あえて苦言を呈する
半年間の米国滞在を決めたとき、彼はまだ勝ち鞍も通算100勝に満たない、若手騎手のひとりだった。大リーグを例に取れば、高校中退後、すぐにメジャーリーグを目指して米国に移り住んだ、鈴木誠投手に似ているかもしれない。後藤はなぜ、あのとき米国競馬に飛び込んでいったのか。
その理由を本人から聞いたことがないのでわからないが、日本では得られないものを米国で得よう、という気持ちだったのだろうか。
それにしても、デビュー5年目にして単身で米国へ渡ったのだから、勇気があるというか、たいしたものだ。しかも、彼は米国競馬を吸収し、かなり大きくなって、アメリカをそのまま全部もって帰ってきた。その姿は完全なアメリカンスタイルといえる。
そう簡単に騎乗スタイルを変えられるものではないので、天性の素質が高かったのだろう。日本では見つけられなかった素質を、アメリカで発掘してきた、といえる。また、帰国後の彼の大きさを見ていると、それなりのことを米国でしてきたことがわかる。
気になることもある。あまりにも米国流をやりすぎているように見えるのだ。
3コーナーから一気に押し切るアメリカ型競馬を日本でやり、後ろの馬に差されるケースが目につく。
「あまりアメリカ一辺倒でもまずいよ」と話したこともあるのだが、いまでも彼はステッキの使い方、姿勢、勝つレースなど「これぞアメリカ」という競馬を貫いている。
日本の競馬は欧州と米国の中間といえる特殊なスタイルであり、そこでアメリカ一辺倒の競馬をしても限界がある。日本にあった騎乗を頭の中に入れて、もう少し柔軟になってもいいのではないか。
彼ならさらに飛躍できる、と信じているからこそ、あえて苦言を呈する。
(「口笛吹きながら」より)
今、こうしてしっかりと騎手の乗り方について苦言を呈することができる人はほとんどいない。いや、昔からいなかったのだが、祐ちゃん先生だけは例外だったと言うべきか。祐ちゃん先生がかつて騎手であり、実績があったからではない。日本の競馬の中で、騎手の乗り方に表立って口をはさむことは、ある種タブーであったのだ(今もそうありつづけている)。他のスポーツでは当たり前に行われているような指摘も、それが騎手に向けられると批判や非難となってしまう。日本の競馬の世界では、ジャーナリズムが機能しにくいのだ。そこには競馬村の閉塞感があり、日本の競馬は文化であり、スポーツであると胸を張って言えない状況がある。
祐ちゃん先生が苦言を呈したのは、後藤浩輝騎手ではなく、後藤浩輝騎手の乗り方に対してである。あまりにもアメリカ流をやろうとしすぎて、仕掛け(動き出し)が早くなってしまいがちな点を指摘したのだ。アメリカの競馬ならばそれで押し切れても、日本の競馬はアメリカ型とヨーロッパ型のレースが玉虫色的に混在しているため、ひとつの型ばかりだとどうしても勝ち切れないレースが出てくる。もしどんなレースにも対応したいと望むなら、日本に合ったスタイルに柔軟に変化させてゆく必要があるということだ。後藤騎手にとっては厳しい指摘かもしれないが、そこには日本競馬の将来を担うべき後藤騎手への期待と愛情が込められている。
もっとはっきりと言うと、後藤騎手に足りなかったのは、道中で脚をためて、最後の直線で爆発させる力である。これは完全にヨーロッパ流の乗り方であり、実は祐ちゃん先生も欧州の競馬に長期滞在したときにぶつかった壁であった。あのスピードシンボリをして、最終コーナーまで抜群の手応えで回ってきたにもかかわらず、勝ったと思ったその瞬間に、並ぶ間もなく抜き去られた。静と動のギアチェンジにおける、日本とヨーロッパの騎手の技術の違いを肌で感じた瞬間であったという。道中で同じように馬に乗っているように見えても、ヨーロッパの騎手が“溜める”だとしたら、日本の騎手は“抑える”だとも語った。
京成杯で1番人気のアドマイヤブルーに跨った後藤騎手の騎乗を見て、祐ちゃん先生のそんな話をふと思い出した。後藤騎手がアメリカ流をやりすぎているとは思わないが、道中で脚をためて、最後の直線で爆発させるのが不得手だとどこかで感じているからこそ、意識的にもしくは無意識的に早めから動いてしまう、または馬が察して動いてしまうのだろう。じっくりと脚を溜めて、びっしりと追った方が良いタイプのアドマイヤブルーとは、馬が合わなかったということだ。もちろん一方で、そうして積極的に動いて、ゴールまで我慢させて勝ちを拾ってきたレースがたくさんあることも事実である。そして、おそらく、当時まだデビュー5年目であった後藤騎手が、単身でアメリカに渡った理由もここにある。アメリカ競馬に対する単なるあこがれだけではなく、静と動のギアチェンジにおいて分が悪い騎手としての自分を冷静に見極めて、早めに動いて我慢させるアメリカ流に賭けてみたのではないか。その試みは見事に成功したといえる。自分の弱点を補って余りある強みを身につけて、後藤騎手は日本に戻ってきた。それからさらに強みを磨き、通算1300勝(2012年1月17日時点)を積み上げて、一流と呼ばれる騎手に成長したのだ。祐ちゃん先生の目は確かであった。


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Comments
私も注目している騎手です。アメリカから戻って、早め抜け出しで勝ち星を稼ぎ始めて「これは」と思わせるものがありましたね。
完全に彼のパターンとなったわけですが、時とともにそれを見越した先輩騎手たちに取りこぼすシーンも見受けられはじめました。私は「彼は瞬発力のある馬での末脚勝負が苦手なのだ。体形的にも追っている腕が短く見えるし」などと思っていました。
彼がよく乗っている厩舎も、それをわかった上で見合った馬を依頼しているような気がします。
勝つ時はとても鮮やか。しかし、はまってしまうとスランプが長くなり、素人目にもワンパターンな騎乗に見えてしまう… 彼にはもっと上を目指してもらいたい、目指せるはずだと思うのです。
Posted by: ビンゴカンタ | January 17, 2012 at 08:13 PM
こんばんは
後藤ジョッキーは関東で3本の指に入らなければならない騎手でしょう。横山・蛯名・・・彼らもそろそろとなれば、松岡・後藤がもっと前を走る年にならなければいけません。田辺騎手がその先に行ってしまいそうです。
土曜日のテレビ中継で福永騎手のインタビューは面白かったですね。明らかに岩田騎手を意識・・・。池添・秋山もいます。武豊JKだって復活ののろしを上げるかも?
外国人ジョッキーに頼らないですむように高めていってほしいですね。
Posted by: 玉ちゃん | January 17, 2012 at 11:09 PM
ビンゴカンタさん
こんにちは。
おっしゃるとおり、得意苦手な馬や条件があるのだと思います。
もちろん、得意を持つことはアスリートとして大切なことですが、もしさらに上を目指すなら、また必要とされることは違ってきますよね。
でも、私はローカルに自分の生き場を見つけた中館騎手と同じく、後藤騎手の決断も間違っていなかったのだと思うのですよね。
Posted by: 治郎丸敬之 | January 19, 2012 at 12:03 PM
玉ちゃん
こんにちは。
私にとって後藤騎手はアドマイヤコジーンの印象が強いです。
ああゆう馬に乗らせたら、後藤騎手の強みがさらに生きるのだと思います。
松岡騎手と共に頑張ってもらいたいですし、もちろん田辺騎手にも頑張ってもらいたい。
海外のトップにはまだまだ太刀打ちできないかもしれませんが、日本で乗ることの利(地元の利)を最大限に生かして、せめて負けないようになってもらいたいなあと思います。
Posted by: 治郎丸敬之 | January 19, 2012 at 12:06 PM