怪物であれ
by Ichiro Usuda
カネヒキリが「砂のディープインパクト」と呼ばれていたのが、ずいぶん前のことのように思える。毛色こそ違え、あのディープインパクトと同世代であり、かつ同一馬主のため勝負服が同じ、そして、ダートで無類の強さを誇ったことから付けられたニックネームである。あれから6年の歳月が流れ、英雄ディープインパクトは引退し、新しいヒロインが次々と現れては去っていった。その間、カネヒキリは幾度の病や怪我、そして手術を乗り越えて、今でもターフで戦い続けている。今やカネヒキリを「砂のディープインパクト」と形容する者は誰一人としていない。
衝撃的なデビューを飾ったディープインパクトに比べ、カネヒキリは実に平凡に、競走馬としてのキャリアに幕を開けた。芝コースを走った新馬戦が4着、続く芝の未勝利戦でも11着と惨敗。馬主や調教師は頭を抱えたに違いない。とにかくまずひとつ勝たなければ、その先はない。競走馬としてのキャリアを失ってしまうことは、サラブレッドにとって死を意味する。どうやって1勝させるか。陣営による試行錯誤と妥協の末、戦いの場は芝からダートに移された。
カネヒキリは、ダート初戦でいきなり7馬身差の圧勝を飾った。ダート馬としての資質に満ち溢れていたのである。血統的には母父のデピュティミニスターが色濃く出たのだろう。その後、ジャパンダートダービーで初G1レースを勝ったのを皮切りに、3歳にしてJCダートを制し、翌年のフェブラリーSを圧勝すると、世界最高峰のドバイワールドカップにも挑戦し、4着と健闘した。華々しいキャリアと栗毛の明るい馬体に、多くの競馬ファンが魅了された。
実を言うと、カネヒキリは強さを感じさせない馬であった。武豊騎手は常々、カネヒキリについて、「力でねじ伏せるような強さは感じない。強いって感じさせるところが全然ない」と語っていた。この言葉を聞いた時、不思議だなと私は思った。500kgを超える雄大な馬格を誇り、歴戦のダート馬たちを相手に一歩も引かないカネヒキリに、力でねじ伏せるような強さが全くないとは。乗った人間にしか分からない何かがあるのだろうか。皮肉なことに、この謎が解けたのは、カネヒキリが窮地に追い詰められてからのことであった。
ドバイからの帰国緒戦の帝王賞で2着した後、カネヒキリはサラブレッドにとっては不治の病である屈腱炎を患ってしまった。これまでの道程から見ても、普通の馬ならば引退のケースである。が、哀しいかな、最強のダート馬にとっても、種牡馬への道は開けなかった。そうである以上、カネヒキリにとって残された道はただひとつ。病を背負って走り続けること。当時としては珍しい、臀部の脂肪細胞にある幹細胞を右前脚の腱に移植する手術が施された。カネヒキリは走り続けることでしか、生きることが出来なかったのだ。いや、あの時から、カネヒキリにとって、走ることが、生きる、ということになった。
プロレスラーの小橋健太は、ガンを患って右の腎臓を失ったという。腎臓がひとつしかない小橋にとって、プロレスの全てが悪い。筋肉を鍛え上げると体に老廃物がたまり、腎臓の負担は大きい。それでも、回復のことばかり考えて10年生きるより、1年しか生きられなくてもいい、と迷いなくリングに復帰した。全力で生きる1年を積み重ねていけば、10年、20年と悔いのない人生が続いていく可能性もあるじゃないかと。主治医は「プロレスをするために手術をしたのではない。生きるためにしたのです」と言ったが、試合後には「あなたには、リングに上がることが、生きる、ということなんですね」と分かってもらえたという。
「プロレスラーは怪物であれ」とは、小橋健太の師匠であるジャイアント馬場の言葉である。その意味が、最大のライバルである病と闘うようになった今、身に染みて分かるようになったという。小橋健太にとってもカネヒキリにとっても、生きることが目的なのではなく、闘うことが生きるということなのだ。彼らの身体のコンディションは、かつての全盛期のそれにはない。思うように身体が動かないこともあるだろう。それでも、彼らが全盛期の強さを保ち続けているのは、精神的な強さを失っていないばかりか、前にもまして強い気持ちを抱くようになったからである。屈腱炎だけではなく、骨折さえも克服してしまったカネヒキリが私たちに見せてくれているのは、レースではなく、生き方なのである。だからこそ、私はカネヒキリのことを未来に語り継ぎたいと思う。明日の夜、門別の砂の上で、怪物はどのような生き様を見せてくれるのだろうか。

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Comments
小橋健太選手は全日本時代から応援してますが
本物のプロで人間的にも尊敬できる人です。
Posted by: 小倉の馬券師T | August 12, 2010 at 05:36 PM
小倉の馬券師Tさん
こんばんは。
小橋健太選手は素敵ですよね。
ああゆう男になりたいなと常々思っています。
これからも無事に活躍してくれることを願います。
Posted by: 治郎丸敬之 | August 13, 2010 at 09:01 PM