってしまえばそれまでなのですが、当時は自信というよりも、何かそうせざるを得ない衝動のようなものがあったのでしょう。
今でも忘れられない話があります。その年の菊花賞、あらゆるツテを使い、何とかして手に入れた1万円札10枚を持って、私は渋谷のウインズにいました。◎ナリタトップロードの単勝を買うことは前々から決めていました。その年のクラシック路線は、アドマイヤベガ、ナリタトップロード、テイエムオペラオーが3強と目されており、皐月賞はテイエムオペラオー、ダービーはアドマイヤベガが制したのですが、春が終わった時点で、私はナリタトップロードが一番強いと思っていました。夏を無事に越して、秋初戦こそ2着に負けたものの、最後の1冠を制するのはナリタトップロードだという確信が私にはあったのです。
当時はPATがほとんど普及していなかったこともあり、ウインズには馬券を買うためにたくさんの人々が並んでいました。今では想像もつかないかもしれませんが、G1レースともなれば、馬券を買うまでに30分近く待つなんてことはザラだった時代です。時計の針を見ると、ちょうど3時。ナリタトップロードの馬番を塗りつぶしたマークシートを手に持って、私は列の最後尾に並びました。
自分の買う番が来るのを待っているうちに、なぜか胸がドキドキしてきました。「本当にナリタトップロードでいいのか?」、ともうひとりの自分が問いかけてきました。強力な瞬発力を持つアドマイヤベガでもなく、ヨーロッパでも通用するという強靭なスタミナを持つテイエムオペラオーでもなく、なぜナリタトップロード?ウインズのモニターに映し出される参考レース映像や、隣の列に並んでいるおっさんの広げる競馬新聞に大きく書かれた「アドマイヤベガで勝てる!」という文字が目に入ってきて、私の気持ちはますます揺らいでいきました。
鼓動はさらに速くなり、ドキドキはドクドクに変わりました。頭の中が真っ白になり、全身から湯気のように汗が噴き出してきました。今から思えば、それほどに精神的にも経済的にも追い詰められていたのでしょう。もはや負けは許されなかったのです。
待つこと20分以上、ようやく私の番が回ってきました。硬直した体をなんとか一歩前に動かし、10枚の一万円札を自動券売機に入れました。あとはマークシートを入れれば、今日の仕事は終わり。もうどうにでもなれと思い、マークシートを入れたその瞬間、マークシートが戻ってきたのです。私はパニックになりました。あれほど入念にチェックしたはずのマークシートが、「識別できません」という旨の表示とともに返ってきたのです。
はじき出されたマークシートを見てみると、確かに私が塗りつぶしたはずのレース番号や馬番が全て消えてしまっていました。何が起こったのか分からなかった私は、ついつい並んでいた列から外れてしまいました。なんと、マークシートは私の手の汗で完全に消えてしまっていたのでした。
当然のことながら、目の前には長蛇の列が並び、私は菊花賞の馬券を買うことが出来ませんでした。あのレースほど、自分が本来買っていたはずの馬が負けることを願ったことはありません。ナリタトップロードが早めに抜け出した時にはバテてくれと叫び、テイエムオペラオーが外から差して来たときには差してくれと叫びました。ナリタトップロードがわずかに先頭でゴール前を走りきった時、私は自分の弱さをとことん思い知らされたのでした。
私の命を引き換えにするような大勝負は、この年の有馬記念まで続きました。アッと驚く結末が待っていたのですが、これについてはまたいつの機会にかお話しましょう。私はこの1年で、金銭的にも精神的にも大きなダメージを受け、たくさんの人々に迷惑を掛けもしました。それでも、この1年があったからこそ、(大袈裟に言うと)今の私があるとも思っています。馬券のスキルだけではなく、競馬というゲームの本質を学びました。大きなお金を賭けることは決してお勧めしませんが、勝つにしても負けるにしても、傷つかない程度ではなく、自分が何かを失ってしまうほどに大きく勝負してみないと、見えないものがあるのもまた事実でしょう。
あれから10年、私も少しばかりは大人になり、自分の人生で大勝負をすることが多くなってきましたが、それでも時には競馬でも大勝負がしたくなります。「男には負けると分かっていても戦わなければならないことがある」って、確か「銀河鉄道999」でキャプテン・ハーロックが言ったセリフでしたね。暮れの有馬記念の季節がやって来ると、あの時の熱狂が蘇ってくるのです。

菊花賞2
有馬記念
阪神大賞典
天皇賞春1
天皇賞春2
宝塚記念1
宝塚記念2
宝塚記念3
凱旋門賞1
凱旋門賞2
ジャパンカップ
ファイナルフライト1
引退式
ハーツクライ
伝説のウオッカ
メイショウサムソン
スイープトウショウ引退記念
アドマイヤムーン
ダイワスカーレット桜花賞
ディープスカイ
ウオッカ安田記念
伝説の天皇賞秋
ダイワスカーレット有馬記念
Comments
いつも楽しみにして拝見させて頂いています。「男は負けると、、、」のくだりで、40年前のTVドラマが頭に蘇ってきました。まだガキでしたが、小山田宗徳さんが主人公の発したセリフ「男は、、、」に対して「その年でバイロンを知っているのか?」と、、、。
ドラマも俳優もうろ覚えで、バイロンも検証したわけではありませんが貧乏ながらTVはあった子供時代を思い出しました。
今後も楽しみにしています。
Posted by: アブソ | December 23, 2008 at 04:17 AM
ども。
お久してます。(^_^;
もう10年も前になりますか。
当時のWINS、競馬場は大行列で、
中山なんて中が柱だらけで広々と作られてないもんだから毎回大変でした。
今は現地でもギリギリで馬券は買えますが、
逆に3単なんてマークシート塗り分けてられないし、
パソコンじゃないといくら買ってるのかわかりません。
トップロードの菊は私も同じ気持ちでしたね。
単勝は3頭が接近していたので敬遠してしまいましたが。
この時買わないと2度とない舞台ですので、
今を思っても馬券は心中しやすいラスト1冠でした。
そして渡辺も笑顔いっぱいの大輪でしたし。
>隣の列に並んでいるおっさんの広げる競馬新聞に大きく書かれた
>「アドマイヤベガで勝てる!」という文字が目に入ってきて、
>私の気持ちはますます揺らいでいきました。
若いですねー。
自分が勝負するときにそんなん見たら、
冗談じゃねーよ、って思ってましたね。
だって同じ馬を何度も見て結論出してるんだからさ。
いや、そう思ってないと気が持たないだけだったんだよな。w
勝負していいのかいけないのかは、
現地で穴場に突っ込み身をもって体験したことから体に染みついていないと、
直前で冷静な判断は出せないでしょう。
競馬はギャンブルですので、
オッズから対価は決められているのですが、
それが取るに足るかどうかも個々人で感覚が全く違います。
どんなレースでも2倍が安いという人には安いのですから。
またまたまたぐらいの話になりますが、
治郎丸さんと同じくのヒシアマゾンには、
彼女のことをただひたすら好きだっただけではなく、
同時に馬券って何なのかを教えてもらった馬であったのが、
今では感謝の言葉では表しきれません。
最近でいうとウオッカを追い続けているファンは、
それまで一緒に過ごした時間が、引退した後、
自分の経験値に変わっていることに気づくか気付かないかで
それがわかるのではと思います。
では最後に、
ハッピー有馬記念&東京大賞典になりますように。
長文失礼。
Posted by: あらた | December 23, 2008 at 10:36 AM
アブソさん
はじめまして。
いつもありがとうございます。
小山田宗徳さんについては知りませんでしたが、バイロンですね。
「君のために世界を失うことがあっても、世界のために君を失いたくない」
という名言が確かありましたよ。
小さい頃(若かりし頃)に聞いた言葉って、結構覚えているものですよね。
これからもどうぞよろしくお願いいたします。
Posted by: 治郎丸敬之 | December 24, 2008 at 12:47 AM
あらたさん
こちらこそご無沙汰しております。
可愛い娘さんの成長の様子は、不肖の息子と重ねてながら、いつも見させていただいておりますが(笑)
私にとっては極限の年であったあの1年から、もう10年も経ったのだと思うと、人生はどんなことがあってもなんとか生きて行けるのだなあと感じます。
そして、競馬の怖さを知って、かつてほど大勝負できなくなった自分につまらなさも感じています。
それは成熟ということなのでしょうが、成熟することと喜びの大きさは比例しないのですね。
ヒシアマゾンについては、あらたさんの書いた文章を読ませていただく限り、私もほぼ同じような気持ちを抱き、同じようにたくさんのことを学ばせてもらいました。
>最近でいうとウオッカを追い続けているファンは、
>それまで一緒に過ごした時間が、引退した後、
>自分の経験値に変わっていることに気づくか気付かないかで
>それがわかるのではと思います。
おっしゃる通りだと思います。
1頭の馬を本気で追いかけ続けることで、何百というレースを経験するよりも多くを学べるのですから。
これからもお互いに経験値を増やしていきたいですね。
あたらさんにとっても、
ハッピー有馬記念&東京大賞典になりますように。
来年はまた関西にも行きたいと思いますので、ぜひとも一緒に競馬を楽しみましょう!
Posted by: 治郎丸敬之 | December 24, 2008 at 12:58 AM
PATが昔に当たっていれば、テンジンショウグンの馬券も獲れたのに・・・と未だに過去を払拭出来ない私です。(;´Д`)
有馬記念を久々に当てる為に700円のギャロップまで買ってしまった。
カワカミプリンセスが冬毛が出てしまってますね。
私的にはアルナスラインから勝負したい所です。
理由は後述・・・ブログ内にでも・・・。
Posted by: はやひで | December 24, 2008 at 08:41 AM
はやひでさん
テンジンショウグンひきずっていますね~(笑)
ギャロップが700円に引き上げられて、やっぱり産経グループだなと思っている今日この頃です。
アルナスラインの理由楽しみにしております。
Posted by: 治郎丸敬之 | December 25, 2008 at 01:06 PM