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「開成調教師の仕事」 矢作芳人著

Kaiseityoukyousinosigoto

前作「開成調教師-安馬を激走に導く厩舎マネジメント」から5年の時を経て、全国リーディング上位の常連となった矢作芳人調教師が語る仕事論である。この本を一読して、素直に感じたことは、良くも悪くも、調教師の仕事はひと昔前とは大きく変わってしまったということだ。そのことを矢作芳人調教師は決して悲観しているわけではなく、大井競馬場で厩舎を運営していた父・矢作和人元調教師を「スーパー調教師」と評しつつ、現代の調教師像を浮き彫りにする。調教師はもう馬を調教することが仕事ではなく、矢作調教師の言うように、「馬の仕入れ」「馬の出し入れ」「番組選び」を司るゼネラルマネージャーとなった。

こうした流れを後押ししたのが、セレクトセールの誕生であり、グリーンウッドトレーニングや宇治田原優駿ステーブルに端を発するトレセンの外の育成牧場の活用である。それに伴って、在籍頭数の制限が緩やかになり、厩舎メリット制も導入された。新しいルールにキャッチアップしながら、常に前(未来)を見て、独自のやり方を貫いてきたのが矢作調教師ということなのだろう。社台グループの生産馬だけに頼らず、個人馬主との絆を深めつつ、リスクを分散させていることや、今でも外国のセールに足を運んでいる姿勢、厩舎の中でのチームの作り方など、実によく考えられていて見事な経営者としか言えない。

ただひとつだけ寂しさを感じるのは、そこにあまり馬の存在が感じられないことか。文章は人を表すと言われるように、著作に書かれていることはその人となりである。この本に書かれているのは、人とカネについて。「良く稼ぎ、良く遊べ」という矢作厩舎のスローガンは、近代経済絶対主義の象徴のようでもある。調教師は中小企業の社長と矢作調教師は言うが、まさに矢作調教師ならば、競馬の調教師でなくとも、別の企業や会社のトップとしても成功したに違いない。裏を返せば、別に競馬でなくてもよかったのではないかと思ってしまう。もちろん競馬の世界で生まれ育っただけに、馬に対する思い入れはあるに違いないが、そのあたりを(意図的にしても)排除しているところに彼らしさがあり、いち競馬ファンとしては物足りなさも感じる。

そんな洗練された矢作調教師と良くマネジメントされたチーム矢作厩舎に、異物を持ち込んだ男がいた。まだ記憶に新しいが、2012年日本ダービー直前に、岩田康誠騎手がディープブリランテの調教を付きっきりで行いたいと直訴した話の顛末が面白い。世の中の常識や効率やマネジメントとは縁遠いところにいる、地方競馬からやって来た叩き上げの岩田康誠騎手と、近代化された厩舎運営が混合して、化学反応を起こした結果が、矢作芳人厩舎にとって初の日本ダービー勝利となった。あのハナ差の勝利の背景には、現代競馬ならではの葛藤やドラマがあったのだ。

読み応えがあるのは、第3章の勝ち続けられる理由だろう。中1週のローテーションが馬の走りに影響を及ぼさないこと(馬が健康であれば、連闘から中3週までは勝率は変わらない)や、藤田伸二騎手のエージェント制批判に対する反論、距離や条件を変える(時には逃げを選択する)ことで勝ちに行くスキルなど、競馬ファンならば知りたかったことが誠実に書かれている。日本の騎手はある程度のところまで行くと満足してしまって、その上に行けないという直言は、そのまま自分にも返ってくることを知っていて、調教師にも競争原理をもっと働かせろ、だからこそ自分たちも頑張れるというスピリットには感心するし、もし自分が馬主ならこういう調教師に1頭は預けてみたいと思わせられる。古き良き調教師の時代は終焉を迎えているということなのだろう。

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