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海外のステップレースを使う意義(続き)

海外のステップレースを使う最大の意義は、馬が変化することである。もう少し正確に述べると、海外のステップレースを使うために、現地に長期滞在し、調教を施し、レースに出走することによって、馬が向こうの馬場を走るのに相応しい走り方をするようになる。それによって、馬の肉体そのものが、その土地の競馬に適するように生まれ変わってゆくのである。仕上げやすいレース間隔や現地のレースに慣れておくこと以上に、馬が生まれ変わってゆくことの意義は大きい。

海外遠征の先がけとなったスピードシンボリという馬がいる。天皇賞春、宝塚記念、有馬記念を制した後、野平祐二騎手を背にして、当時としては極めて珍しく、アメリカ、イギリス、フランスへの遠征を敢行した。凱旋門賞に挑戦するにあたって欧州に約3ヶ月滞在し、キングジョージ6世&クイーンエリザベスステークスとドーヴィル大賞典を使ったのだが、その間におけるスピードシンボリの変化について、野平祐二氏はこう語った。

向こうの馬場を見ると、草が深い上に地盤も硬くて重い。そんな馬場を、日本のように大きく飛ぶ走りをすると、キック力が大きくかかるので、遠くへ飛べば飛ぶほど足に負担がかかることになる。スーちゃんも最初は、日本的な走り方をしたために、早く疲れてしまった。

(中略)

しかし、向こうで走っているうちに、スーちゃんの走り方も変わっていった。小刻みに走るようになった。小刻みに走りながら、いかに長く耐えて走るかが決め手になるのだ。そのためには、馬にそういう走り方に慣れさせて、疲れがたまらないようにし、そして最後の直線に入ったところで、なおかつ爆発力が発揮できるように、調教していくことだ。そのへんの肉体的条件を整えると同時に、精神力の強さも要求される。
(「馬の背で口笛吹いて」より)

日本の軽い馬場を速く走るには、大きく飛ぶ走りが相応しい。だからこそ、日本のトップホースには手先が軽く、ストライドが大きい馬が多い。逆説的ではあるが、日本で強く速いということは、欧州の馬場に対する適性がないということを暗に意味してもいる。どれだけ強く速い馬でも、野平祐二氏の言う「日本的な走り方」をすると、欧州では勝負どころでバテてしまうことになる。伸び伸びと走るのではなく、小刻みに走りながら、我慢に我慢を重ねてスタミナを溜め、最後の直線で爆発させるのである。ヨーロッパの大レースを勝つために必要とされる資質を、野平祐二氏はスピードシンボリと共に、身をもって経験した。

それから30年の時を経て、スピードシンボリと野平祐二氏の苦い経験を生かしたのが、あのエルコンドルパサーである。エルコンドルパサーについて語られる時、あまり言及されないことだが、エルコンドルパサーほど向こうに行って変わった馬はいない。およそ1年間にわたる滞在の過程において、エルコンドルパサーの肉体や走法は見事にヨーロッパ仕様に造り変えられた。3歳にしてジャパンカップを制した頃のエルコンドルパサーと、凱旋門賞に臨んだ頃の彼を比べると、とても同じ馬とは思えない体つきに成長し、走り方も小刻みになりグッと力強さが増した。作家の浅田次郎氏が「スピードシンボリ号がいたからこそ、エルコンドルパサーもあるのだという歴史を知って欲しい」と書いたのはそういうことである。

現地に長期滞在し、調教を施し、レースに出走することによって馬が生まれ変わらなければ、海外の大レースを勝つことは難しい。あのハーツクライが後ろから差された、キングジョージ6世&クイーンエリザベスステークスを覚えているだろうか。大きく綺麗なフットワークで、手応え十分に先頭に立ったハーツクライには、実は見た目ほどの余力は残されていなかった。「欧州的な走り方」をして爆発力を溜めていた、ハリケーンランやエレクトロキューショニストに差し返されてしまったのは、当然といえば当然の結果である。ハーツクライの敗因は、ルメール騎手の早仕掛けや4ヶ月ぶりの実戦だったこと以上に、「日本的な走り方」にあったのではないか。ディープインパクトしかりである。海外のステップレースを使うことの意義を、私たちはいつの間に取り違えてしまったのだろうか。書けば書くほど、ブエナビスタの脚を引っ張っているような気がするので、今回はこのあたりで筆を置きたい。


2頭の強烈な差し返しに唖然とした日本の競馬ファンは多かったはず。

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Comments

ご無沙汰しておりました。

馬の変化については、確か調教の連載時にも
仰っていた記憶があります。
ミホノブルボンが菊花賞を勝ったのは、
紛れもなく調教成果によるものと。

同様に海外のステップレースを使うこと、
それに伴う長期滞在は同様の効果を秘めているのですね。

未だに現地ではディープインパクトより、
エルコンドルパサーの方が評価が高いと聞きます。
あのモンジュー相手に粘った脚力は、
確かにハーツクライと比較すると一目瞭然になりますね。

非常に参考になりました。が、
それでもブエナビスタには一抹の期待を
10月4日まで持っていられればと願っています。

Posted by: childsview | August 23, 2009 at 02:43 AM

たしかに下の芝状態(馬場状態)によって
適した走り方は違ってくるはず。
馬も生き物ですから自ら学習して
芝に合った走り方をしてくるようになるというのは
盲点でした。
百聞は一見にしかず、馬の場合は
「日本での百走は欧州の一走にしかず」
でしょうか(^^;

雪国に育った人は同じ靴を履いていても
雪を知らない人のように雪が積もったときに
スッテンコロリと転ばないのと同じ理屈ですよね。

適性と適性を活かす走法、どちらもを兼ね備えてこそ
欧州での好走があるのだろうと思うと・・・
ブエナビスタにも向こうで前哨戦を
使ってもらいたくなります。
まぁ今回はそう言っても仕方ないので
どんな走りが出来るのか、能力に期待したいと思います。

※今年はライバルとなる欧州勢が強いんですよね。
 ハイレベルの攻防が期待出来そうなので本当に楽しみです(^^)g

Posted by: けん♂ | August 23, 2009 at 03:44 AM

確かにそうなんですよね。
ディープインパクトは強いんです。身体能力がずば抜けてる。でも、走法が全くあわないんですよね。
もし、3ヶ月ほどの長期滞在で走り方をピッチ走法気味にできていれば、差されたこともなかったと思います。
変わりにジャパンカップや有馬記念に出走できなかったかもしれませんが。

ブエナビスタは切れる。切れすぎるほどに切れます。
でも、こういう馬は欧州には向かないと思います。
ただ、今回の札幌記念と凱旋門賞は斤量の恩恵がどれほどのものかを知るためにもよい挑戦だと思います。
(そんな私は札幌記念ではミヤビランベリを軸にするという思い切った馬券戦術。)

何で、みんな凱旋門賞なんだろう?BCターフではやっぱり格が落ちるんでしょうか。
アメリカの芝の方が日本に近いと思うのですが。

Posted by: D&D | August 23, 2009 at 10:29 AM

こんにちは。

藤澤和調教師か森秀行調教師かの本にも同様なことが書かれていたように思います。

浅田次郎氏の本は「サイマー」でしょうか。もう一度読み返してみましょう。

Posted by: さるたひこ | August 23, 2009 at 12:10 PM

確かに欧州スタミナタイプと日本のステイヤーでは
“馬体のシルエット&走法”がまるっきり違います

スペシャルウィーク、ライスシャワー、ナリタトップロードといった生粋の日本型ステイヤーは
“細身でストライド走法”

とイングランディーレやホットシークレット、今週の札幌記念出走のミヤビランべリなどの欧州型ステイヤーは
“重厚でピッチ走法”

現地の環境で馬体が“パワーアップ”というより“順応してくる”ということでしょうか

それに現時点で、欧州で実績を残した日本馬が、クラシックディスタンスより短距離馬であることも
この記事を裏付けている気がします

しかし今回ブエナビスタは凱旋門賞を断念するらしいですが、それについて当の調教師さんのコメントをいくつか読みましたが
その記事が本当なら……一競馬ファンとしてわたくし武虎はこの上なく納得がいきません

関係者には、是非この記事読んでもらいたいものです

Posted by: 武虎 | August 24, 2009 at 12:19 AM

childsviewさん

こちらこそご無沙汰しております。

お元気に競馬を楽しんでいらっしゃるようで何よりです。

おっしゃる通り、調教で馬を造ることも可能ですが、
かなりの技術が要求されると思います。

それよりも、現地の馬場で調教したり、レースに出走することによる馬の変化の方が大きいです。

私もchildsviewさんと同じく、10月4日に人並みならぬ期待を寄せていた一人ですので、今回の結果は残念でした。

ウオッカとの対決を夢見ましょう。

Posted by: 治郎丸敬之 | August 24, 2009 at 12:40 AM

けん♂さん

こんばんは。

「日本での百走は欧州の一走にしかず」という表現、
とても良いですね(分かりやすい!)。

忘れた頃に使わせてもらいます(笑)

正直、ぶっつけに近い形で臨むならば、
ディープインパクトのような無敵に近い馬を持ってゆくしかないでしょう。

そうは言っても、そんな馬そう簡単に出るわけでもないので、
凱旋門賞を本気で狙うならば、適性のある馬を現地に長期滞在させるしかないのではないでしょうか。

とかなんとか言っているうちに、
ブエナビスタが凱旋門賞を回避してしまったようです…

残念ですが、秋はウオッカとの対決を楽しみにしましょう。

Posted by: 治郎丸敬之 | August 24, 2009 at 12:45 AM

D&Dさん

こんばんは。

あのディープインパクトでさえ、あのレースですから、
ぶっつけに近い形で出走するのは無理があると思います。

とはいえ、エルコンドルパサーのような形を取れる馬もおそらく出ないのではないでしょうか。

なにせ金銭面を度外視しての挑戦でしたからね。

それにしても、ブエナビスタの回避は残念でした。

おっしゃるように、どれだけ斤量の恩恵があるか測る意図もあるレースでしたから。

私もBCターフで良いと思います。

アメリカは意外と着地検疫が厳しかったりするようですが、
凱旋門賞には幻想を抱きすぎている気もしますね。

これでもかというぐらい弾き返されてきた歴史が、
ホースマンたちを駆り立てるのでしょうけど。

それにしても、ブエナビスタの回避は残念でした。

まあ秋はウオッカとの対決が観られるということで、良しとしましょう。

Posted by: 治郎丸敬之 | August 24, 2009 at 12:57 AM

さるたひこさん

こんばんは。

私はこの考え方を故野平祐二氏から学びましたが、
その下で学んだ藤沢和雄調教師であれば、同じことをおっしゃっていてもおかしくありませんね。

ここで私が書いたことはあくまで理想論です。

長期滞在させることの大切さは、どの関係者もご存知なのかもしれませんが、お金の問題がまず先にくるのでしょう。

でもそれを超えて本気で勝ちにいかなければ勝てないのが凱旋門賞なのではないでしょうか。

Posted by: 治郎丸敬之 | August 24, 2009 at 01:01 AM

武虎さん

こんばんは。

コメントありがとうございます。

おっしゃる通り、現地の馬場で走り続けることによって、
少しずつ馬体が順応してくるということですね。

日本馬が凱旋門賞を勝てるチャンスが少しでもあるとすれば、ディープインパクトのような怪物が再び現れることを待つことか、欧州の馬場に適性のありそうな馬を現地に連れて行き長期滞在させて造り変えることのどちらかでしょう。

もし後者を選ぶとすれば、
今それが出来るのは、ごく限られたわずかな人だけでしょう。

クラブ法人の馬では難しいと思います。

ただそこまでして勝ちに行かなければならないレースなのかどうかは分かりませんが。

馬体のシルエットの関係で、欧州で実績を出した種牡馬の産駒が、日本では短距離馬という発想は非常に面白いですね。

あの馬もこの馬もと浮かんできました。

Posted by: 治郎丸敬之 | August 24, 2009 at 01:08 AM

こんにちは。
いつも楽しみに拝見させていただいております。

今回のエントリーでエルコンドルの海外滞在での
走法の変化について言及したことには痺れました。

表現が難しいのですが、確かにエルコンは海外だと
なんというか日本と違うピッチで走っていますよね。
ぬめるという表現が一番ぴったりくるのかと思います。

今まで長期滞在で現地に慣れなければならない
主張する人が多いのですが、具体的にどのように
慣れないといけないのか?と違いを言う人が
いなかったのでやっぱりこのサイトは凄いと
思いました。

余談ですが、血統学のお勧めの本を読まして
頂きました。アメリカの雑草血統から化け物が
でるとしたら日本も近年の海外(アメリカ系)の
速い血統だけじゃなく、血のプールを作る意味でも
日本の独自の血統とそれを保持する中小牧場、
公営競馬をJRAは支えてなければ(ひいては
それが自分たちの為にもなる)と思いました。

Posted by: さくら | August 26, 2009 at 02:57 AM

さくらさん

こんばんは。
丁寧なコメントありがとうございます。

私の中で最も競馬漬けになっていた時代と、エルコンドルパサー世代が同じですので、あの馬の海外遠征については、まるで生で立ち会ったかと思えるぐらい真剣に向き合っていました。

だからこそ、エルコンドルパサーが向こうで様々な経験をしつつ、少しずつ変わってゆく様とどうしても比較してしまうのですよね。

私財をなげうってエルコンドルパサーに賭けた渡邊オーナーほどの胆力を持つ人物が出てこない限り、エルコンドルほどの成功を収める馬も出てこないのではないかとも思います。

それを承知でこのエントリーを書いたつもりですが、それでもブエナビスタが挑戦する以上は応援したい気持ちもありました。

今回は残念な結果に終わってしまいましたが、
これから先、どれだけ本気で凱旋門賞を獲りにいく人間がカギになるのではないかと改めて思いました。

「競馬の血統学」を読んでいただいたのですね。

>日本の独自の血統とそれを保持する中小牧場、
>公営競馬をJRAは支えてなければ(ひいては
>それが自分たちの為にもなる)と思いました。

おしゃる通りだと思います。

その辺りを大切にしながら大成功を収めたのが現在の社台ではあるのですが、これから先のことを考えると、今埋もれている血の中にこそ宝があるということですよね。

地方競馬場をなくしてはならないというのも、競馬は実は全体としてつながっているということだと思います。

いよいよ夏競馬も終わりが近づいてきましたね。

また秋のG1シリーズも楽しみです。

Posted by: 治郎丸敬之 | August 27, 2009 at 12:21 AM

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