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夢、そして競馬の理想の姿

実は、2月27日の引退記念パーティの前日まで豪州にいた。1ヶ月ほど滞在していたのだが、それは自分の体のケアのためだった。

以前、豪州で受けたある治療で体や頭が驚くほど軽くなったので、再びそれを受けにいったわけ。これで引退後もかくしゃくとして競馬を楽しむことが出来るので、みなさんご安心を。

もちろん、その間も競馬を忘れていたわけではない。オセアニア競馬に肌で触れ、以前の渡豪時にもまして、競馬の世界地図は縮小したと感じた。そのきっかけは、豪州でフジキセキの産駒をじかに見たからだった。

圧倒的な強さを見せつけながらクラシック直前に脚部不安で引退したため、「幻のダービー馬」と呼ばれているフジキセキ。

このサンデーサイレンス直仔は、数年前からシャトル種牡馬として、日本の種付けシーズン終了後に豪州へ渡っている。

すでに南半球産フジキセキ産駒は産声をあげている。その馬体が実に素晴らしい。当歳の仔にしては良すぎるくらいの体で、すでに引退したこの私が手掛けられないのはわかっていながら、欲しくなるような馬だった。

豪州ではいま、サンデーサイレンスの血を切実に求めている。日本からのシャトル種牡馬ではカーネギーも大人気なのだが、それと肩を並べるほどSSの血統が求められているのだ。

豪州の大手生産者、アローフィールド・スタッドは社台グループと契約を交わして南半球の種付けシーズン中に日本へ繁殖牝馬を送り込み、本家・サンデーサイレンスの種付けに来ているほどである。

かつて日本の競馬が欧州からの「名馬の墓場」と揶揄された。

私自身も、昭和50年に初訪日したエリザベス女王から、「ミスター・ノヒラがアスコットでスピードシンボリに乗ったレースを私は見ていますよ」と晩餐会で声を掛けられた際、続けてこう言われた。「たくさんの名馬が英国から来ていますが、(その馬たちを日本の競馬関係者は)どうなさるんでしょうね」

欧米から、どんなに名血が日本に集まったとしても、その血は世界の競馬に還流されることなく袋小路に入って日本で消えてしまう。それを関係者から聞いたエリザベス女王は悲しみ、危惧されていたようだ。

それがいまや、日本で育まれた血が、欧米や豪州で花開こうとしている。数頭の日本産サンデーサイレンス産駒がモハメド殿下らに購入されて欧米へ渡り、SSの血を求める豪州でも、フジキセキら日本産種牡馬が大きな影響を及ぼし始めている。

日本で生まれたヘクタープロテクターの仔(シーヴァ)も去年、アイルランドのG1を制した。日本のG1を制した日本産サラブレッドが欧米の重賞を勝つだけでなく、欧米で種牡馬になる。欧米の名血が日本を経由して再び欧米へ帰る。それが私の夢だ。

血統の交流が支える国際的スポーツという競馬の理想の姿が、日本でも徐々にではあるが見えてきた。

(「口笛吹きながら」より引用)

かつて日本の競馬が「名馬の墓場」と呼ばれた時代があった。グランディ、ジェネラス、クリスタルパレス、ファーディナンドなどなど、欧米の大レースを制し、鳴り物入りで日本に輸入されたものの、全くと言ってよいほど血を残すことなく、ひっそりとその生涯を閉じた名馬たちは枚挙に暇がない。最後は食肉にされてしまったファーディナンド事件などを見ても、欧米の競馬人にとって、ジャパンマネーで名馬を消費する日本の競馬が眉をひそめられる存在であったことは否めない。エリザベス女王の問いに対し、答えに窮してしまった祐ちゃん先生のお気持ちは察して余りある。

そういう経緯があったからこそ、祐ちゃん先生がオーストラリアでフジキセキの産駒を見たときの感慨はさぞ大きかったろう。療養中の異国で、自分の孫やひ孫にバッタリと出会ったような喜びがあったに違いない。「幻のダービー馬」と呼ばれたフジキセキが、日本初のシャトル種牡馬として、その偉大な血を豪州の地に残さんとしている。そして、その産駒たちは、祐ちゃん先生が日本に連れて帰りたいほど、立派な馬体を誇っていたのだから。

結果から言うと、フジキセキの豪州での産駒はさほど振るわなかった。105頭の牝馬、しかも一流牝馬を集めてもらっていただけに、オーストラリアの競馬関係者らの失望は深かった。向こうの競馬は短距離が中心で、しかもスタートしてからすぐにトップスピードに乗り、どこまでバテずに走り続けられるかを問われる典型的なスプリント戦になりやすい。道中はスタミナを温存しながらゆったりと走り、最後の直線で瞬発力が問われる日本の競馬に適性を見せたフジキセキの産駒は、オーストラリアの競馬には合わなかったのである。さらに日本での初年度産駒も、勝ち星は挙げるものの伸び悩み、偉大な父サンデーサイレンスに比べると、早熟で大レースに弱い血統との評価は固まりつつあった。

しかし、フジキセキは死ななかった。祐ちゃん先生のお眼鏡どおりと言おうか、2006年にはフジサイレンス(東京新聞杯)、タマモホットプレイ(シルクロードS)、ドリームパスポート(きさらぎ賞)、コイウタ(クイーンS)、そしてカネヒキリがG1フェブラリーSを制して、フジキセキ産駒が4週連続の重賞制覇を成し遂げたのだ。マッチョなフジキセキに対し、スマートな仔を出しやすい繁殖牝馬を配合するようになったこと、また調教技術が進化したことで、脚元に不安の出やすいフジキセキ産駒を壊さないように仕上げることが出来るようになったことなど。理由はひとつではないが、確かにフジキセキの血が爆発したのである。

その勢いは世界的に進行していった。オーストラリア産のサンクラシークが、2007年に南アフリカのG1レースを勝利し、2008年3月にはドバイシーマクラシックを制した。そして、ちょうどその同日、ファイングレインとキンシャサノキセキが高松宮記念でワンツーフィニッシュを決めた。

フジキセキだけではない。同じくシャトル種牡馬としてオーストラリアに供用されたタヤスツヨシやバブルガムフェローも、現地でG1馬を見事に輩出した。ローゼンカバリーやディヴァインライトもフランスへと旅立った。フサイチゼノンはアメリカへ。今年に入っては、ハットトリックがアルゼンチンに渡り、新たなゴールを決めようとしている。アメリカからやってきて日本で花開いたサンデーサイレンスの血は、再び海を越えて、世界へと血を還元されてゆく。そういう意味では、アドマイヤムーンがゴドルフィンに買われてしまったことも、むしろ喜ばしいことと考えるべきなのだろう。サンデーサイレンスの血だけではなく、フォーティナイナーの血を引くユートピアのトレードも同じだ。

欧米の名血が日本を経由して再び欧米へ帰る、という祐ちゃん先生の夢は、たとえビジネスという形を取ったとしても、少しずつではあるが実現している。少しずつではあるが。血統の交流が支える国際的スポーツ、これこそ競馬の理想の姿なのだ。

Nohirayuuji
この表紙の写真を撮影された今井寿恵さんがお亡くなりになったそうです。
謹んでご冥福をお祈り申し上げます。

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Comments

こんばんは。
「名馬の墓場」って確かイギリス人のトニー・モリスの記事でしたっけ?クイーンにもそのように思われていたとは初耳でした。

確かにジャパンカップが行われる前の、「鎖国」していて「辺境」だった頃の日本の競馬界でしたので、そんな言われ方したのも仕方ないかと。

しかし、そう言われながらも、「それじゃ売るなよ…」とも思ったもので、売る側のイギリス人を自己批判するなら理解できますが、買った側を非難するのはお門違いだと。

まあ、競走成績はともかく、種牡馬としての実績がない馬を、「ブランド」だけでただやみくもに大枚はたいて購入した当時のJRAに対しては、かなりの「お人好し」だと思っていましたが…

確かアメリカ国内でシンジケートを組もうとしても、たった四株しか集まらなかったサンデーサイレンスを吉田善哉さんが買った時も、おそらく売った側は陰で「上手く売り抜けられた」とか色々と言ったのでしょう。

大成功と失敗、決定的に違ったのは、競馬全般に対する視野の広さとか、相馬眼とか理由は数々挙げられるのでしょうが、やはりJRAの職員という安全な立場と、後ろ盾の無い者との、気概の違いかと思います。

その点では、日本競馬史上最強のギャンブラーだったのではないでしょうか。

話はズレてしまいましたが。日本の生産馬が、サンデーサイレンスから端を発して海を渡って行く様になったこと。これは長年の間欧米コンプレックス(と憧れ)を抱いてきた僕にとっては、驚きでもあり、喜ばしいことなのです。

シェイク・モハメドの口癖「馬は競馬をやっている全ての国を回っているのだ。サラブレッドに国境は無い。」という言葉も、ようやく実感として感じることが出来るようになれました。

Posted by: Quina | February 28, 2009 at 02:39 AM

Quinaさん

こんばんは。

さすがよくご存知ですね。

そのトニーなんちゃらという方です。

今となっては全く実感は湧かないのですが、
名馬の墓場と言われて、グサッと来る時代は確かにあったのでしょうね。

ここ10数年の間に、日本の競馬の情勢は大きく変わりましたが、それもQuinaさんのおっしゃるように、日本競馬史上最大のギャンブラーである吉田善哉さんがいらっしゃったからです。

善哉さんを含めた、社台の方々の功績は多大だと思います。

今月の優駿で、照哉さんのおっしゃっていた「ここまで父のおかげと思って感謝していますが、これからは自分が胸を張れるようなことをしたいです」という言葉にグッときた治郎丸です。

Posted by: 治郎丸敬之 | March 01, 2009 at 01:09 AM

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