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トゥザヴィクトリーの快挙

ドバイワールドカップデーの夜、グリーンチャンネルで、ステイゴールドがドバイシーマクラシックを制したシーンを見て、眠気を覚えるどころかすっかり興奮してしまった。

しかし、ドバイワールドカップは、日本馬では苦しいだろうな、という気持ちでレースを迎えた。

レギュラーメンバーがジャパンカップダートのときのように先手争いをし、トゥザヴィクトリーがフェブラリーSのように、2~3番手の好位で、うまくだましだまし進めても、日本馬が好勝負に持ち込むのは難しいだろう、と思っていた。

私の予想は見事に裏切られた。逃げたのはレギュラーメンバーではなく、トゥザヴィクトリーのほうだった。しかも、鞍上の武豊は、迷うことなく世界の強豪相手に先手を奪ったのである。

ペースは速いように見えたが、それば、玉砕覚悟の無謀な逃亡とは明らかに違っていた。たとえハイペースであったとしても、トゥザヴィクトリーはまったくの馬なりで手応えよく進んでいたのだろう。

大本命のキャプテンスティーヴには残り200メートルの時点で交わされてしまったが、直線、もしかしたら粘り込めるかもしれないと一瞬思ったくらい、その粘りは素晴らしいものだった。

トゥザヴィクトリーとステイゴールドのドバイでの戦いぶりをみて、サンデーサイレンス産駒は本当に厳しい競馬を強いられてこそ、真の実力を発揮するのだ、ということを改めて思い知らされた。

これは大きな収穫である。これからサンデーサイレンス産駒にまたがる騎手がどう乗ろうとするかはわからないが、大きなヒントになったはずだ。

もうひとつ、絶対に忘れてはならないことがある。

大健闘といえるドバイワールドカップ2着は、あそこで「逃げを打とう」と決めた騎手の判断力のすごさ以外の何ものでもない。

超一流のメンバーがそろった国際舞台で、武豊はまるでいつもと同じことをしているかのように、ふだんできないことをやってのけ、これまで見せることができなかったトゥザヴィクトリーの新しい魅力を発揮させてしまったのだ。これをすごいと言わずして何と言おう。
(「口笛吹きながら」より)

Nohirayuuji

祐ちゃん先生がこの文章を書いてから、10年の年月を経て、ようやくドバイワールドカップの勝利に手が届いたことになる。1着と2着の間にあった溝を埋めるのに、それだけの時間が必要だったということだ。私はこの夜、眠い目をこすりながら、布団の中でドバイワールドカップを生で観戦した。次の日の朝が早かったので、寝てしまおうかとも思ったが、こういう時だからこそ、なんとなく日本馬が勝ちそうな予感があった。レース後、歴史的瞬間に立ち会えたことを幸せに思い、この勝利について祐ちゃん先生ならどう語るだろうと想像しながら、深い眠りに落ちた。

ヴィクトワールピサの勝利は、まるでいつも同じことをしているように、普段できないことをやってのけた、角居勝彦調教師率いるチームの勝利だと思う。トゥザヴィクトリーを2着に導いた武豊騎手がそうであったように、これだけ超一流のホースマンやサラブレッドが揃った国際舞台において、いつも日本でやっているのと同じように普通でいられたからこそ、普通ではない結果を得ることができたのだ。言うは易し、行うは難し。海外遠征で失敗するほとんどの理由が実はここにあり、角居勝彦調教師でさえ幾度の失敗を経験してきている。

たとえば、ヴィクトワールピサが3歳時に凱旋門賞に挑戦して7着に敗れたのも、馬が仕上がっていなかったことに主な敗因があった。豊穣な自然に囲まれたシャンティイ調教場で調教をすると、馬も人もリラックスしてしまい、意外にも仕上がり切らないことが多い。ディープインパクトの時もそうであった(そんな状態で3着に粘ったディープインパクトの強さが分かる)。だからこそ、シャンティイで仕上がり切らなかった馬は、日本に戻ってから、まるで休養明けのごとく、充実した馬体を示し、叩かれて良化していくのである。私の感覚では、ディープインパクトもヴィクトワールピサも、ジャパンカップはやや余裕残し、ひと叩きされた有馬記念こそが完調であった。

話を戻すと、角居勝彦調教師も武豊騎手もそれなりの場数を踏んで、経験をしているからこそ、普通でいられるのだろう。初めての環境や体験では、普通でいるのは難しい。そして、矛盾するようではあるが、この世で起こる全てのことは、今までにあったそのままではなく、新しい形で現れるため、その時、その場で普通に振舞える資質のようなものも必要となってくる。角居勝彦調教師は著書「勝利の競馬、仕事の極意」の中で、こう語っている。

「劇的な効果を挙げる特別なノウハウを追い求める必要はない。ただコツコツと、当たり前のことを普通に、日常の作業として継続していけばいい。ただし、それでは、その「普通」とは何か、というところがまた、なかなかやっかいではある。普通とは何か。当たり前とは何なのか。極めて平凡なはずの私が、そんなことに頭を悩ましているのは、本当に不思議な話なのだが、「角居流」と呼ばれるものがもしあるとしたら、何が普通なのかを一生懸命考え、当たり前と思えることをていねいに実行していくことかもしれない」

先日お会いしたハイランド真理子さんに教えてもらった話だが、角居勝彦調教師はデルタブルースでメルボルンカップを勝った時も、エコノミークラスで窮屈そうにお子様たちと座って、日本にトンボ帰りしたという。ハイランド真理子さんが、向こうの空港の係の方に、「この方はメルボルンカップを勝ったのよ」と紹介しても、係の方は「おっ、どれぐらい馬券で儲けたのかな」と笑って、誰も信じてくれなかったという(笑)。また、栗東トレーニングセンターの角居勝彦厩舎に行き、竹箒で厩舎の掃除をしているスタッフがいると思い、声を掛けると、なんと角居勝彦調教師本人だった!こんなちょっとしたエピソードからも、角居勝彦調教師がいかに意識的に、また無意識的に、普通に振舞っているかが伝わってくる。これぞ、世界の頂点を極めた「角居流」なのである。


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