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RE:悲しみのダービー

Jiromaru

Yさん、こんにちは。蒸し暑い毎日が続き、夏の到来を少しずつ予感しています。

日本ダービーにおける、リベルタスについてのメール拝読させていただきました。Yさんのご心中察します。POG馬として、ディープインパクトの仔として、まるで我が愛馬のようにデビュー戦から見守ってきたからこそ、どうしても納得ができない、合点がいかない部分が見えたのでしょう。ディープインパクトの仔であり、同じ勝負服を着ている(同じ馬主である)以上、大いなる期待と思い入れをしないわけにはいかないですよね。でも、別にYさんは誰かを責めているわけではないことも知っています。

Yさんからいただいたディープインパクトの新馬戦の写真、今でも大切に持っていますよ。ディープインパクトがゲート前で輪乗りをしている瞬間の、あの写真です。誰にとっても未知の存在であったディープインパクトを写した貴重な1枚ですよね。そうやって、埒の外から、1頭1頭の馬に想いを込めながら応援するYさんは、本当の競馬ファンだと思います。

Deepimpactsinba

おっしゃるように、リベルタスの使われ方(ローテーション)は、若駒にとってはかなり厳しいものでした。10月にデビューして、12月に行われた3戦目のレース(千両賞)を勝ったところまでは良かったのですが、そこから朝日杯フューチュリティSに向けて中1週のローテーションが組まれました。血統的にはローエングリンの下ですから、距離は長い方がいいはずです。なぜラジオNIKKEI賞ではなく、無理をしてまで朝日杯フューチュリティSなのかと私も不思議に思いました。

もちろん理由を知る由はありませんが、朝日杯フューチュリティSに臨むにあたっての中間の調教を見た限りにおいて、リベルタスは決して万全の体調とはいえず、なんとか前走の疲れを取って、走れる状態にして出走させたというのが現実でした。そういった体調にもかかわらず、あのグランプリボスやリアルインパクトを相手に、正攻法の競馬でコンマ1秒差の3着を確保したのですから、もはや将来を嘱望されたも同然でした。

今思えば、このレースで2着に粘っていれば、リベルタスの運命は変わっていたかもしれません。本賞金が獲得できなかったことで、陣営はリベルタスを若駒Sに向かわせました。厳寒期に行われるオープン戦に、これだけの血統の馬を出走させるのですから、何が何でも本賞金を上積みしておきたかったのでしょう。無理をさせた馬にさらに無理を強いるわけですから、陣営としても苦渋の決断だったはずです。しかし、レース後には「体調が良くなかった」というコメントが出ました。体調が悪くても勝ってしまうのですから、リベルタスの能力の高さが伺い知れます。パートナーだった福永祐一騎手からは、この時点でクラシックを意識できる器と評されました。

いったん回り始めた歯車は元に戻りません。クラシックに出走することが至上命題のように、歯車はさらに前向きに加速していきます。もしかすると、リベルタスがそれにも耐えられる強い肉体の持ち主だとみなされていたのかもしれません。わずかに間隔を開けて、リベルタスはスプリングSに出走し、そこから皐月賞、ダービーと突き進んでゆきます。もはやスプリングSに出走してきた時点で、リベルタスは精神的に燃え尽きていたのだと思います。スプリングSでは直線で走るのをやめてしまいましたし、皐月賞やダービーに至っては、もはや前向きにさえ進もうとしませんでした。レース振りを見ると、少しでも早くこの場から逃げ去りたいと、全身を使って訴えかけているようにも映ります。不良馬場や歩様が異常だったということではなく、明らかにリベルタスが走ることを拒否していましたよね。気持ちの問題だと思います。

だからこそ、普段調教をつけているときには肉体に異常がないだけに、出否の判断が難しかったのかもしれません。もしかすると、リベルタスは気持ちを隠してしまう、気持ちを人間に伝えるのが下手なタイプなのかもしれません。そうは言っても、結果を見る限りにおいて、皐月賞とダービーを使うべきではなかったことは明らかです。あらゆるホースマンが見守る大舞台で、(結果的に)まともに走れない馬を出走させてしまったのですから、他の誰よりも、リベルタス陣営が最も恥じているはずです。それを責めることに私は意味を覚えません。どれだけ優秀な調教師だって、間違いを犯すことはあるのですから。

角居勝彦調教師も大きく影響を受けたであろう、日本のトップトレーナーである藤澤和雄調教師も、たくさんの失敗を経験してきたと言います。ロンドンボーイという青葉賞を2着した素質馬を、日本ダービーに出走させ、22着と惨敗させた当時のことを振り返り、こう語っています。

「結果から判断すると、ロンドンボーイの体調が充分ではなく、能力を出し切れるような状態でなかったことが明らかだった。もとより体質的に弱いところのある馬だと承知していたから、未勝利戦を勝った3戦目までは、2ヶ月半から3ヶ月のレース間隔で使った。それが、青葉賞、ダービーが視野に入ったとたん、1ヶ月のローテーションに変わったのである。

自分では馬の体調を見ながらローテーションを決めているつもりだったのに、ダービーという大レースを前にして、いつの間にかそうではなくなっていた。トライアルから本番という、レースのローテーションに馬を合わせようとしていた。

(中略)

調教師が犯す失敗で、いちばんいけないのは、馬を壊してしまうことである。それは競走馬に関わっている誰もがわかっていることだ。

しかし、競走馬はペットではないから、大事にさえしていればいいというものではない。鍛え、レースに出走させて勝たせるという目標がある。この2つの命題が、どうしてもある部分で相反してしまう。だから「馬を壊してはいけない」と分かってはいても、そのためのノウハウを積み上げてないとうまくいかない。

(中略)

馬を壊さないためにどれだけの努力ができるか。私たちの未熟のために競走生活を全うできなかった馬や、不幸にして生命を落としてしまった馬たちへの「ごめんね」は、仕事を通じて伝えるしかない」
(「競走馬私論」より)

ロンドンボーイはその後、1勝を挙げたのみで、ターフを去ることになります。無理をしてダービーを使ったことが原因かどうか分かりませんが、それだけサラブレッドは繊細だということです。ちょっとしたボタンの掛け違いで、サラブレッドの一生は変わってしまうのです。そして、この話は同時に、ダービーというレースがホースマンにとってどれだけ魅力的かを示しています。藤澤和雄調教師にとってはロンドンボーイが初めてのダービー出走馬でした。たとえ初めてでなかったとしても、1度ダービーを獲ったことのある角居勝彦調教師にとっても、ダービーは僅かな可能性があれば、リスクを犯してでも挑戦したいレースなのです。そうやって、角居勝彦調教師は牝馬であるウオッカでダービーを制したのですから。

それでも、こうして残念な結果が出てしまった以上、調教師としてその責任は重く受け止めているはずです。何の非もないリベルタスに対し、「ごめんね」と心の中で言っているはずです。私は最後の最後の部分では、角居勝彦調教師を信じています。角居調教師が人一倍悩み、決めた以上、その判断は正しいはずであり、様々な紆余曲折があろうとも、最後はリベルタスを最高の形で牧場に帰してくれるものと信じています。それは彼の著書に書かれた一節を信じているからです。

サラブレッドはしゃべれない。

どんな扱いを受けようが、ただ黙って、人間にすべてをゆだねて生きていく。

馬が生を受けるとき、父馬と母馬は、人間が人間の都合で選んだ種牡馬と繁殖牝馬である。生まれた子馬は、人間の都合で厳しい育成を受け、人間の都合で売買される。そして、人間の都合で激しいレースを闘わされ、これに勝ち抜いて生き残れば今度は、人間の都合で父馬や母馬として優れた血を伝えることを求められる。彼らの生涯は、すべて人間の都合によって支配されているのである。それでも、サラブレッドはしゃべれない。

何という儚い動物なのだろう。わずかなアクシデントでも命を失う過酷な宿命、熾烈な淘汰のための競争、人に委ねられた生活。そういう研ぎ澄まされた毎日を、まるで綱渡りでもするようにして、サラブレッドというガラス細工の芸術作品は、少しずつ少しずつ作り上げられていく。

この美しく儚い動物を守っていきたい、と私は思った。私が競馬を仕事にしようと決めたのは、そういう思いが原点だった。サラブレッドの人生を守り、より良い生涯を送れるように、私ができる限りのことをしたい。牧場での毎日から生まれたそんな思いが出発点になって、私は競馬の世界に足を踏み入れていき、そして、サラブレッドと競馬の魅力の虜になって、離れられなくなった。
(「勝利の競馬、仕事の極意」より)

確かにサラブレッドは経済動物であり、ギャンブルの牌です。しかし、人間とサラブレッドのもっと奥深い結びつきにおいては、決してそうではないでしょう。ホースマンはサラブレッドという美しく儚い動物を守っていかなければなりません。しゃべれないサラブレッドの人生を守り、より良い生涯を送れるように、出来る限りのことをしていくのがホースマンであるとも言えます。そういったホースマンの愛情に応えるために、しゃべれないサラブレッドはレースで限界を超えて走るのです。

金子真人オーナーもまた立派なホースマンです。あれだけ多くの所有馬を抱える馬主さんで、自分で牧場を歩いて回って、1頭1頭の馬を自分の見て決める人は珍しいです。それだけサラブレッドが好きで、競馬が好きなのでしょう。彼がサラブレッドにつける名前には愛情が溢れています。馬は馬主の運を背負って走ります。彼の馬がこれだけ走るのは、ディープインパクトが彼に舞い降りたのは、彼がそれだけ馬に愛情を注いでいるからだと思います。もしかすると、リベルタスには思い入れが強すぎたのかもしれませんね。Yさんと同じぐらい、いやそれ以上にディープインパクトの仔でダービーを勝ちたいという想いが強かったからこそ、わずかな望みに賭けてしまったのかもしれません。彼もまたリベルタスに対して「ごめんね」と言っているはずです。そもそも、競馬というスポーツに賭けている私たち競馬ファンも、馬たちに対して、いつも「ごめんね」の気持ちはどこかで忘れてはならないと肝に銘じています。

彼らにできることは、リベルタスを再びターフで復活させること。そして、私たちにできることは、それを応援すること。かつてトウカイテイオーが1年のブランクを経て有馬記念を制したことがありましたよね。あの奇跡の復活も、トウカイテイオーの不屈の精神とたずさわる関係者の懸命の努力とあきらめないという気持ち、そしてファンからの熱烈な声援があったからこそ成し遂げられたのだと思います。どれかがひとつでも欠けてしまっていては、トウカイテイオーは復活しなかった。そういう意味で、復活を願う私たち競馬ファンの声は大きいのではないでしょうか。リベルタスの生命力を信じ、彼らを信じ、自分たちを信じて、これからも一緒に競馬を応援しませんか?

長々と書いてしまい失礼しました。最後まで読んでくださってありがとうございます。

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Comments

治郎丸さん いつもどうもです。

今日のこの話を聞いて安心しました。

自分はどうしてもサンエイサンキューとゆう馬のことが心にあるので過剰に反応してしまい過酷なローテーションの馬を見るとまったく関係のない馬でも心が痛みます。

確かに競馬とゆう中で馬と真剣向き合う戸山為雄のような人もいればサンエイサンキューの馬主のようなただの経済動物だとしか思っていない人もいるのも事実
しかし哀しいかな後者の人が多いのが現状。

確かに遊びじゃないから仕方ないところはあると思いますが…何とも…。

しかし相反する矛盾をサラブレッドも調教師も成立させなくてはいけないしその上結果がすべての世界だから翻弄されてこうゆったことになったりすることもあるんですね。

綺麗事かもしれませんが人にも馬にもいい関係がやって来るようにと願わずにはいられません。

Posted by: ユビキタス | June 17, 2011 at 05:09 PM

治郎丸さん、こんにちは。

この「悲しみのダービー」でのYさんとのやり取りや、コメントされる方々の考えを読み、勝手ながらとても有意義な気持ちになりました。

馬券を当てるコトが楽しい方。
予想するのが楽しい方。
馬を愛して、追いかける方。
競馬は、いろんな楽しみかたがありますね。

懐の深い競馬が、衰退せずこれからも続いていってほしいな、としみじみ思いました。

Posted by: チコ | June 17, 2011 at 06:01 PM

ユビキタスさん

こんにちは。

サンエイサンキューのこと。

私もいつか書きたいとは思うのですが、
どうしても光の部分が見えなくて、書かずにおれます。

最初から自分の愛馬を経済動物だとしか思っていない人なんてほとんどいないと思いますが、状況によってはそう考えてしまうようにもなるはずです。

競馬自体の善悪が問われることにもなる問題ですから、そこはうまく水平思考で人にとっても馬にとっても素晴らしい世界を創っていきたいと思います。

Posted by: 治郎丸敬之 | June 18, 2011 at 12:17 PM

チコさん

そうおっしゃっていただけるとありがたいです。

おっしゃるように、競馬にはたくさんの楽しみ方があります。

十人十色、違っているから面白いのでしょう。

そして、できるだけ多くの楽しみ方を知っているほうが、長続きするのも確かです。

競馬はギャンブルから入る方が圧倒的に多いので、そうでない側面に光を当てることが大切だと思います。

競馬がいつまでも続いていくといいですね。

「雪に願うこと」良かったですよね。

Posted by: 治郎丸敬之 | June 18, 2011 at 12:22 PM

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