安藤勝己VSルメールの対談を読んで(後編)
最後に、JRAとフランスにおける処分や降着制度の違い、そしてレースの厳しさについて2人は語る。
安藤勝己
「制度についていえば、JRAも来年度処分についての規定が変わる。その内容には、向かっている方向が違うんじゃないかと思うものがある。フランスでの処分や降着制度はどうなっているの」ルメール
「日本とは少し違います。レース中に寄って行ったことなどはあまり問題にはなりません。日本では降着になるようなケースでもね」安藤勝己
「そうだろうね。今年の凱旋門賞なんて、ユタカちゃんは全然競馬をさせてもらえなくて、だけど審議にもならなかったでしょう。あれがふつうなわけでしょう。日本は安全だけど、周りに気を遣うばかりで競争をしている感じじゃない。よその国に行ったら、それじゃ間に合わないよね。そういうところから来ているんだから、外国人ジョッキーにしたら日本の競馬はラクだろうね」ルメール
「フランスに比べると、とてもイージーです(笑)。ぶつけられたくなかったら外に行けばいい」安藤勝己
「ああ、そうか。フランスで乗るためには、ふだんからそういう競馬をしていないと難しいということだよね」ルメール
「ええ。すごくタイトで、スペースのない競馬です。ただ、それはすごくいい経験になると思いますよ」安藤勝己
「いい経験にはなっても、勝てないでしょう(笑)」ルメール
「(笑)でも、僕自身はフランス競馬が好きです。そこで闘ったあとに日本へ来ると、やっぱり乗りやすい(笑)。気持ちも開放されるし、調教師の指示もないのでやりやすいし、日本のレースはいつも多頭数だからたくさんのチャンスに繋がりますしね。たとえばG1だと16頭が当たり前に走りますけど、フランスはたった5頭だったりするんです。なぜ日本の騎手は外国に行って騎乗しないのですか。僕には理解できません」安藤勝己
「行ったって、乗せてもらえないでしょう。もし僕が調教師だったら、やっぱり地元の騎手に乗せるよ。ああいう競馬なら当然、そこに合った競馬をしないといけないからね。地方競馬も、今は中央競馬に倣って変わってきたけど、昔は勝つためには厳しい競馬で当然だった。日本の競馬はだんだん変わってきてしまったと思う。寂しいよ」
「寂しいよ」という安藤勝己騎手の言葉に、全てが集約されていると私は思う。勝つための「厳しさ」が、いつのまにか「危険」にすり替えられ、安全安心に乗ることだけが求められる。勝ちに行けば危ないと罵られ、知らないところでありもしない誹謗中傷をされる。あれもダメ、これもダメでは、勝つためにジョッキーはどうすれば良いのか。ただ馬に掴まって回ってくるだけであれば、ジョッキーはただのギャンブルの駒に成り下がってしまう。郷に入っては郷に従え、中央では中央のルールがあるのだから仕方ないと言ってしまえばそれまでだが、それではあまりにも寂しすぎる。
安藤勝己騎手がダイワスカーレットで桜花賞を勝った時、直線でウオッカの顔を鞭で叩いたという風の噂が広まったことがあった。あまり大きな声では言えないが、ジョッキーは鞭をそのような目的で使うこともある。相手の顔を叩くという意味ではなく、抜かされまいとして鞭を振るって威嚇するのである。中には、進路が開いているように見せかけて、そこに入ってきた馬の顔面にわざと鞭を振り下ろすようなジョッキーもいるかもしれないが、そこまで行ってしまうと、勝つための「厳しさ」ではなく「粗暴」な行為である。安藤勝己騎手は断じてそのようなことはしない。
しかし、後ろから追い上げて来た馬を、コーナーリングを利用して外に張るぐらいのことは平気でやる。自分が乗っている馬が大柄な牡馬で、相手の馬が小柄な牝馬であれば、馬体をぶつけるように併せに行くこともある。直線を向いて、1頭分しかスペースがなく、そこを通らないと勝てないと判断した場合は、容赦なく馬を突っ込ませるだろう。危険を伴うのかもしれないが、勝つためには必要な厳しさである。ジョッキーは、生産牧場から育成場、厩舎へと渡ったバトンを最後に受け取るアンカーである。だからこそ、命がけで勝つことを求められる。人の命が掛かっているからという論理はジョッキーの世界には通用しない。
少し話が逸れたので元に戻すと、レースにおける安全さばかりを求めると、最終的には自分たちの首を絞めてしまうことにつながるのだ。特に問題になるのは、レースにおける各馬の走る間隔だろう。これはかなり前から言われ続けてきたことだが、競馬先進国とされる欧米などに比べ、日本の競馬ではレースで馬と馬との間にスペースを開けて走らせすぎる。コースロスに対する意識が低いことが最大の原因だが、その上、危険を伴うとなればわざわざ身を削ってまで間隔を詰める意味はない。そもそも、内の馬にピッタリと併走させるだけの馬を御す技術にも欠ける。そのような競馬を続けて来たジョッキーが、突然厳しいレースの中に放り込まれて勝てるはずがない。日本でトップクラスの実績と技術を持った武豊騎手でさえ、海外のビッグレースでは競馬をさせてもらえないのだ。
今だから言おう。メイショウサムソンで負けた昨年もそうだが、あのディープインパクトで臨んだ2006年の凱旋門賞こそ典型である。好スタートを切って、内から最高のポジションを取れたはずの武豊ディープインパクトは、馬群に閉じ込められるのを嫌い、レースの流れを遮り、馬のリズムを崩してまでも、外に馬を出した。普段から厳しいレースをしていなかった武豊騎手とディープインパクトが、安心安全を求めて、日本と同じような競馬をしようとしたのは必然と言えば必然である。ただ、それでは凱旋門賞は勝てない。決して武豊騎手やディープインパクトを責めているわけではない。日本の馬は強くなり、日本人ジョッキーも少しは上手くなったが、それもまだ幻想に過ぎないということだ。昨年のスミヨン騎手とザルカヴァの凱旋門賞を観ればそれが分かる。
もちろん明るい光もある。これまで述べてきたことと矛盾するようではあるが、安藤勝己騎手のように地方から這い上がってきたジョッキーや、ルメール騎手のような外国人ジョッキーに刺激を受けて、少しずつ日本の競馬も変わってきている。先輩騎手に遠慮することなく勝ちに行ける若手ジョッキーが少しずつ現れ、中堅、ベテランジョッキーも勝ちに行かなければ勝てないと自らを動かしつつある。日本のジョッキーたちの意識が少しずつ変わりつつあるのが私には見える。いつまでもポッと来日した外国人ジョッキーに簡単に勝たれてばかりではならないだろう。世界との間には、まだまだ大きな溝が存在する。それでも、少しずつでも、その溝を埋めて行こうではないか。

菊花賞2
有馬記念
阪神大賞典
天皇賞春1
天皇賞春2
宝塚記念1
宝塚記念2
宝塚記念3
凱旋門賞1
凱旋門賞2
ジャパンカップ
ファイナルフライト1
引退式
ハーツクライ
伝説のウオッカ
メイショウサムソン
スイープトウショウ引退記念
アドマイヤムーン
ダイワスカーレット桜花賞
ディープスカイ
ウオッカ安田記念
伝説の天皇賞秋
ダイワスカーレット有馬記念
Comments
同感です。昨年の凱旋門賞を見たあとに感じたことはタイトな競馬に馬とジョッキーが慣れてない、そして近いようでまだ遠いなというものでした。日本では雑草と言われたサムソンでさえ頭を上げてもがき苦しみ、武豊Jも平然と前をカットされて下げるしかなかった。あそこで強引にスペースを確保しにいかなくては欧米では勝てないと痛切に感じました。日本もこれから変わっていくといいですね。
Posted by: ステイビー | February 15, 2009 at 06:45 PM
>命がけで勝つことを求められる。人の命が掛かっているからという論理はジョッキーの世界には通用しない。
はたしてそうでしょうか?
ジョッキーという職業を選択する以上、何らかの事故で命を落とす、または身体に大きな障害を持つという可能(危険)性があることは本人も当然自覚していると思います。よってジョッキーの姿勢として、命がけというのは分からなくはありません。
ただし、だからといって相手に対して命にかかわるほど危険な行為を行って良いということにはなりません。
なぜなら、競馬は「スポーツ」だからです。
「スポーツ」と書きましたが、競馬ほど故意的なファールが受ける側にとって命の危険まで及んでしまうスポーツは無いと思います。それに、ゴール前の最後で、余力の全く無くなり苦しくなった大きな「生き物」を御せるかどうかの議論ももちろんあります。どこまでが故意的であるかの線引きもケースバイケース。非常に難しい問題です。
海外(仏国)のレースのケースと、日本の場合の審議のありかたについての違いについては、僕はインテンショナル(故意的)か否かという点が重要視されているものと思っています。故意的に馬を斜行させた(と思われる)ジョッキーにはペナルティーが科せられ、そうじゃなく馬を御することのできなかったジョッキーは淘汰されて、次の騎乗機会が無くなる…そういうものだと思っています。
また、審議の件数は数年前(数十年前)と比較して、増えているという印象もあります。これはパトロールフィルムの一般公開に併せて(どちらが先かは分かりませんが)のものだと。そのことによって常に監視されているジョッキーの意識が変ってきたということもあるかと思います。結果として大人しく騎乗するといった生ぬるい体質もあるかと。
それに対して勝つための厳しい姿勢が必要であると、治郎丸さんがこの対談で感じたことは、概ね理解しているつもりですし、たとえ反対の意見があってもそれは人それぞれの競馬観ですから、そのこと自体をとやかく言うつもりは全くありません。
ただ、人命は尊重しなければならないと、僕は思います。人の命がかかっているという論理は、ジョッキーであることの基本の理念だと思います。
貴殿の尊敬する野平師も「馬をまっすぐ走らせられない者は、ジョッキーとは言えない」と言っておられます。その考え方と今回のエントリーの内容は、相反するものなのではないでしょうか?ひとつのフレーズに過剰に反応しているだけかもしれませんが、その点がとても気になりましたので、コメントさせていただきました。
Posted by: Quina | February 15, 2009 at 11:48 PM
>人の命が掛かっているからという論理はジョッキーの世界には通用しない。
いくらなんでも、これは言い過ぎではないですか?
その論理が通じなくなった世界では、ジョッキーはそれこそギャンブルの駒に堕ちるだけでしょう。
Posted by: ENST | February 16, 2009 at 12:54 AM
ステイビーさん
はじめまして。
コメントありがとうございます。
競馬を横からではなく縦から見ると、その厳しさの違いが分かりますよね。
私自身、あそこまでごちゃついてしまうような競馬が好きかと言われれば答えに迷いますが、ジョッキーに技術が問われるのは確かでしょう。
おっしゃるように、今の中央競馬は海外や地方から多くのお手本となるジョッキーがやって来て乗っていますので、ぜひ良い方向へ変わっていくといいですね。
Posted by: 治郎丸敬之 | February 16, 2009 at 03:10 AM
Quinaさん
こんばんは。
コメントありがとうございます。
正直に言って、ご指摘の言葉については、私の書き損じかなと思いました。
命が掛かっているからという論理を用いてしまうと、ジョッキーという職業や競馬そのものの存在を揺るがしてしまうという意味を伝えたかっただけなのですが、大きな誤解を生んでしまいますよね。
決して命を尊重していないわけでもなく、人の命がかかっているということは、ジョッキーであることの基本の理念であることも確かです。
たくさんのジョッキーが命を落としたり、障害を負ってしまったりということがあることも知っているつもりです。
そういう相反する、アンビバレントな状況の中で、ジョッキーは日々戦わなければならないのですよね。
危険の少ない、安穏な場所に立っている私が、このような言葉を書いたのは軽率でした。
Posted by: 治郎丸敬之 | February 16, 2009 at 03:26 AM
ENSTさん
はじめまして。
コメントありがとうございます。
上のQuinaさんに対するコメントにも書かせていただいておりますが、正直、誤解を招く表現でした。
おっしゃる通り、もし命を尊重しなければ、ジョッキーはギャンブルの駒に成り下がってしまいますよね。
軽率な言葉遣いだったと反省しております。
Posted by: 治郎丸敬之 | February 16, 2009 at 03:31 AM
毎度です。
きさらぎ賞の四位騎手の騎乗。
ダンゴ状態なのに大外ぶん回して・・・・
クリーンな騎乗にこだわりすぎて、勝とうとしている
様に見えんわ。。。。
四位談「結果論だけど中途半端な乗り方になった」
(#゚Д゚)凸ゴルァ!!
おのれ~大外枠の時はいっつもその乗り方やんけ=!!
私の持論ですが、騎手は大金を手に出来ます。もちろん騎乗数が少ないとそうはいきませんが、年収で何千万という騎手も多いでしょう。
それだけ危険がつきまとうのは当然だと思いますから、「勝負」というのを見せて欲しいですね。
GⅠの時以外は生ぬるい所がアリアリの様に思える。。
Posted by: はやひで | February 16, 2009 at 08:33 AM
はやひでさん
こんばんは。
ジョッキーは危険と隣り合わせの職業ですからね。
それでも、地方のジョッキーなどは、毎日のように乗っても一般の会社員と同じくらいということもあるそうです。
そう考えると、中央競馬のジョッキーは恵まれていると思います。
昨今の非正規社員の問題ではありませんが、やはり生温い体質や既得権益の問題など、まだまだ課題は山積です。
いずれにせよ、ただ回ってきただけのような競馬はやはり納得がいかないですよね。
今回の四位騎手のように自らの反省を述べるのはまだましな気がします(といってもいつもそれでは買いたくなくなりますが笑)。
Posted by: 治郎丸敬之 | February 17, 2009 at 01:45 AM
今度是非、きさらぎ賞での藤田騎手が騎乗していた馬の進路妨害についての制裁等について題材にしてください。
藤田騎手談) もう一回同じ状態になっても同じ騎乗しかできない。
武豊談) むしろ藤田騎手のファインプレー
それでいて1日騎乗停止。
むしろ馬に制裁が必要な気がする。何か再審査とかあるんだろうか?
Posted by: はやひで | February 17, 2009 at 08:25 AM
はやひでさん
こんばんは。
私はその件を聞いて、まずはそのような馬を出走させた調教師に問題があるのではと思いました。
突発性であったことも考えられますが、しっかりと走らせるように調教師してからレースに出すべきではと。
藤田騎手の矛先はJRAに向かっているようですが、今回の件ということよりも、今までの鬱憤が爆発したのではないでしょうか。
Posted by: 治郎丸敬之 | February 18, 2009 at 01:26 AM