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友よ

Uguric by ede

あなたと会ったのは今からちょうど20年前まえ。
怪物と呼ばれていたあなたをひと目見ようと、
わたしは初めて競馬場に足を運びました。
立錐の余地もないほど
たくさんのファンが詰めかけていました。

あなたが府中の魔物に捕らえられてもがいていたとき、
わたしは人々の背中と頭の間から
必死であなたの姿を探していました。
「ヤエノムテキだ!」、「4-4か!」という叫び声から、
まさかの敗北を知ったのでした。
最強の馬がこうも簡単に負けてしまう
競馬の残酷さを私は知りました。

あなたは次のジャパンカップでも走りませんでした。
いや、走れなかったのですよね。
限界を超えて走ってきたことによる疲労が、
あなたを蝕んでいたのでした。
でも、その当時、競馬についてなにも知らなかったわたしは、
こんなものかと高を括っていたことを正直に告白しておきましょう。

あなたはもう終わったという内容の記事を、
アルバイトの休憩中にスポーツ新聞で読みました。
誰もが新しいヒーローの誕生を予感していたのでしょうか。
引退レースという響きも、あなたの生命力の枯渇を示しているようでした。
新しいジョッキーを背に迎えたとしても、
それはあくまでも花を添える役割としか思えませんでした。

あなたの最後のレースを私は後楽園のウインズ観ました。
道中、燃え尽きたはずのあなたの手応えがずっと良かったことは覚えています。
3コーナーを回るあたりから、皆もそれに気付き始めて、
4コーナー手前で、誰かが我慢できずにポロっと「オグリだ…」と言いました。
そうしたら、堰(せき)を切ったように、「オグリだ…、オグリだ…」って、
まるで山びこのように後楽園ウインズに連鎖していきました。

あなたが直線で先頭に立ったときは、誰もが「オグリー!オグリー!」
勝ったときには、「オグリが来た!オグリが来た!」
皆、大興奮状態で、中には放心状態の人もいました。
私も、今までに味わったことのない、体が震えるようなドキドキを味わったんです。
もちろん、あなたの馬券は買っていませんでしたよ。
それでも、競馬ってスゴイ…、ってその時のインパクトは強かったです。

あなたの引退レースの熱狂を語る面白いエピソードがあります。
有馬記念とかオグリキャップとか競馬とかを全く知らない外国の人が、
たまたまタクシーの中でこの実況を聞いて、
涙を流して感動したという逸話があるのです。
競馬とかオグリキャップとか、実況で何を言ってるかすら全く知らない外国人がですよ。
それぐらい、何か人の気持ちとか色々なものが、
全て凝縮されて爆発したレースだったんですよね。

あなたが踏ん張った最後の直線の途中で、
解説者の大川慶次郎さんが「ライアン、ライアン!」と、
自分の買っていたメジロライアンという馬を応援していた声が入っていて、
こんなオグリが復活した素晴らしいレースで、
お前は自分の買った馬のことしか考えていないのか、
とひんしゅくを買ったのも有名な話ですね。

あなたは最後まで私たちのために走りました。
自分のためではなく、周りにいる人々のために。
その走りを観て、感動して、わたしは一生の競馬ファンになりました。
あのレースの血の滾る(たぎる)感覚を味わっていなければ、
ここまで競馬を続けてこられたか分かりません。
あなたには今でも感謝しています。

あなたが府中競馬場に来てくれた一昨年のこと。
どうしても外せない仕事が入ってしまい、私はあなたに会いにいけませんでした。
最後のチャンスになると知っていたなら、万難を排して駆けつけたはずです。
今となってはそれだけを悔やんでいます。
私の人生を変えてくれたあなたにひと言、ありがとうと言いたかった。
その代わりに、リチャード・ルーリィの「天国のどこか」という詩を贈ります。

天国のどこかにある、その競馬場はいつもいいコンディション
花の香りが漂い、内馬場の池はまるで鏡のよう
太陽は光り輝き、優しい風が吹く
ごらん、あのエメラルドの海は枯れることのない深い芝だ

ほら、パドックに馬たちがやって来る
あの芦毛はネイティブダンサー
あの黒い馬はダークスター
あのちっちゃいのはノーザンダンサー
いつも堂々としているスウェイル

この競馬場では
誰も苦しまない
誰も傷つくことはない
馬たちはただ全力で走るだけだ
ここでは誰もラシックスなんか使わない
鞭打たれることもなければ
注射を打たれることもない
病気も骨折も苦痛も死も
もう馬たちには追いつけない
さあ走っておいで
友よ
きみが地上で走るのを止めたところから

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Comments

久しぶりのコメ させて頂きます。

7月4日、実は午前中にオグリに会いに行きました。
いつ行っても‘見学中止’で会えずにいたので、解禁を聞いて「やっと会える」とわくわくしながら行きました。
それがお別れの日となってしまうとは・・・。

元気そうにまったりと草を食んでいたのに・・しばらく立ち直れませんでした。

でも今は‘野武士’と称された彼らしく潔い幕引きだったような気がします。

そして最後の日に会えた偶然に感謝しています。

その時撮った彼の写真は一生の宝物になりました。

Posted by: ネイチャミツコ | July 06, 2010 at 07:38 AM

涙が止まらなくなったので、感情だけでコメントさせてください。

私は、大好きだったライスシャワーの最期を競馬場で観ました。サイレンススズカの最期をテレビで観ました。オグリキャップの最期をニュースで知りました。

競走馬として生まれたからには、これは宿命なのでしょうけど、それでもやっぱり悲しいです。

でも、今回ご紹介いただいた「天国のどこか」と「私の心の中」で彼らは永遠に生き続けます。

感動をありがとう。安らかにお眠りください。

Posted by: Road To Glory | July 06, 2010 at 08:11 AM

オグリキャップ…この名を聴いて知らない者はいないですよね。


今の競馬界が存続しているのもオグリキャップの恩恵あってのもの、ゆうならば競馬界の救世主だと思っています。

形あるものすべていつかは変わりゆくでもその儚さが1度きりの生を際立たせる。

確かにいなくなっただけで自分はあの怪物だとゆわれたオグリキャップが潰えたなんて今でも思っていません。

だって今でもこれからもみんなの心の中にずっとオグリキャップは生きてますからね。

Posted by: ユビキタス | July 06, 2010 at 08:56 AM

こんばんは。

オグリキャップの死、残念ですね
レースでの熱狂ぶりにオンタイムで触れたのは引退レースの有馬記念だけですが、
当時の狂乱した競馬ブームは今でも覚えています

オンタイムと言っても実際に見たのは録画してあったビデオの映像で
バイト仲間とクリスマス会と称した飲み会をやった友人宅で
繰り返しレースを見てはあーだこーだと語り合っていました
引退レースでしたから、ホントに一晩中オグリ一色の話題でした

それにしても当時の競馬ブームはすごかったですね
当時ボクが馬券を買っていた銀座ウインズは
GⅠレースのある日なんか、松屋のあたりまで伸びる長蛇の列
実際に馬券を手にするまで1時間越えは当たり前で
まるでディズニーランドのアトラクション待ち状態でした

街中のゲーセンでは、当時出たてのUFOキャッチャーに
オグリキャップ、タマモクロス、イナリワンといったぬいぐるみがあふれかえってて
競馬を日常に感じることができるようになったハシリとも言える時代でしたよね
馬券師のオジサンたちは渋い顔してましたけど
若い世代はお構いなしのミーハーぶりでしたよね

もう、これほどのスターホースは現れないかもしれませんね
25歳といえば長生きなのか、短命だったのか微妙なところですけど
潔いと言えば潔い
あっけないと言えばあっけない彼の死に、心から冥福を祈りたいと思います
後継者が誕生しなかったのが悔やまれますけどね

ダラダラと書いちゃいましたけど、今日、治郎丸さんのエントリーを読んで
競馬を始めたばかりの当時を懐かしく思い出すことができました
そしてあの頃の新鮮な感覚も。。。
どうもありがとうございました

Posted by: りゅう | July 06, 2010 at 11:08 PM

オグリキャップ・・本当に記憶に残る名馬でした。
ダービーに出走していたらどうだったかとか
色々考えてみたりします。

Posted by: | July 07, 2010 at 01:49 AM

治郎丸さん こんばんは。

突然の悲しい知らせに 言葉にならない喪失感で
胸の中が涙で一杯になってしまった 一姫三太郎です。

一昨年秋の 最初で最後の対面の ほんの僅かな時間が
心の中の宝物になってしまいました。
あの時の 穏やかで優しい瞳が忘れられません。

オグリキャップは 私にとって
競馬人生の入り口にいた馬ではありませんし、
 人生を変えてくれた馬 でもありません。

けれど 何ていうか…
逢いたくてもすぐには逢えない
遠い故郷にいる親のような
生きていてくれるだけで 心の支えになる
そんな存在でした。

シンザンの長寿記録を抜いてしまうくらい 長生きして欲しかったけど 今は お疲れさまでした と 心から冥福を祈るだけです。

彼の偉大な足跡は 時代 世代が変わっても
競馬に携わっている人達すべてが 語り継いでいくことでしょう。
そして わずかでも残された 彼の血が いつかどこかで必ず覚醒することを 願わずにはいられません。 

Posted by: 一姫三太郎 | July 07, 2010 at 02:14 AM

ネイチャミツコさん

お久し振りです。

7月4日にオグリに会いに行かれたのですね!

それは偶然というか、何というか。

彼の死を知った時のネイチャミツコのさんのお気持ちは察しがたいですね。

>‘野武士’と称された彼らしく潔い幕引きだったような気がします。

私もそう思います。

最後の写真大切にしてくださいね。

Posted by: 治郎丸敬之 | July 08, 2010 at 01:08 AM

Road To Gloryさん

こんばんは。

感謝の言葉しか見当たりませんよね。

Road To Gloryさんにとっても、私にとっても、日本の競馬にとっても、とても大きな存在でした。

武豊騎手も言っているように、
オグリキャップのことを語りついでいくことが私たちの役目だと思っています。

Posted by: 治郎丸敬之 | July 08, 2010 at 01:10 AM

ユビキタスさん

私も同感です。

オグリキャップはもう私にとっては、友としか呼べない存在です。

形こそなくなれ、オグリキャップは永遠に私たちの心で生き続けるのだと思います。

私も歳を取って、人や動物は他の人や動物の記憶の中でも生き続けることの意味がようやく分かりました。

Posted by: 治郎丸敬之 | July 08, 2010 at 01:13 AM

りゅうさん

こんばんは。

お互いに競馬を始めた頃にオグリキャップに出会ったのですから、それは本当に幸せでしたね。

あのレースを同世代で味わえたことは、何ものにも代え難い、貴重な体験だったと思います。

あのレースを知らなければ、もしかすると競馬を続けていられなかったかもしれない、と心から思いますから。

それにしても、あの時代は異常な熱気でした。

あれが当たり前と思っていた期間が長かったのですが、今思うと、あの時代の熱狂は普通ではなかった。

もう味わえたくても味わえない、
青春時代の甘酸っぱさと同じ感覚ですね。

Posted by: 治郎丸敬之 | July 08, 2010 at 01:17 AM

Tさん

こんばんは。

オグリキャップは人々の記憶に残る名馬でしたね。

あれだけ人のために走った馬は珍しいと思います。

もしダービーを走っていたら、また別の筋書きのドラマが待っていたのでしょうね。

私はダービーに出られなかったストーリーの方が好みですが(笑)

Posted by: 治郎丸敬之 | July 08, 2010 at 01:20 AM

一姫三太郎さん

こんばんは。

そうでした、一昨年に一姫三太郎さんはオグリに会いに行かれたのでしたよね。

あれが最後になると分かっていたなら、と今でも後悔してしまいます。

私たちには過去も未来もなく、実は今という時間しかないのかもしれませんね。

オグリキャップはいつでもどこかにいて、競馬が大変なときに助けに出てきてくれるような存在でしたので、喪失感は大きいです。

それでも、またどこかでその血が覚醒して私たちの前に現れてくること祈りましょう。

Posted by: 治郎丸敬之 | July 08, 2010 at 01:24 AM

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