2011年4月24日より、5レース全ての1着馬を当てる馬券「WIN5」がスタートする。単勝派の私としては、勝ち馬を予想するという競馬(予想)の原点に立ち返る方向性を持った馬券であることを歓迎しつつ、キャリーオーバー制度や1レースごとに控除されない点にも魅力を感じる。ただ、この「WIN5」の馬券が登場することによって浮き彫りになるであろう、単勝の多点買い(1レースで複数の馬の単勝を買うこと)という現象について、今の時点から警鐘を鳴らしておきたい。
かつて、「単勝の多点買いについてどう思います?」と尋ねられたとき、「ありだと思いますけど、美しくないですね」と返答した記憶がある。その方がどういう答えを求めて私に聞いてくれたのか分からないが、あとで思い返すと、ずいぶんと正直に答えてしまったと反省した。もしかすると、その方は単勝の多点買いを試みようと思っていたのかもしれない。そうであれば、単勝の多点買いのメリットとデメリットという形で私は伝えるべきであったはずだ。そうしなかった(できなかった)のは、私自身が何度か単勝の多点買いをした経験があり(戦略的にではなく、単に1頭に決められなかったという理由で)、あまり気持ちのよい結果にならなかったからだろう。たとえ当たっても外れても、レース後に後悔の念が湧いてきたのだ。
それは私の「美意識」の問題だろう。1つのレースを予想するにあたって、2頭のどちらかが勝つ、もしくは3頭のうちのどれかが勝つといった予想は精度が高くない。2頭や3頭の馬の単勝を買うのであれば、単勝という馬券を買う必要はないだろう。最後まで残った2、3頭の中から、1頭の馬が勝つことを信じて、リスクを取って賭けることが面白いのであって、それができないのであれば、連複やワイドといった馬券を買った方が良い。いや、むしろわざわざ馬券を買わなくても良いのではないか、とさえ思ってしまう。
「美意識」を考えるにあたって、羽生善治氏と茂木健一郎氏による対談をまとめた「自分の頭で考えるということ」(大和書房)という本の中の一節を引用してみたい。コンピューターになくて人間にあるもの、という話の場面で、この「美意識」という言葉が登場する。
茂木
「羽生さんが将棋を指す上で、「美意識」とはどういう位置づけなんですか?」
羽生
「美意識はものすごくあります。将棋のトッププレイヤーには非常にたくさんのこだわりが…むしろ、それが最大のモチベーションになっていると言ってもいいですね。最も美意識が強いのは谷川浩司さんです。対戦していてわかるんですけど、谷川さんという人は指し手にものすごく制約があるんです。自分の美意識ではこの手は指せないし、この手も指せないし…という制約がすごくたくさんある。だから強いんです。普通は「だから弱い」はずなんですけど」
(中略)
羽生
「コンピューターになくて人間にあるのは、恐怖心みたいなものだと思うんです。それが同時に美意識をも生んでいる。だから美意識や恐怖心を持ちつつ、完璧に自分の中でコントロールできれば、そっちの方がいいとは思うんです」
かねてより私が考えていた、無限の世界と対面した時に、人間はどう振舞うべきなのかという問いに対するヒントが、羽生善治氏によって語られている。なぜあれだけ計算能力の高いコンピューターが、人間に将棋で勝てないのか。そのヒントは「美意識」という言葉にある。「美意識」があるかどうかが最終的な勝敗を分けているということである。
「美意識」とは、人間のこだわりや制約である。無限を扱う世界において、こだわりや制約がある人間の方がコンピューターよりも強いとは、なんとも不思議な話である。ありとあらゆる可能性を網羅的に調べ尽くさんとするコンピューターに対し、こだわりや制約でかんじがらめになって思考の可能性が制限されてしまいがちな人間だからこそ強いのはなぜだろうか。この問いに対する答えも、羽生善治氏の言葉の中にあった。
羽生
「たとえば谷川浩司さんの持ち味は「光速の寄せ」と言われていますけど、彼の思考の仕方はおそらく美意識で結末を決めて突っ走るという感じなんですよ。それはもう、たとえば20手先とか30手先の局面を、30手なら30手だけ読むと。他の変化は読まないで、30手の直線を一気に読み切るという感じです」
無限の世界だからこそ、こだわりや制約がなければ結末まで突っ走れないのである。ありとあらゆる可能性の全検索が可能な世界であれば、人間よりもコンピューターの方が圧倒的な強さを発揮するはずであるが、将棋や競馬の世界はそうではない。だからこそ、私たちは自分なりのこだわりや制約を持ってよい。いや、持つべきなのだ。しかも強く。
たとえば、自分の誕生日馬券しか買わないというこだわりや制約があっても良い。バカバカしいとは思うが、徹底的に自分の誕生日の馬券を買い続ける予想法である。私の誕生日は3月7日だが、ひたすら3-7という馬連を買い続ける。いつから買い始めたとしてもよい。そうすると、なんとマツリダゴッホがあっと驚かせた2007年の有馬記念が的中する。馬連2万2190円が1点で的中するのだ。
さらにこだわりや制約を持たせて、G1レースだけ、しかも馬単で3→7しか買わないとしよう。そうすると、マツリダゴッホ→ダイワスカーレットで馬単6万9020円が1点で的中する。その前後で600回のG1レースに賭ける(賭けていた)としても、収支はプラスなのである。分かりやすくするために極端な例を挙げたが、こんな予想でも勝負には勝てるのだ。
ただし、ひとつだけ条件があって、こだわりや制約を強く持てなければならないということだ。ちょっとやそっとのことであきらめてしまったり、放り投げてしまったりする程度のこだわりや制約であれば、勝利には至らないだろう。さきほどの誕生日馬券の例でいうと、600回ぐらい負け続けたとしても、それ以外の馬券を買うことなく、自分の馬券を買い続けることができるかどうか。そのための前提として、自分なりの根拠を強く信じていなければならない。強く信じているからこそ、こだわりや制約は「美意識」に昇華するのである。そして、その「美意識」こそが、WIN5を攻略するためのキーワードであると私は信じている。
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