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憂慮される日本競馬の未来

「変な馬でも腕で勝たせた」という自信がある騎手が、調教師になってもそのようなプライドを携えているようでは、成績は思うように上がらない。マネーゲームの側にもいないと、いまの競馬はやっていけない。

名騎手だった調教師たちにそう言って聞かせるのだが、彼らはおしなべて、
「俺たちはそんなことできない。マネーゲームをやって、いい馬を入れれば数字は上げられる。でも、成績を上げたから名調教師、ではないと思う」
と突っ張る。それでこそ名騎手であったわけだが、私にとっては、勝てばいいのに勝たない彼らに、腹が立ってしょうがない。なぜ、私がやったことを真似しようとしているのか、悪いところまで真似しなくていいのに、と。

ただ、彼らの気持ちが私にはよくわかる。いい馬を入れないと勝てないと説教をしながら、彼らには「ゼニさえ出せばなんでも走る馬を買ってこられる」という言い方はしてほしくないと思う。そういう考え方は、競馬をマネーゲーム一辺倒にさせてしまうから。

ビジネスだけで成り立つ競馬になったら、競馬は終わってしまう。

私は、マネーゲームに巻き込まれたヨーロッパの競馬の繁栄と衰退を、この目で見てきたからこそ、それがはっきりと言える。日本の競馬にはそうなってほしくない。競馬でマネーゲームをやることを悪いとはいわない。だが、それだけでは競馬は終わっていく。何事も偏ってはいけない。片側だけが勝ちすぎてはいけない。

ところが、ビジネスの面から競馬を見ている人は増え続けている。一部の人たちだけのマネーに左右され、競馬がそれだけで動かされているように思うとき、私は純粋な競馬人として不安を感じ、日本競馬の行く末が心配になってしまう。

競馬とはみんなで楽しむものである、という思いが私にはある。競馬がマネーゲームになると、みんなで楽しむものではなくなってしまう。

競馬には歴史がある。

また、それを重んじる人がいなければならないと思う。

歴史を重んじ、語り続けながら競馬を楽しめる競馬人がどれだけいるのだろう。残念ながら、そうした競馬人、厩(うまや)人は減ってしまった。いまの競馬に歴史はない。そう思ってしまうのは、競馬とは縁のない、よそから競馬の世界に入ってきて調教師になった人たちが増えてきたからだ。

そういう人たちは、背負ってきた過去が競馬の世界にはないから、歴史を伝える必要はなく、ビジネスだけで競馬を見ることができるのだろう。

競馬がマネーオンリー、ビジネスオンリーになってしまったら終わりだ。悲しい結末を迎えないためにも、日本競馬全体の底上げをしなくてはならない。

日高の中小生産者もみんな、底上げをして頑張ってほしい。手づくりの安い馬で高い馬を負かす。そういう時代にならないといけない。

先日、久しぶりに馬産地を訪れたとき(日高に行くと元気が出る!)、そのような思いにとらわれた。
(「口笛吹きながら」より)

Nohirayuuji

社台グループのひとり勝ちについてどう思いますか?という質問をある読者からいただいた。私もこの件については思うところがあるので、この場を借りて答えさせていただくと、ひとり勝ちの状況は良くないが、社台グループが悪いわけではないということだ。社台グループが日本の馬産を独占して、間違った方向に進めているわけではなく、むしろグループの中で競争をして切磋琢磨している。現在の社台グループには、血統の素晴らしさ、人材の豊富さ、最新の設備など、あらゆる面における卓越さがある。ただ単純にお金をかけただけではなしえない、時間と情熱を傾けてきた結果としての実りがあるのだ。

サンデーサイレンスの影響力は計り知れない。サンデーサイレンスがいなければ、ここまで社台グループのひとり勝ちの状況が進むことはなかったかもしれない。と同時に、サンデーサイレンスが日本に来なかったとしたら、日本馬のここまでのレベルアップは考えにくいし、国際化の波に飲まれてしまっていたかもしれない。サンデーサイレンスの直仔であるディープインパクトやハーツクライ、ステイゴールド、ハットトリックらが海外の大レースでその能力の高さを示し、孫たちのヴィクトワールピサやブエナビスタらも国際レベルの活躍を見せた。さらに母の父としてもアドマイヤムーンらの大物を輩出し、キングカメハメハをリーディングサイヤーの座に押し上げた。世界の競馬地図を大きく書き換えたのである。

もちろん、サンデーサイレンスの遺伝力の強さの弊害もないわけではない。どうしても日本で走る馬たちの血統に偏りが出てしまうのは否めないだろう。昨年のダービーは、出走馬18頭全てがサンデーサイレンスの孫であった(サンデーサイレンス直仔の種牡馬の産駒が16頭、サンデーサイレンスが母父に入った産駒が2頭)という象徴的なレースであり、社台の運動会などと揶揄された。レース自体は素晴らしいものだったが、どの馬も似たような血統構成になってしまっている。

ビジネスの面から売れることを考えて配合されたものだけに、ワンパターンな血統構成の馬ばかりで、いわゆる多様性に欠けるのだ。世界の競馬がボーダレスになってきている今、サンデーサイレンスの血が広がりすぎて生産活動が行き詰ってしまうことはないが、父がサンデーサイレンスの孫の誰かである馬、もしくは父はキングカメハメハだが母父にサンデーサイレンスが入っているという馬ばかりになってしまう。

そうして詰まるところ、買い手(馬主)も預かり先(調教師)も乗り手(騎手)も多様性を欠いてしまうことになるだろう。ひと握りのお金を出すことのできる人々と、その周辺にいるつながりのある人々だけが楽しめる競馬になってしまうのだ。誰しもが楽しむチャンスすらない状況では、競馬は内部からジワジワと崩壊してゆく。つまり、競馬から手を引く(引かざるをえない)人が増えてゆくということだ。これがマネーゲームとしての競馬の終着駅である。祐ちゃん先生はそれを危惧した。何ごとも偏ってはいけない。片方だけが勝ちすぎてはいけないということだ。しかし、繰り返しになるが、その状況は良くないことだが、社台グループが悪いのではないのだ。


昨年末、私はとある厩舎の忘年会に参加させてもらった。かつてジョッキーとしてならした大御所とされる調教師が切り盛りするこの厩舎は、今年不振を極めていて、年間でひと桁の勝利数しか収めることができなかったのだ。それでも、その調教師の人徳の賜物なのだろう、たくさんのジョッキーや関係者が集い、終始なごやかなムードで会は終盤を迎えた(ように私には思えた)。そして、最後に、社台グループの吉田照哉氏が壇上に登場して、締めの挨拶を行なった。

「社台グループはうまいことやっていると思われているようだけど、「私たちにもいつどうなるか分からないという時期があった。それもつい最近まで」という前提から始まり、「だから今は、爪の先まで、厩舎のためにという想いを持って、皆で頑張ってほしい」というエールが送られ、最後はジャンピング1本締めで会はお開きとなった。

誰もが思い思いにその場から離れようとしていると、とある馬主さんが助け舟を出そうと、「来年は社台の馬を4、5頭入れてくれるってよ、ねえ」と吉田照哉氏にけしかけた。吉田氏は他の人から話しかけられていて、聞いているのか聞いていないのか分からない様子であったが、当のその調教師は「いやー、そんなに入れてもらっても馬房が一杯になっちゃうなあ」などと茶化すようなことしか言わない(照れ隠しだったのだろう)。傍から見ていても、じれったい空気が数秒続いたその時、ある女性がきっぱりとした声で調教師に告げた。

「頭をさげなさい!」

私だけではなく、その場にいた、その声を聞いた誰もが驚いたに違いない。その女性は奥様なのだろうか、調教師と近い距離にいる人に違いはないのだが、皆の前でそこまで言ってしまうなんて…。ところが、その声を聞いて、その調教師は我に返ったように、頭を下げた。斜め30度ぐらいと、いささか不慣れでぎこちない傾斜ではあったが。吉田氏はそれを見ていたかどうか分からず、結局、その場でしっかりとした約束には至らないまま、場は流れてしまった。

私は良いシーンを見たと感じた。これまで鞭一本で身を立ててきた騎手が引退したのち、調教師として全く別の道を歩み始め、上手く行っていた時期もあったが、いよいよ厩舎経営に行き詰まってしまう。頭を下げたことのない人間が頭を下げなければならない、プライドを打ち砕かれるような状況に陥ったのだ。それでも、一家の長として、経営者として、どんなことをしてでも再建しようという決意していたのだろう。今は栄華を誇る社台グループの吉田一族でさえも、かつてどれだけ人に頭を下げてきたのだろう。苦しいとき、私たちには、頭を下げることも必要だろう。それさえできないのであれば、日本の底上げなど夢物語にすぎないどころか、もはや自分たちを救うことさえできない。たとえ頭を下げてでも再建しよう、成し遂げようという強い決意とそれを支える地道な努力が私たちに問われているのだ。自分のプライドと戦いながらも頭を垂れた調教師の姿に、私は暗さや哀しさではなく、未来への明るさと希望を見た。

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Comments

 新年明けましておめでとうございます。
「頭をさげなさい!」自分が言われたようで我に返り、身が引き締まる思いです。有難うございます。

Posted by: 通りすがり | January 03, 2012 07:37 AM

あけましておめでとうございます。

毎年、競馬ブックの「日本中央競馬会理事長に聞く」が
楽しみのナルトーンです^^;

今年は割と現実路線というか、あまり面白い話がなかった
ように思います。

ヒントになるのは「東西対決」という言葉。
テンポイントの東上が書かれていましたね。

「対決!」というキーワードが、競馬を面白くするのは周知。

2012年はオルフェーブルを中心に競馬が回って行くと
思います。対決するのは強い世代といわれる5歳馬達で
しょう。
どんな対決があるか楽しみですね。

本年もよろしくお願いいたします。

Posted by: ナルトーン | January 03, 2012 08:16 PM

通りすがりさん

あけましておめでとうございます。

私もこの言葉を聞いたとき、久しぶりに身の引き締まる思いがしました。

そうやって、少しずつ前に進んでいかなければならないのですよね。

今年もどうぞよろしくお願いします。

Posted by: 治郎丸敬之 | January 03, 2012 09:29 PM

ナルトーンさん

あけましておめでとうございます。

今年はまだ理事長に聞くを読んでいまない治郎丸です。

東西対決ですか、ずいぶん古い話に思えてしまいますが、二ノ宮調教師がツイートしておられたように、今年は関東の競馬人にとっては大切な年になるのかもしれません。

関東にも伸び盛りの若い競馬人がいますので、どんどん頭角を現してきてほしいものですね。

オルフェーヴルにはぜひとも順調に行ってほしいです。

今年こそ凱旋門賞に行こうかなと画策中です。

どうぞ今年もよろしくお願いします。

Posted by: 治郎丸敬之 | January 03, 2012 09:33 PM

>今年こそ凱旋門賞に行こうかなと画策中です。

いいですねえ、めっちゃフォーマルなおしゃれして行きたいですねえ、私の夢としても加えます。笑

Posted by: 通りすがり | January 03, 2012 11:53 PM

通りすがりさん

はい、ジスイズ凱旋門賞という格好で行きたいですね。

夢は実現させるものです(笑)

Posted by: 治郎丸敬之 | January 04, 2012 09:48 PM

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