集中連載:「パドックの見方を極める」第1回
■パドックは宝の山
「ここで馬が走るんだ?競馬場って思ったよりも小さいんだね。」
初めて競馬場に連れて来られたと思わしき女の子が無邪気に聞くと、「アハハ、そんなわけないじゃん。ここはパドックと言って、馬の下見をするところ。実際のレースは向こうでやるんだ」と男は笑いながら本馬場の方を指差す。「へぇー、そうなんだ。知らなかった~。どおりで小さいと思った」と女の子は顔を朱に染める。どこの競馬場のパドックでも見られる微笑ましい光景である。
男の言うとおり、パドックとはこれからレースに出走しようとする馬の下見所である。日常生活で馬に触れる機会の少ない私たちにとって、実物のサラブレッドを初めて目にしたのが競馬場のパドックだった、なんて人も結構多いのではないだろうか。
何を隠そう、私もその一人である。東京競馬場のパドックで、生まれて初めて見たサラブレッドの大きさに、驚きを隠すことができなかった。極限にまで鍛え上げられたサラブレッドの美しさや、勝負服を身にまとったジョッキーたちの神々しさに、私はしばし言葉を失った。あれから20年の時を経た今でも、競馬場に行ってパドックに立つと、あの時と変わらず胸が躍る。
そんな私だが、パドック党かどうかと問われると否である。パドックは競馬予想をする上でのひとつのファクターになりうるが、決定的なものではない。パドックだけを見ても勝ち馬を当てることは難しい。競馬はもっと複雑な要素が幾重にも絡み合って結果が出るため、馬の体調が良くて、走る気になっているだけでは、レースでは勝てないからだ。
だからこそ、日々馬と関わっているプロフェショナルでさえ、「パドックを見ても分からない」と明言するのだろう。リーディングトレーナーの藤沢和雄調教師は、「馬体は見ません。鞍を付けてゼッケンを置いてしまうと私の目には分かりづらいから」と言い、伊藤雄二元調教師は、「これだけ長いこと競馬に携わっている私でも、分かりませんと答えるしかありません」と難しさを語る。また、武豊TVに出演した松永幹夫調教師は、地方競馬のパドックで人気馬の歩様がおかしいことを発見し、絶対に来ないとほくそ笑んで切ったところ、その馬がブッチ切って勝ってしまったという笑い話をしていた。このような話は数え切れないほどある。
だからと言って、私はパドックを見ることそのものを否定したりはしない。どちらかというとその逆で、馬を見る確かな眼さえあれば、勝ち馬を当てることは難しくとも、パドックで走る馬と走らない馬を見極めることはできると思っている。ただし、それにはひとつだけ条件があって、正しい見方をするということだ。私の知る限り、パドックで正しい見方をしている人は意外に少ない。誰も馬を観ていないと言っても過言ではない。
それには理由があって、日本の情報化された競馬では、パドックに立って馬を見ている時点で、どの馬がどれぐらい強いのか(または人気しているのか)等をあらかじめ知っているからである。これらの情報があることで、人気している馬は良く見え、人気のない馬は弱く見えてしまう。調子が良いと言われている馬は良く、調子の良くないと言われている馬は悪く見えてしまうのである。本人が意識的であれ無意識であれ、情報によるバイアスは私たちの目を曇らせるのだ。
元崖っぷちジョッキーこと谷中公一元騎手は、著書「ファンが知るべき競馬の仕組み」の中で、パドック解説者についてこう語る。
「意地の悪い仮定をしてみよう。一切のデータを渡さず、オッズも見せず、パドック解説者に馬の良し悪しを語ってもらったとする。結果はまず間違いなく、メチャクチャになると思う。少なくとも僕は、血統や実績を知らないまま、勝ち馬を見抜くことはできない。明らかにダメな馬は分かる。しかし、どの馬が勝つか、ということまではわからない」
私も谷中氏に同感である。テレビやラジオでパドックの解説をしている方でも、パドックで馬そのものを見ただけでは、なかなか良し悪しは分からないということである。そして、パドック解説者も決して人気馬を挙げているつもりはなく、良く見える馬を挙げているに違いない(人気だから良く見えるのである)。レースが終わってから「あの馬は良く見えた」と言う人も同じで、勝ったという情報があるから良く見えたように思えるのである。つまり、私たちはパドックで歩いている馬を見ているようでいて、実は馬の情報を追っているにすぎない。
こうした状況の中で、私たちのパドックで馬を見る眼が育たないのは当然であろう。馬を本当に見たことがないのだから、馬を見たこともできないし、正しい見方も分からない。あたかも分かっているふうを装ってみても、実は分かっていないのだ。また一方で、超自己流であったりする。自分では見えているつもりでも、それは錯覚もしくは妄想に近い。正直、もったいないと思う。生身のサラブレッドを目の前で見ることは、競馬の原点でもある。私がこれからお伝えしていくパドックの見方を極めて、本来の馬を見るを取り戻してほしい。
そして、競馬場もしくは自宅のテレビで、再びサラブレッドが歩く姿を見てみてほしい。
そうすると、パドックが宝の山に見えるはずである。
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Comments
治郎丸さん、お久しぶりです♪
楽しみなG1シーズンの足音が、近づいて来ましたね。
そして、これまた楽しみな集中連載ですね!
テレビのパドック解説は・・・
まさしくここで書かれている「人気馬は、良く見える」状態に近いですよね。
自分は、ミュートにしてTV見ますけど(爆)
(勿論、TV的には過激過ぎる穴馬はNGなのかも?ですが。)
また、「明らかにダメな馬は分かる。しかし、どの馬が勝つか、ということまではわからない」
これは、馬券を買う上では深く肝に銘じるべき言葉ですね!
単勝馬券は、冷静な状態把握のもうひとつ上に・・・
私達には、あの馬に勝ってほしい「何か」が必要なのかもしれません。
さて・・・私は昔、競馬新聞の印欄を黒く塗りつぶしたいタイプでした。
なので、以前の平場レースは、まず馬柱も見ずにパドックで取捨していましたが・・・
あの頃は、本当にパドックが宝の山に見えました。
今は、そのオツリでパドックを見ているようなものですので、
この連載と共に再確認させて頂きますね♪
Posted by: enokeiz | September 24, 2009 at 12:15 PM
治郎丸さん、こんばんは。
自分はパドックでの馬の出来具合が馬券の買い方とか予想の最終結論に影響することは重賞の場合になってくるとほぼありませんね。(平場や特別戦は別ですが)
これは予想修正や再度馬券検討する時間的猶予が無いせいなのですけど・・。(G1の場合などはパドックでの状態も含め、全て上手くいっていると仮定して予想を組み立ててます)
今回のエントリーを読んで思い出すのが皐月賞のロジユニヴァースですね。あの時は確か木曜の調教後の馬体重から3日間で18キロ?も激ヤセしてたのに当日のTV中継のパドック解説者は何処の局でも「馬体は悪くない」とか「むしろこれくらい絞れてたほうがいい」とか言ってましたよね。
自分は皐月賞で3強全頭が凡走すると思ってたので、TV見ながら「嘘だろーーーー!!」と思わず口にしてました。
Posted by: アジアの壁 | September 24, 2009 at 10:10 PM
enokeizさん
遅ればせながらですが、
娘さんのご誕生おめでとうございます。
私の息子はもうすぐ3歳馬です。
さてパドックですが、
勝つ馬までを見分けるのは相当難しいですね。
というか競馬はそんな簡単なものではないですよね。
あの藤沢調教師や伊藤調教師でも分からないと言っているものを、誰が分かると言えるのでしょう。
>単勝馬券は、冷静な状態把握のもうひとつ上に・・・
>私達には、あの馬に勝ってほしい「何か」が必要なのかもしれません。
この気持ち、よく分かるなあ。
おそらくその「何か」を見極めるのがパドックの極意なのかもしれませんね。
それでは、来週から始まるG1シリーズを一緒に楽しみましょう!
Posted by: 治郎丸敬之 | September 26, 2009 at 12:18 PM
アジアの壁さん
私も重賞に関してはあらかじめ結論が出ていることが多いので、パドックを見ることは敢えて避けてきました。
自分が良いと考えていた馬が、パドックを見て良く見えないというケースが多々あったからです。
迷い始めるには、パドックでは遅すぎますよね(笑)
それにしても、ロジユニヴァースの皐月賞でのパドックは見極めが難しかったと思います。
結論から言うと、精神的にピークを超えてしまっていた状態でしたが、あの状態で究極の仕上がりにある馬もいます。
私は次はない究極の仕上がりかと見ていました。
その辺りは紙一重ですからね。
それにしても、皐月賞で3頭が凡走するという仮定は凄すぎる!
Posted by: 治郎丸敬之 | September 26, 2009 at 12:23 PM
治郎丸さんこんにちわ、競馬予想パドックルームの武虎です
“馬体診断予想”を肝としている私としては興味深いトピです
>パドックは競馬予想をする上でのひとつのファクターになりうるが、決定的なものではない。
その意見には大賛成です!
また私自身“馬体の名称”や“一般に言われている馬体の見方”だけでなく、サラブレッドの肉体構造を生物力学の観点からその骨格や筋肉のしくみの基礎を、ド素人なりに学んだことで、メディアや雑誌のパドック解説に明らかに疑問を抱くこともあります
確かに治郎丸さんが表現されるような『錯覚もしくは妄想に近い』パドックや馬体の見方をされる方は多いかもしれません。がしかしこの“馬体・パドックの見方”とは長年競馬の歴史で賛否両論あるように、正論など存在しないのではないでしょうか?
この記事で引用されている“パドックで馬を見ることに懐疑的な”プロといわれる関係者がいると一方で、それと同じくらい“パドックで馬を見ることに確信をもつ”プロといわれる関係者もいるわけです
その点の考慮が一切ない記事では、人気など情報のバイアスがどうであれ、どうしても『まずはパドックでは多くの人が見れていない!』といった結論ありきでスタートしている片側の論理”に聞こえてしまいます
「物事の見方は片側から見てしまうのに、馬体の見方は錯覚と妄想を省いた中立な見方ができるのでしょうか???」
これは私自身のこれまでの自戒の念でもあります。“自分なりに馬体を見れる”ようになったことで、“自分が馬体を見れていないと思う人々”に傲慢になった部分でもあり、かつそうした考え方こそが、人気などといった情報よりも“馬体を見る”においても、目を曇らせる最大の原因となりえるのではないでしょうか?
何はともあれ“馬体”を真剣に見ている者として、“競馬コラム”として素晴らしい実績の治郎丸さんがどれほどのお手並みか、じっくり期待したいと思います
Posted by: 武虎 | September 27, 2009 at 10:36 AM
武虎さん
こんばんは。
お返事が遅れてしまったことを深くお詫びも申し上げます。
過去の記事に埋もれてしまっていて、先ほど、サイドバーのコメントから気づきました。
さて、コメントを拝見させていただくだけで、武虎さんはおそらく全てを見切っていらっしゃるということが分かりました。
もちろん片側の論理だけなんてありえませんが、私は敢えて片側に立って書かせていただくつもりです。
なので敢えて強い表現になってしまっている部分はお許しください。
おそらく今の馬体を見るという観点(予想法)からは、かけ離れているのではないかと思うのですが。
おそらく最後には、お互いにパドックの見方について四苦八苦した者同士でしか分かりえない共通了解に達することが出来るのではないかと思っています。
ぜひ楽しみにしていてください。
Posted by: 治郎丸敬之 | October 01, 2009 at 02:35 AM