良い逃げ切り、悪い逃げ切り

阪神ジュべナイルFには、良い逃げ切りと悪い逃げ切りがあります。あっ、もちろん、私にとってですが。良い逃げ切りは、ブエナビスタの母であるビワハイジが勝ってくれた時のそれ。自分と同じ誕生日というだけの理由で買った線の細い牝馬が、あの女傑エアグルーヴに先着した唯一のレースでした。「ハイジ、ハイジ!」と少女のように叫びました(笑)。悪い逃げ切りは、M・キネーン騎手を背にしたヤマカツスズランが逃げ切ってしまった時のそれ。決してM・キネーン騎手やヤマカツスズランが悪いわけではありません。が、どうしてもこの馬だけには逃げ切って欲しくなかったのです。
かつて1レースに10万円を賭けていた年があった、と以前に書いたことがあります。当時、手取りの給料が14万円だった私にとって、1レース10万円という金額はまさに大金でした。考えられないほどの大金を賭けることによって、自分はどう変化するのか。今となって思えば、私という人間の限界を知りたいという実験だったのかもしれません。若気の至りと言ってしまえばそれまでですが、その頃の私は誰がどう見ても殺気立っていたと思います。
阪神ジュべナイルFが行われる頃には、私は相当に追い詰められていました。年頭から始めた1レース10万円ルールは既に破綻していて、恥ずかしい話なのですが、もう自分の持ち金だけでは賭けることが出来なくなり、当時付き合っていた彼女にお金を借りていました(今はそんなことはしません!)。当てなければならないというプレッシャーに、毎週末、私は押し潰されそうでした。そのような状況で迎えた1999年の阪神ジュべナイルF(当時阪神3歳牝馬S)当日、なんと運の悪いことに、仕事が入ってしまったのでした。
PATなど普及していない時代でしたので、土曜日に馬券を買っておくか、日曜日に馬券を買いに行ってもらうしか方法はありませんでした。10万円の馬券を前売りで買う度胸がなかった私は、後者を選び、彼女に馬券を買いに行ってもらうことにしました。当然のことながら、その日は仕事が全く手につきません。頭の中は競馬の予想で一杯です。ギリギリの時間まで悩みに悩んだ末、彼女の家に電話をかけて、エンゼルカロという馬の単勝を買ってもらうよう頼みました。4番人気の7.2倍。これが当たれば借金のほとんどは返せるという打算もあったかと思います。
電話を掛け終えてから、ひと息ついたその瞬間、「1番枠に入った逃げ馬にキネーンが乗ったら普通逃げ切るんじゃない?」という声が頭の中でしました。我に返った私が慌てて電話を掛けなおすと、彼女はもう馬券を買いに出かけてしまったようで、電話に出ません。当時、彼女は携帯を持っていませんでした。鳥肌が立ち、背筋がゾクッとしました。やってしまった…。どれほど今すぐ職場を抜け出して、エンゼルカロの馬券を買いに行く彼女を捕まえに行きたかったことでしょう。もちろん、新人の私にはそんなこと叶うわけもありませんでした。
仕事が終わった帰り道、私は怖くてレースの結果を見られませんでした。キオスクの売店を見ないようにして(速報が出ていることがあるので)、コソコソと家に帰り、テレビをつけ、意を決して録画していたビデオを観ました。そこには、私が頭の中で描いていたのと全く同じレース映像が流れました。好スタートからポンとハナを奪ったヤマカツスズランは、キネーン騎手に導かれて、そのままゴールまで逃げ切ってしまったのでした。最後の望みを託し、私は彼女の家に電話を掛けました。「馬券買った?」と聞きくと、「買ったよ」と即答でした。私は「ありがとう」とだけ言うと、静かに受話器を置きました。ヤマカツスズランの単勝は4.2倍。もしあの電話がつながっていれば、42万円になっていたはずでした。
私はこの1年で、金銭的にも精神的にも大きなダメージを受け、たくさんの人々に迷惑を掛けもしました。それでも、この1年があったからこそ、(大袈裟に言うと)今の私があるとも思っています。馬券のスキルだけではなく、競馬というゲームの本質を学びました。自分の未熟さや弱さといった限界を知っただけではなく、競馬の限界を知ったのでした。寺山修司はこう言いました。「馬券を買っているんじゃない。自分を買っているんだ」と。大きなお金を賭けることは決してお勧めしませんが、勝つにしても負けるにしても、傷つかない程度ではなく、自分が何かを失ってしまうほどに大きく勝負してみないと、見えないものがあるのもまた事実でしょう。

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伝説の天皇賞秋
ダイワスカーレット有馬記念
Comments
治郎丸さんが治郎丸さんであるように治郎丸さんらしい生き方が凄くいいですね(^_^)
〝負けて初めて己を知る〟
悔しい思いや苦しい思いをして初めて悔しさや苦しい思いの向こう側が見えてきますからね。
けれどこうゆう経験はあとから自分が生きていく上でどれだけ使っても減ることのない自分だけの財産になることも事実ですよね。
長い間、生きているといろんなことがありますよね。
どんな生き方をしても後悔は自分の影と同じで人に煩悩があるかぎり一生ついてまわるけどその中でもどれだけ自分が自分らしく生きていけるかによって後悔は少なくなると思いますね。
自分も人にはゆえないこともいろいろしてきて親やたくさんの周りの人に迷惑をいっぱいかけて来ましたね(^_^;)
人生の勝負も最期ってみるまでわからないしそれがたとえ悪い結果になろうとも自分の人生を自分に素直に自分らしく生きてゆければそれで良いと自分は思いますね。
これだけのことを経験して来て事実と現実の裏付けがある治郎丸さんだからこそこんな素晴らしいブログがかけるんだと思います。
これからも今以上に応援してるので頑張ってくださいね(^^ゞ
Posted by: ユビキタス | December 13, 2009 at 09:23 PM
治郎丸さん、こんばんは。
ヤマカツスズランの時にギャンブルとしての競馬の限界に挑戦して
いたとは、興味深いお話ですね。
私はゲーム(ギャンブル)としての競馬を追究しようとは思っていないので、
治郎丸さんのような経験はしたことがないのですが、お話を伺っていると
「自分を買う」という点では、好きな馬を無条件に応援しているときの気持ちと
似ているのかも…と感じました。
ちなみに99年の一年間を大勝負で通したということなら、とても気になるのが
99年最後の大一番、伝説の有馬記念の結末です。
よかったらいつかそのお話も伺えたら嬉しいです!
Posted by: onion | December 14, 2009 at 12:08 AM
ユビキタスさん
こんばんは。
私は競馬が好きになったばかりに、たくさんの人に迷惑をかけ、時には自分自身が傷ついたりしましたが、それでも競馬のある人生で良かったと思っています。
競馬のない人生なんて考えられませんからね(笑)
競馬のバカヤロー!ありがとうです。
ユビキタスさんもこうした場でこうした形で書けるということは、もう自分らしく生きていらっしゃるのではないかと想像します。
こちらこそ、これからもどうぞよろしくお願いいたします。
Posted by: 治郎丸敬之 | December 14, 2009 at 02:22 AM
onionさん
こんばんは。
そうですね、実はその前の年からかなり大金を賭け続けていたのですが、1999年の秋は最悪でしたね(笑)
あの伝説の有馬記念は、忘れもしない、私にとっても伝説のレースですね。
今まで語ったことはありませんが、いつか語る日が来るのかもしれませんね。
onionさんは自分を買っているのだと思います。
その予想やお言葉を拝見するだけで、いつも競馬を心から楽しんでおられることがよーく分かりますから。
コメントありがとうございます。
Posted by: 治郎丸敬之 | December 14, 2009 at 02:26 AM
私も当てなければならないプレッシャーを背負っていたクチなので、非常に興味深く読ませていただきました。
ふと頭の中で聞こえる「ささやき」。これをモノに出来ればいいのですが、現実には締め切り後に浮かんだりとか、なかなか難しい物です。散々痛い思いをしてきましたが、私は未だ懲りずに挑戦し続けている毎日です。
またこのような体験記を期待しております。
Posted by: Mahmoud | December 14, 2009 at 02:28 AM
一度きりの人生、自分の好きなように生きたいですよね。
俺も、死ぬ前に人生賭けた大勝負しようかなぁ(笑)
私は、治郎丸さんに競馬を教えてもらったのは後悔してませんよ。
ダビスタに費やした時間はちょっと悔やまれますが(笑)
有馬記念こそはここに書き込んで当てたいと思います!
いや、書き込まないほうがいいかなぁ(笑)
Posted by: 冷や飯 | December 14, 2009 at 02:33 AM
競馬はまだ勉強中で大きなバクチをした経験は
ありませんが、他の種目?で自分の後頭部が
見えるような経験をしたことがあります(笑)
いやー魂なのかエクトプラズムなのか
わかりませんけど、自分の中から何かが
抜け出して茫然としている私を頭上から眺めている・・・
そんな感じでした(^^;
改装以降の阪神JFでは逃げ切りは相当難しそうですね。
もしも今後そんな馬が出て来たら大注目したいと思っています。
今年の上位馬はこれからどういう風に
成長していってくれるのでしょうか。
ウオッカやトールポピーなどと違って
アパパネは距離が伸びた方が良い、とまでは
言えない感じなのがクラシックを考える上で
悩ましいところかと・・・。
Posted by: けん♂ | December 14, 2009 at 05:12 AM
僕もそのレースではエンゼルカロから買って撃沈していました(苦笑)
今の治郎丸さんの勝ちポジ理論からすれば、ヤマカツスズランの勝つ可能性をもっと考慮できたでしょう。
今の自分の購入金額の限界はいくらだろうと想像すると怖くなります。
今期は年に1回くらい行ってきた単勝10万円勝負どころか、5万円以上の勝負レースもできず、どんどん保守化してきています。
競馬は負けて知ることの多さを教えてくれるとともに、自分の精神の深い部分に入っていけるようなところが魅力ですね。
共感できるお話、ありがとうございました。
Posted by: スカイポット | December 15, 2009 at 12:21 AM
いよいよ今週は、朝日杯FSですね
ローズキングダムが、堂々たる主役になるかと思われますが、
意外な穴馬がいることを忘れてはいけません。
その理由とは、このサイトを見れば、一発で納得できます
↓↓↓
http://tens0.net?bQLlQatb
Posted by: オーシャン | December 15, 2009 at 05:40 PM