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真の競馬人とは

いまの調教師にとって必要なのは、JRAの管理を甘んじて受け入れているだけでいいのか、という気構えである。

勝つためには、高額の良血馬を預かることも必要だが、そうした馬たちをJRAから貸し付けられた馬房に入れ、数多く出走させるために管理馬の入退厩を繰り返して、競馬に出走させるだけが調教師の仕事であっていいのだろうか。

小さな牧場から生まれた、地味な種牡馬の産駒を、自分の足と目で探し出し、G1馬に作り上げることに、調教師としての生きがいや醍醐味を感じてほしい。

サンデーサイレンスのような人気種牡馬を否定するつもりはないが、サンデーサイレンスの仔であっても、「実はこうだったんだよ」というエピソードを披露できるような、手作りの馬なのだと堂々と言えるような馬に育ててほしいのだ。

こうした意識の強い人たちに、これからどんどん出てきてほしい、と願わずにはいられない。競馬をマネーゲームだと思っている人たちに、自分はホースマンだと簡単に言ってほしくない。

日本の伝統を担い、なおかつ日本の競馬をよくしていこう、という気概を強く持った人こそ、競馬人と呼ぶにふさわしいと私は思っている。そうした競馬人がたくさん集まって、これからの日本の競馬はどうあるべきかを考え、将来の展望が開けるような会があったらいいな、と夢想してしまう。

そうした会に集うのは、調教師だけでなくてもいい。生産者も、馬主も、騎手も、厩務員も、マスコミや文化人も、ファンだっていい。

競馬を愛し、どうすれば日本の競馬がよくなるのかを、真剣に考えている人なら、だれでもいいのである。そういう人を競馬人と呼ぶのである。

そうした会がすぐにできるとは思っていない。これはもちろん夢想である。しかし、私のことを言わせてもらえば、自宅を訪れた新聞記者や、作家の人たちを、私はだれひとりとして拒否せずに受け入れ、競馬の話をして、彼らに競馬を愛してもらえるように頑張ってきた。

作家の人たちが、競馬とは縁のない雑誌などで、競馬の話題を書いてくれるようになったときは、本当にうれしかった。

いま、競馬人としての誇りを、みんなで話し合えるような会を作っていけたら、こんな素晴らしいことはない。
(「口笛吹きながら」)

Nohirayuuji


佑ちゃん先生は大切なことしか言わなかったが、大切なことは何度でも言った。競馬は文化であり、スポーツである。単なるギャンブルではない。ギャンブルだけでは競馬は滅びてしまう。競馬をマネーゲームにしてはならない。祐ちゃん先生はそう語り続けた。ギャンブル一辺倒からの脱却の実現のために、またマネーゲームに陥りがちな日本の競馬に警鐘を鳴らすために、人生の大半を捧げてきた祐ちゃん先生にとって、果たして真の競馬人とはどういう人を指すのだろうか。

その答えがここにある。日本の伝統を担い、なおかつ日本の競馬をよくしていこう、という気概を強く持った人こそ、競馬人と呼ぶにふさわしいと。どんな形でも、誰であってもよい。馬券だって、必勝法だって、サンデーサイレンスへの傾倒だって、どれもが日本の競馬の文化であり伝統である限り、否定することは全くないし、それらがなければ日本の競馬がここまで発展することなく、滅びてしまっていたかもしれない。むしろ肯定すべきなのである。

たとえば、サンデーサイレンスが日本馬を国際レベルに押し上げ、外国産馬の流入を防いだことは事実である。サンデーサイレンスの革命的な血がなければ、私たちは海外への挑戦から目を逸らし、もっと閉鎖的な競馬を粛々と営んでいた可能性だってある。そうこうしているうちに、内国産馬は強い外国産馬に駆逐され、現在の香港のように、自国でサラブレッドを生産することすらなくなっていたかもしれない。

一方で、サンデーサイレンスは持てる者と持たざる者との間に大きな溝を生み出した。G1レースの顔ぶれを見れば分かるように、今の日本の競馬で夢を見ることができるのは、ごく一握りの人たちだけなのである。あまりにもハンデ差が大きい市場において、競争原理を求めることは難しい。サンデーサイレンス亡き今でも、その後継種牡馬たちやサンデーを母父に持つ馬たちが大手を振って活躍する状況は変わらない。

つまりはバランスの問題なのである。どちらかに傾きすぎると、競馬が本来持っている美しい形が壊れてしまう。ともすると、私たちは分かりやすいマネーゲームやギャンブルに加担してしまう傾向がある。だからこそ、数字や記号だけに目を奪われていないか常に意識しておくべきだし、誰かが声を上げて、マネーゲームやギャンブルではない方向に揺り戻しをかけるべきなのだ。祐ちゃん先生が「競馬は文化でありスポーツである」と語り続けたのは、流されやすい人間の性質をよく知っていたからであろう。

それは真の競馬人に対する激励でもあった。祐ちゃん先生は、中山競馬場近くの自宅にあらゆる人々を招きいれ、多くの競馬人を輩出し、競馬人の輪を大きく広げた。祐ちゃん先生の日本の競馬に対する功績は果てしなく大きい。現に私も祐ちゃん先生に育てられたひとりである。私の競馬観のほとんどの部分は野平祐二によって形づくられた。調教師や生産者、馬主、騎手、厩務員、マスコミ、文化人、そして競馬ファン。競馬を愛し、どうすれば日本の競馬がよくなるのかを、真剣に考えている人たちが集い、祐ちゃん先生に教えてもらった競馬人としての誇りを、みんなで語り合えるような場があればと心から思う。そんな場を私も夢想している。


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Comments

私の場合は「馬券」から競馬に触れたので…
このブログを読み始めるまでは「競馬を愛する」という観点で全く考えたこと無かったですね(汗)
「ギャンブルの一つ」として、割り切って競馬を捉えるのみでした(;´∀`)

このブログを読み始めた事
HPとブログを通して色々な方と交流していった事

それらによって、競馬の楽しみ方を初めて教わり、体感し始めた今日この頃です
「競馬を愛する」というのが、今年の目標にしました♪

これからも良い記事を楽しみにしています( ´∀`)bグッ!

Posted by: キノ@馬券好き | January 13, 2011 08:56 PM

キノ@馬券好きさん

こんにちは。

日本の競馬では誰もが馬券を通して競馬に入りますが、いつの間にか、馬券を通さずしても競馬が楽しめるようになります。

自分と競馬をつないでいた馬券の存在が次第に薄くなっていくというか。

たとえ独房の中に入れられても、頭の中で競馬を楽しむことができるようになれば真の競馬人だと思います(笑)

こちらこそ、これからもどうぞよろしくお願いいたします。

Posted by: 治郎丸敬之 | January 14, 2011 01:25 PM

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Posted by: minecraft games | July 12, 2014 10:22 AM

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