1998年の天皇賞秋をどこで観ていたのか、私は覚えていない。毎日王冠は府中で観たが、天皇賞秋は?と聞かれると迷ってしまう。競馬場だったような、ウインズだったような、また新宿アルタ前のオーロラヴィジョンだったような気もする。大きなレースや印象深いレースにおいては、ほとんどの場合、どこで誰とどんな馬券を買って観たか覚えているものだが、どれだけ記憶の糸を辿ってみても思い出せない。記憶にないのだ。
人は忘れなければ生きていけないというが、この天皇賞秋の場合、忘れたい記憶だから覚えていないということではない。記憶にないというよりも、記憶がないと言った方が良いのかもしれない。1998年天皇賞秋の記憶自体が、どこか彼方へとなくなってしまった感覚である。あの瞬間から後の記憶がないのだ。そう、サイレンススズカが走ることをやめた、あの瞬間から。
馬が消えた。そう感じたのは私だけではないだろう。「オーバーペースがマイペース」と言い切った武豊騎手とサイレンススズカは、まるで二人旅を楽しむかのように、スタートから軽快に飛ばし続けた。前半の1000mが57秒4。サイレンススズカにとってのマイペース。何の前ぶれもなかった。しかし、3コーナーすぎの大欅を通り過ぎたところで、突然、サイレンススズカの膝がガクッと落ちた。視界から、サイレンススズカが消えた。夢や希望やロマンを託し、ゲートが開いてからサイレンススズカだけを見つめていた私たちにとって、あの瞬間、馬が消えた。そこから先のことは覚えていない。
「今でも不意に思い出すことがあります。あんなことになってなかったらなぁって。天皇賞は間違いなく勝っていたんだろうなぁとか、そのあとのジャパンカップはとか、ブリーダーズカップも行っていただろうなぁとか、考えてしまいますね。サンデーサイレンス産駒の種牡馬がいま活躍しているじゃないですか。そういうのを見ると、余計に『いたらなぁ』と思います。『きっと、凄い子供が出てくるんだろうなぁ』って」
私も武豊騎手と全く同じことを、今でもふと思う。あのまま走り続けていたら、天皇賞秋はどれぐらいのタイムで勝っていただろうか。そのあとのジャパンカップでは、エルコンドルパサーと歴史に残る名勝負をしたのではないか。ブリーダーズカップで、サイレンススズカの大逃げを見たアメリカの競馬ファンはどう思っただろうか。アグネスタキオンやネオユニヴァースのように、G1レースで活躍するような産駒を出せただろうか。サイレンススズカが消えた日から10年以上が経った今でも、ふと考えてしまう。突然に消えた馬だからこそ、サイレンススズカは、私たちの記憶の中で、永遠に、走り続けるのかもしれない。
サイレンススズカ 天皇賞秋 ラジオ実況になります。ぜひ聴いてみてください。
伝説のレースとなった2008年天皇賞秋の壁紙無料プレゼント企画のアンケートにて、最も投票の多かった「伝説のレース」は、サイレンススズカの毎日王冠と天皇賞秋でした。皆さまからの想いをここに分かち合いたいと思います。
当時の新聞も未だに残してます 伝説というべきではないでしょうが、最も印象に残っているレースを素直に挙げます。サイレンススズカは弥生賞から追いかけていたのですが、外枠発走やダービーのかかりっぷりから、馬券ではずっと痛い目を見ていました。それが、武騎手を鞍上にしてからの見違えるような折り合いと美しい大逃げ。そして、もう勝って当然の認識で見ていた天皇賞の衝撃は忘れられません。当時の新聞も未だに残してますし。 KZさん
競走馬の一生を改めて考えさせられた 自分の能力を超えて前へ前へ行こうとする馬を見たのはサイレンスが初めてだったから。また華やかな勝利とは裏腹に競走馬の一生を改めて考えさせられた馬だから。 K.Kさん
強さがどれだけかは、わかると思います 9頭立てでしたが、サイレンススズカ・グラスワンダー・エルコンド ルパサーの3頭のGⅠ馬の対決にわいたレース。レースは1つ年上のサイレンススズカが後続に影をも踏ませぬ、まさしく横綱相撲のレースでした。負けた2頭のこの後の活躍を見ればこの強さがどれだけかは、わかると思います。 強かったですね・・・ H10・毎日王冠 サイレンススズカ対エルコンドルパサー、グラスワンダー、サイレンススズカを誰も捕らえることができなかったレースで一番だと思っています。トップハンデ、 57秒7のハイペース 強かったですね・・・ 完璧な馬 この後の秋の天皇賞で無類の強さを見せられずに翔ていってしまいました。非常に残念です。私は、こんな馬を初めて見ました、逃げて強し。どの馬よりも先にいて、それでいて最後も脚が使えまさに完璧な馬でした。もうこんな馬はなかなか出でこないだろうと思ってました。が、うれしいことにダイワスカーレットが天皇賞で見せたパフォーマンスはまさにそれ。スカーレットの今後の活躍期待しています。 Y.Kさん
毎年秋天になると思い出します 伝説のレースとは、少し意味合いが違うかもしれませんが、僕にとっては、サイレンススズカの秋天ですね。どこまでも走り抜けそうな爽快感。一転競争中止。たられば、は無いのですが、あのレースの結果はどうなったんだろう?毎年秋天になると思い出します。今年は、上村騎手のGI初制覇って事もあり、いつも以上に思い出しました。
競馬は競走馬あってのもの まだ競馬始めたばかりで、たくさんのレース見ているわけではありませんが、いくつか印象に残ったレースあります。リアルタイムで見たものではやはり今回の天皇賞が一番です。園田のJBCクラシックも興奮しましたが…。過去のレースでも動画サイトなどで少しずつ見ていますが…サイレンススズカの天皇賞は衝撃でした。競馬って怖い。そう思えるレースです。同時に、やはり競馬は競走馬あってのもの。馬のことを第一に考えなければいけない、と思わせてくれました。スズカの故障は特に原因があったわけではないですが、過酷ローテなど聞くと心配になります。最近ではサンアディユのゲートの問題が胸が痛みました。あれが原因とは言い切れないですが。。
忘れてはいけない もっと過去の名馬たちのエピソード読んでも、テンポイント、ハマノパレードなどなど心が傷みます。そんな悲しいエピソードもたくさんありますが、それ以上に感動と興奮を与えてくれるのが競馬だと思います。その一方で悲しいニュースもある。まだ競馬ファン歴の浅い僕に、それを忘れてはいけないと考えるさせるきっかけを与えてくれたレース。98年天皇賞秋です。 Y.Kさん
あの強さと速さは エルコンドルパサーとグラスワンダーを相手にしなかったあの強さと速さは忘れられません。そして、ビワハイジが勝った京都牝馬特別です。デビューしたときから大好きでチューリップ賞でエアグルーヴに負けて以降、ダービーに出走したりして勝てなかったけれども、最後にペリエが乗って逃げ切ったこのレースは勝った瞬間涙が溢れ出ました。確かファイトガリバーも出走してたと思います。2頭ともこのレースで引退だったかな。 Y.Kさん
史上最強なのかな やっぱり1998年の毎日王冠ですかね、エルコンドルパサーとグラスワンダーに全く影を踏ませること無く、サイレンススズカがらくらくと逃げ切ってしまったレースですかね??その後のエルコンの凱旋門やグラスの成績を考えると、このサイレンススズカこそが史上最強なのかなと思ってしまいます、子供達の活躍がみたかったですね。それとディープインパクトの春の天皇賞、残り1000メートルの超ロングスパートでレコードタイムは、常識ハズレの”京都の坂”の使い方でした、それとトップガンの春の天皇賞も印象に残っています。ローレルとマーベラスの叩き合いの外を、見た事の無い足で駆け抜けて行く姿は衝撃的でした、トウショウボーイとテンポイントのマッチレースとなった1977年の有馬記念も見応えありましたね。 和人さん
「どこまでいっても逃げてやる」 伝説のレースは数知れずありますが、98年毎日王冠。グランプリホースのサイレンススズカ、後の凱旋門賞2着馬エルコンドルパサー、後のグランプリ三連覇グラスワンダー。G2にもかかわらず、G1なみの観客の多さ。フジテレビの実況も言葉にならないのではなく、言葉のいらないくらいのレース。「どこまでいっても逃げてやる」という言葉が、サイレンススズカの次走を期待させました。しかし、次走、彼は、天馬になってしまいました・・・ K.Kさん
けやきの向こうで衝撃が レース自身が伝説であり自分自身の強烈な思い出のレースはサイレンススズカの秋天ですね。その時期入院しており高熱にうなされながらベットでテレビ観戦。けやきの向こうで衝撃が走りました。僕もこのまま・・・ なんて(笑)。さらにさらにオフサイドトラップの馬券持ってたんですが、相手がいな くてこれまた強烈! Sさん
このタイミングでしか出会うことのなかった奇跡 私にとっての伝説のレースは'98毎日王冠です。後に有馬記念を連覇するグラスワンダー。JCを勝ち海外でも結果を出したエルコンドルパサー。そして天皇賞で散ったサイレンススズカ。数ある3強対決の中でもこのタイミングでしか出会うことのなかった奇跡だと思います。 K.Kさん
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