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集中連載:血統について語るとき、私の語ること(第18回)

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ミホノブルボンは父マグニチュード、母カツミエコー(母父シャレ―)という配合で誕生した。父マグニチュードは代表産駒にエルプス(桜花賞)こそいるが、それ以外にはほとんど実績のない種牡馬であり、母カツミエコーは南関東で1勝を挙げたのみの戦績、さらに母父のシャレ―も無名の種牡馬にすぎなかった。当時、血統のことをほとんど知らなかった私にとっては、わずか750万円で取引されたという事実が、ミホノブルボンのマイナーすぎる血統を物語っているように思えた。はっきりとした低評価であり、血統的な価値は全くもって認められなかったということである。

そのミホノブルボンが朝日杯3歳ステークス、皐月賞、日本ダービーを制し、菊花賞でも2着したという事実が驚きであり、不思議でもあった。競馬はブラッドスポーツであると叫ばれながらも、良血とは無縁の馬が世代の頂点に立ってしまった。私が競馬を始めるひとつのきっかけとなったオグリキャップも、お世辞にも良血とは言えない馬であったが、こういった突然変異が起こる以上、血統とは一体何なのか、という疑問が湧き上がってきたのである。淘汰を繰り返してきたサラブレッドはどの馬も良血であるという論にも、頷けるような頷けないような気がした。血統なんて実は何の関係も意味もなく、強い馬が強いというだけの話なのではと思ったりもした。

ミホノブルボンは隔世遺伝における突然変異だと考えることはできる。ミホノブルボンを管理した故戸山為夫調教師は、仔馬だった頃のミホノブルボンを見て、「まったく走らない馬だとは思わなかったけれども、これほど走るとは思わなかった」と感じたという。しかし、血統的にはひとつだけ閃くところがあったそうだ。それは毛色である。父マグニチュードは鹿毛、母カツミエコーは青毛であったが、ミホノブルボンは栗毛。血統を辿っていくと、ミホノブルボンの祖母にあたるAltesse Royaleが栗毛なのである。英1000ギニー、英オークス、愛オークスを制した名牝であるAltesse Royaleが隔世遺伝したのではないかという仮説である。

とはいえ、ミホノブルボンは血統の良くない馬であっても、安い馬であっても、鍛えれば強くなるという戸山イズムの象徴であったことは確かだ。「欠点のない人間がいないように、ミホノブルボンにも欠点がある。脚に不安があり、頭が高く、走る姿勢が悪い。走る姿勢は馬の骨格で決まるから、それを変えるのは困難だ。人でも馬でも、欠点を補うのは努力である」と故戸山調教師は語り、ミホノブルボンはそれを体現してみせたのだ。サラブレッドの世界において、氏よりも育ち、血統よりも調教ということを、私の目の前で証明したのである。

と同時に、最後の最後に問われるのは血統であることを教えてくれたのもミホノブルボンであった。菊花賞の走りと敗北は、明らかにスピードタイプの馬のそれであり、マグニチュードを父に持つミホノブルボンが本質的には短距離馬であったことの証である。同じくスプリント血統のキョウエイボーガンが先頭を奪って玉砕していった様も、何とか踏ん張ろうとするミホノブルボンを無情にも交わしていったライスシャワーの姿も、サラブレッドにおける血統の物語を彩っている。鍛えれば強くなる、努力すれば欠点を補えることを体現したのはミホノブルボンであり、どれだけ鍛えても、乗り越えることのできない血統の壁(肉体的な壁から気性面での壁まで)が存在することを教えてくれたのもミホノブルボンであった。一見矛盾するように思えるこれらの考え方は、サラブレッドの血統における真実のひとつでもある。

Photo by 三浦晃一

(第19回へ続く→)

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