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勝負師・蛯名武五郎

蛯名武五郎さんという人は、ふだんは100しかない自分の力を、勝負のときには120までに高められる騎手だった。追ってからのギアの入れ方が鋭く、馬を前に出す技術が卓越していたうえに、歯を食いしばってでも勝負に勝ってみせるという執念が、本番で120の力を引き出していた。

当時、保田隆芳さんや高橋英夫さんといった、個性豊かな騎手が数多くそろっていたが、そのなかでも、蛯名さんの個性は群を抜いていた。あきらめのいい人でもあったが、勝ち負けに持ち込んだときの勝負強さは実に際立っていた。

蛯名さんは、いざレースになると人間が一変した。

隣の枠に入り、あの人の顔つきをみたときは、怖くなるほどだった。ふだんの人相とはまるで違い、顔に青筋が走っているのだ。それほど、これから始まるレースに集中し、気持ちを高めていったのである。蛯名さんの全身からは「勝ちたい。勝つんだ」という気迫が充満していた。

吉川英治の小説『宮本武蔵』に、佐々木小次郎が宮本武蔵の後ろ姿を見て、「白刃のやいばが行くようだ」とつぶやくシーンがあるが、レース中の蛯名さんの後ろ姿を見ていると、同じような印象を受けたものだ。

そう、蛯名さんの背中が「寄らば切るぞ」と言っているように感じた。

勝負に対する執念や気迫だけで勝っていたとは言わないが、蛯名さんが正真正銘の勝負師であったのは、疑いようもない事実だ。

残念ながら、私は最後まで蛯名さんのような勝負師にはなれなかった。100の力を、気迫で120にまで高めることはできなかった。自分の持っている技術や知恵を振り絞って勝負に向かっていったが、「何がなんでも勝ってやる」という気迫が、体の奥底から湧いてくるという経験はしたことがなかった。

勝負師にはなれなかった私にとって、蛯名さんは、私がまったく持っていないものを持ち合わせていたからこそ、よけいに強い印象を受け、魅力的に感じられたのである。
(「口笛吹きながら」より)

Nohirayuuji


かつて日本にもこのような騎手がいたと思うと、なぜか安心する。私が競馬を始めた頃には、すでに華麗に美しく乗って勝つことが騎手にとっての至上命題であった。たしかに、仕事人と呼ばれた田島良保騎手や穴男・安田富男騎手といった個性的な騎手もいるにはいたが、中央競馬の競馬学校を卒業してくる若手が増えるにつれ、良く言えば模範的な、悪く言えば金太郎飴的な騎乗ばかりが目立つようになり、そこには良く勝つ騎手とそうでない騎手しかいなかった。だから、正直に告白すると、私はある時期まで、特定の騎手のファンになったことはなかった。

でも今は違う。安藤勝己騎手やオリビエ・ペリエ騎手を起点として、地方競馬や海外の競馬から個性的でしかも腕の立つジョッキーが集い、中央の競馬場で騎乗する姿を観ることができるようになった。どの騎手を応援しようか迷ってしまうぐらい、魅力的なジョッキーばかりである。様々な問題は生じたのかもしれないが、それでも昔の鎖国のような時代に比べ、日本で見られるジョッキーの騎乗技術は格段に上がり、アスリートたちによる激しい勝負が見られるようになってきたのは、競馬ファンにとって嬉しいことだ。

その中でも、勝負師という点において、岩田康誠騎手は群を抜いている。ひと言で定義するならば、勝負師とは100しかない力を気迫で120まで高められる騎手のことである。自身の力を120まで高めることによって、馬の力も120まで引き出すことができる。追ってからのギアの入れ方が鋭く、馬を前に出す技術が優れていることはもちろん、レースに行っての「何がなんでも勝ってやる」という勝負に対する執念や気迫が圧倒的なのである。

馬は人のために走る。鞍の上の人間の勝ちたいという想いはダイレクトに馬に伝わって、馬はその気持ちに応えようと最後まで力を尽くすのである。人と馬の間に深い信頼関係が築かれていることが前提ではあるが、馬が動くかどうかは人の気持ちによるところが大きい。最後の最後に馬を一歩前に出すことができるのは、騎乗技術以上に、勝ちたい、何としてでも勝つのだという人間の強い気持ちなのである。

2012年の日本ダービーにおいて、ディープブリランテの背中に私は勝負師の姿を観た。前が止まらない高速馬場を味方につけたとはいえ、どう考えても2400mの距離は長いディープブリランテをゴールまで持たせてみせたのだ。第1コーナーを回るときのポジショニングが完璧であり、道中の馬とのコンタクトも抜群であった。そして最後の直線において、馬上で立ち上がらんばかりに馬を叱咤激励する岩田騎手の気持ちに、距離の限界を越えて脚が止まりかけたディープブリランテが死力を振り絞って応えたのである。人馬共に、リミッターを振り切ったレースであった。もう1度レースをしたら、結果は違うだろうと思う。

岩田騎手のスタイルを批判する人もいる。乗馬の基本には決して忠実ではないのだから、岩田騎手が勝つことで自分を否定されたと感じてしまう人もいる。あの乗り方では勝てないという論理が通じなくなれば、次はあの乗り方では馬を壊してしまうと論理をすり替えるだろう。もちろん事実無根であり、岩田騎手には自分の信じたスタイルを貫いてほしい。目の前で結果を出すことで、馬を動かすのは技術であり気持ちなのだということを示してほしい。100の力を出すこと自体は難しいが、いつも100の力しか出せない騎手や馬ばかりでもつまらない。いつの時代にも、120の力を出して私たちの想像を超えてゆく、勝負師という名のアスリートが必要なのだ。

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Comments

 お疲れ様です。日曜日は堀厩舎&戸崎騎手で4勝。
 小回りの福島コースでしたから、戸崎騎手にはお手のものだったでしょうか。横山騎手・内田騎手は他場、外国人騎手は不在でしたから、迎え撃つのも蛯名騎手を筆頭に関東のベテラン勢だったわけですが…。

 この結果をどう受け止めるか…そんなことはないと思いますが、南関東のトップジョッキーが土日は中央競馬になんてことになったら…。

 若手・ベテランを問わず、関東の騎手はみんなががんばらないと…。岩田騎手は500万下のレースに52Kgで乗ります…節制の賜物です。

Posted by: 玉ちゃん | July 01, 2012 at 05:53 PM

玉ちゃん

たしかに慣れていないはずの競馬場でこれだけ勝たれてしまうと、ちょっと苦しいですね。

完全にオープンにしてしまったら、大変なことになってしまいます。

岩田騎手は52kgで乗るのですね。

そんなところも見ている玉ちゃんは凄いですね。

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