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こんなときばかりはさすがに競馬が嫌になる

アドマイヤラクティがメルボルンCのレース後に馬房で倒れ、そのまま亡くなってしまった。最下位で入線してからわずか5分後のことで、あっと言う間の出来事であった。詳しい症名は分かっていないが、心臓発作か心臓内出血らしい。最後の直線に向いてこれからというとき、バートン騎手のゴーサインに応えるどころか、ズルズルと後退して行ったレースぶりを見て、故障でないことを願ったが、まさかこのような結末が待っていようとは。コ―フィールドCを勝ち、1番人気に推されていたこともあって、その死は地元のメディアでも衝撃をもって伝えられた。

今回のアドマイヤラクティの死に関しては、不慮の事態だと考えるべきであろう。誰が悪いとかいうことではなく、何かこれといった原因があるわけでもない。中1週のローテーションは向こうでは普通だし、斤量の問題でもない。後方から脚を伸ばすいつものレースではなく、番手を追走したのは、多頭数で1番人気を背負っているがゆえの積極策である。勝ちに行ったことが裏目に出たかどうかは、アドマイヤラクティが最後まで走ってみなければ分からなかったことだ。馬を止めるタイミングとしても、決して遅かったわけではない。むしろよくぞあの重要な場面で異変に気づいて、追うのを止められたと思う。いや、そう思いたい。誰も責められないことを一番良く知っているのは、アドマイヤラクティの関係者たちだろう。

私はふと、二ノ宮敬宇調教師から聞いたダイワカーリアンの話を思い出した。

「ダイワカーリアンには、いまだに10月11日になると、ファンの人が花を贈ってきてくれるんですよ。あれは引退レースでした。東京競馬場のアルゼンチン共和国杯。レースが終わって、地下馬道で柴田善臣騎手が降りて、鞍を下した矢先のことでした。地下馬道を歩いていると、厩務員の大きな声がしました。慌てて向かうと、厩務員が座りこんで泣きそうな顔していました。そこにはダイワカーリアンが倒れていました。

それが最後のレースで、これが終わったら種牡馬になろうっていうことだったんですよ。本当に最後の最後のレースで、あんなことに。レースのときは騎手を怪我させないで、鞍を下してから100メートルくらい歩いて、バッタリ倒れたそうです。今は自宅に持ってきましたが、ダイワカーリアンのお墓には「友」と書いてあります。友だちのような存在だったんでね。どうせ馬に携わる仕事をしているんだったら、それぐらいの気持ちでやりたいと思っています」

ほとんどの人々にとって、サラブレッドは経済動物である。メルボルンカップの華やかさやお祭り騒ぎ、喧噪、レースが終わったあとのゴミが散らかった競馬場の風景を見るにつけ、そう強く思うし、今さらそれを否定するつもりなどない。彼ら彼女らは、明日はもう競馬や馬のことなんか忘れてしまって日常に戻る人々である。それはそれでいい。しかし、馬に携わっている者たちにとって、サラブレッドは経済動物ではない。ひとりの家族であり、ひとりの友である。ここに競馬ファンと関係者との間にはどうやっても埋められない大きな溝がある。異国の地で突然に倒れた家族であり友の死を、彼らはどうやって受け止めるのだろうか。私には想像することしかできない。こんなときばかりはさすがに競馬が嫌になる。

関連エントリ
「Melbourne Cup 2014: Last-placed Admire Rakti dies」
「天国のどこか」
「馬を止めるのも騎手の仕事」

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