「血と知と地」

この本を読んだ頃のことを、今でもまざまざと思い出すことができる。社会に出たばかりの私は、自宅からずいぶん遠い職場に通うことになり、文句ひとつ言えずにいた。渋谷から地下鉄に乗り、1時間近くウトウトと眠り、さらにバスに乗って職場に赴くという、往復4時間の通勤であった。行きも帰りも、バスの座席に腰を下ろすや、「血と知と地」を鞄から取り出し、しばし読み耽った。平凡で退屈な毎日の中で、この束の間だけは、競馬に対する情熱を感じられる幸せな時間であった。
あれから11年振りにこの本を読み返してみて、吉田善哉氏の競馬に対する情熱を改めて思い知らされた。最後の1ページをめくり終わると、社台ファームの繁栄がここにあり、彼の存在なくして今の日本の競馬は語れないことが分かる。本人の言葉を通して見事に物語られているため、偉大なホースマンではあるが、それ以上に人間臭い、吉田善哉がまるで隣にいるように感じられてしまう。彼の競馬に対する情熱や仕事熱心さ、欲、ハッタリ、そして駄ジャレが、いつの間にか私を取り囲んでしまうのだ。
吉田善哉と著者の吉川良のこんなやりとりがある。
「人は夢という言葉を使うのが好きだがね、夢という言葉ぐらい、いいかげんな言葉はないね」
「どうしてです?」
「わたしは夢を持たないね。夢というと、たいていは、いい夢と考えるがね、実際は悪くころがって身動きがとれなくなるものだ」
「夢がダメとなると、何を持ったらいいんでしょうかね」
「欲だよ」
「欲だって悪くころがる」
「夢と欲じゃ大違いだ。わたしははっきり区別しているね。この2つをごちゃごちゃにしちゃダメだ」
「ぼくには夢もないし、欲もない。そういう人間はどうしたらいいですかね」
「酒を飲むしかないだろう」
「人間は夢を持たなくてはダメだよ」などという言い回しを吉田善哉は嫌った。「私を吉田ゼニヤと揶揄するやつがいるが、吉田ヨクヤと呼んで欲しい」と冗談も言った。夢という理想ではなく、欲という現実的な野心を持ちがなら、何ごとも自分でやっていく人だったという。日本在来のビューチフルドリーマー、アストニシメント、フローリスカップなど出来上がった立派な血を使うこともなく、テスコボーイやネヴァービートという流行に乗ることもなかった。
ただひたすら血統の勉強をしながら、世界のあちこちを歩いた。農地解放から土地を守り、土地を買い集め、耕した。とにかく強い馬を出すことに心血を注いだのだ。もちろん、全てが順風満帆だったわけではない。キーランドのセリにて60万ドルで競り落としたワジマが走らなければアウトだった、と次男の勝己は言う。しかし、ワジマは走ったし、ノーザンテーストはリーディングサイヤーとなり、サンデーサイレンスも手に入れた。
単行本で485ページというこの本の厚さは、吉田善哉の競馬に対する情熱の熱さだと私は思う。読みやすい量にまとめようと思えば出来たはず。それでも、敢えてそうしなかったのは、馬、社台、吉田善哉、そして競馬が、そうやすやすと理解されるわけにはいかないという著者・吉川良の良心が働いたからではないだろうか。薄っぺらい馬券本ばかりを読んでいる私たちに、この本は競馬に対する情熱を問うているのである。暑い夏に負けないよう、あなたの競馬に対する熱さをぶつけながら、ぜひ読んでみて欲しい。

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