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眠れぬ最高の夜を

Keibagakuhenosyoutai

ダービーの前夜はなかなか寝付けない。仕事で疲れ果てていたとしても、ダービーのことを考えてしまうと夜も眠れないのだ。もしかしたらあの馬が勝つのではないか、などと想像を膨らませているうちに、心臓はドクドクと脈打ち、遠足前の小学生のように居ても立ってもいられなくなる。馬券を買うだけの私でさえそうであるから、ダービーを前にした、もしかしたら自分にも勝てるチャンスがあるのではないかと思っている騎手は、どんな心境でいるのだろうといつも思う。

ダービーを前にしていつも思い出すのは、この本のあるくだりである。騎手にとってダービーを勝つことは、宇宙飛行士が月面を歩くことと、どこか似た内的体験をするのではないかという一節である。この本の中で私が最高に好きな部分なので、長くなるが引用したい。

「宇宙飛行士の中でも月に行った経験を持つ24人と、他の宇宙飛行士とでは、受けたインパクトがまるで違う。さらに、月に行ったといっても、月に到着して、月面を歩いた人間とそうでない人間とでは、また違う。宇宙船の内部しか経験できなかった人と、地球とは別の天体を歩いた経験を持つ人とでは違うのだ。宇宙船の中は無重力状態だが、月の上は六分の一のGの世界で立って歩くことができる。この立って歩くことができるという状態が、意識を働かす上で決定的に違う影響を与えるような気がする。月を歩くというのは、人間として全く別の次元を体験するに等しい。」

上になぞらえて、山本一生はこう言い換える。

「騎手であることと、ダービーに出走経験のある騎手になることでは、受けたインパクトはまるで違うだろうし、さらにダービーに出走することと、ダービーの優勝ジョッキーになることでは決定的に違っていて、「全く別の次元を体験するに等しい」のである。」

騎手にとって、ダービーを勝つことがどれだけの意味を持つかを、これだけ上手く説明した喩えを私は他に知らない。騎手はダービーを勝つことによって、全く別の次元に昇華する。もしかすると、ダービーを勝つことによって得られる内的体験を求めて、人は騎手になるのかもしれない。

今年のダービーの主役を務める池添謙一騎手は、どんな心境で日曜日の朝を迎えるのだろうか。岩田康誠、安藤勝己、小牧太ら、地方競馬からやってきて、中央のダービーを勝つチャンスを胸に秘めた騎手たちは、果たして今夜は眠れるのだろうか。異国の地からやってきて自らの手綱捌きに計り知れない期待を背負うデットーリ騎手は、どのような思いで今夜を過ごすのだろう。騎手だけではない。有力馬を出走させる調教師、厩務員、馬主、牧場関係者もまた、ダービー前夜は眠れないだろう。そしてあなたも、ダービー前夜は眠れぬ最高の夜を過ごすに違いない。

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