キープザストレート

武豊騎手がターフに帰ってきた。これまでも何度か戦線を離脱したことはあったが、驚異の回復を見せて瞬く間に復帰していただけに、今回の127日ぶりというブランクからは事の重大さが分かる。もちろんそれだけ重度のケガであったこと、さらには武豊騎手ももう41歳と、アスリートとしては晩年にさしかかっているということ。あの武豊騎手でさえ、肉体的には衰えを隠せないということではないだろうか。アイドルジョッキーとして取り上げられていた頃から、武豊騎手を見てきている競馬ファンの胸には、複雑な想いが去来したに違いない。
昨年は遂に、大井競馬からやってきた内田博幸騎手に力でねじ伏せられる形で、16年間にわたって守り続けてきた最多勝騎手の座を奪われてしまったという伏線もある。JRA賞の授賞式で内田博幸騎手に語った、「来年はもっとレベルの高い争いをしよう」という言葉さえ、空々しく聞こえたのは私だけではないだろう。地方競馬や外国から来たジョッキーたちに中央競馬の門戸が開放された時、武豊時代は終わりを告げ、群雄割拠の時代が始まったのだ。2005年に挙げた212勝をピークにして、武豊騎手の勝利数は昨年の140勝まで右肩下がりに減っている。
実戦的なことを言うと、地方競馬や外国から来たジョッキーたちだけではなく、若手ジョッキーまでにも有利なポジションを奪われてしまうレースが目立つようになった。かつての武豊騎手は、抜群のスタートセンスで楽々と好位を確保してレースを進め、また届きそうもない位置から全馬を差し切ってしまうこともあった。それが今となっては、道中のポジションを悪くした挙句、外々を回して、最後は届かずというレースがあまりにも多い。馬券を買っていなくても、目を覆いたくなってしまうような競馬も少なからずあった。なぜもっと積極的に内を狙わないのか、技術的に難しいのか、いや武豊騎手にとってはそんなことはない、と私は自問自答を繰り返した。
その答えは、“キープザストレート”という言葉にあった。競馬の世界では、真っ直ぐに馬を走らせることが最も大切とされている。それが競馬の安全であり、公正であり、そして美しさにつながってゆく。競馬法規の中に、「前の馬のお尻から後の馬のハナ先まで2馬身以上なかったら、前の馬はみだりに進路を変えてはいけない」という文章がある。馬を御して真っ直ぐに走らせることは意外に難しく、若手ジョッキーがフラフラと走ってベテランジョッキーに怒鳴られることなど、日常茶飯事の風景である。ジョッキーには、“キープザストレート”、馬を真っ直ぐ走らせることが求められるのである。
武豊騎手は“キープザストレート”を貫くジョッキーである。勝つために走りたいポジションがあるとしても、そのために前後構わず進路を急激に変更したり、斜行したりしない。たとえ勝利から遠ざかろうとも、まず馬を真っ直ぐに走らせる原則を優先するのである。そうすることが、長い目で見ると、日本の競馬にとって良いことだと知っているからなのだろう。目先の1勝よりも、日本の競馬の安全、公正、そして美しさのために。日本の競馬の発展に誰よりも貢献してきた騎手だからこその美学があるのだ。
武豊騎手が日本一のジョッキーであることを私は疑わない。だからこそ、彼には長く太く、いつまでも活躍してもらいたい。そのために、ひとつだけ提案できることがある。ぜひもう一度、世界を目指して欲しい。ヴィクトワールピサに乗って凱旋門賞に挑戦するということではなく、海外の競馬場に行って、1人のジョッキーとして戦って欲しいのだ。あの岡部幸雄元騎手はずっとそうしていた。アイルランドの田舎の田舎の、これが競馬場か?という場所へもスッと行って、乗って、勝っていた。だからこそ、50歳を超えても第一戦級の現役ジョッキーでいられたのである。そう、武豊騎手にも、もう一度、真っ直ぐに前を向いて、真っ直ぐに上を目指して欲しいのだ。
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Posted by: payday loans | August 29, 2010 at 08:48 AM