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世の中は思い込みに満ちている

Omoikomi01

ジェンティルドンナが有馬記念でラストランを飾ったとき、やられたという悔しさとやっぱりという既視感が交錯した。実はその思いの根っこは同じで、他の有力馬が揃いも揃って外枠を引いていた(今年は選ばされた)のに対し、ジェンティルドンナだけは絶好の枠順を得て、思いつく限り最高のポジションでレースを進めることができていたからだ。馬の脚質やジョッキーの技量を含め、走るポジションとそれを規定する枠順が勝敗を大きく左右してしまう現代の日本競馬を象徴しているようなレースであった。レースレベルが上がれば上がるほど、その傾向はさらに強まる。そのことは良く分かっていた。

それでは、なぜ私はジェンティルドンナを買えなかったのだろうか。自分に問うてみると、答えはすぐに見つかって、ジェンティルドンナは昨年よりも力が衰えていると考えていたからだ。その根拠は単純で、2013年の天皇賞秋はハイペースを前で受けての2着だったにもかかわらず、2014年の天皇賞秋はスローを先行して(しかも内できっちり脚を溜めて)の2着であったからだ。同じ2着でも内容が全く違った。2013年のジェンティルドンナであれば、休み明けでも2014年の天皇賞秋は勝っていた(もしくはもっと踏ん張っていた)はず。力が落ちてきていると見込んだからこそ、3連覇がかかっていたジャパンカップでも本命には推さず、さらに4着の結果を見て、ジェンティルドンナは競走馬としては終わりを迎えたと確信を深めた。石坂調教師やR・ムーア騎手が馬場の悪さを敗因に挙げても、たしかにそれも一因だが、ジェンティルドンナに衰えが来ているのがそもそもの要因だと見限った。

それがどうだろう。こうしてジェンティルドンナに勝たれてみて、枠順の利があったのは確かではあるが、少なくとも力が衰えた牝馬にはできない芸当であったことも認めざるを得ない。そう思いつつも、有馬記念の数日前に届いた雑誌「優駿」の有馬記念特集ページに、もう一度目を通してみた。そこには確かに読んだはずの、しかし私の記憶には全く残っていない、ジェンティルドンナの調教助手のコメントが載っていた。

「今秋は3歳時のように元気なんですよ。天皇賞前、僕が振り落されたほど」

私はこのコメントを読んだとき、息を飲み、自分が思い込んでいたことを思い知った。2013年の天皇賞秋と2014年の天皇賞秋の走りを比較して、かつてオルフェ―ヴルを競り落としたり、ドバイで世界の強豪をねじ伏せたときのジェンティルドンナはもういないと思い込んでいたが、そうではなかったのだ。調教助手が言うように、3歳時ほどの勢いがあったかどうかは定かではないが、少なくとも衰えているわけではなく、今年は天皇賞秋からジャパンカップへという良化のスピードが遅くなっている程度のものであったのではないか。そう考えていたとしたら、有馬記念でジェンティルドンナは本来の力を出し切れるはずだし、枠順に恵まれたら勝つチャンスは十分にあると判断できたはずだ。

私の周りにも、ジェンティルドンナに対する思い込みはたくさんあった。ジェンティルドンナは右回りが走らないと思い込んでいる者、有馬記念では牝馬は勝てないと思い込んでいる者、今年の最終目標であったジャパンカップであの負け方を喫した時点で終わったと思い込んでいる者など。特に、右回りが走らないという思い込みは結構多く、おそらく桜花賞や秋華賞を見ずして、宝塚記念での大敗を見てそう思い込んでいるのだろうが、あれはまさに力の要る(ジェンティルドンナの最大の武器である一瞬の脚が生きない)馬場が合わないということであり、右回りとは全く関係がない。こうは言ってみても、残念なことに、他人の思い込みは分かるが、自分の思い込みは分からなかった。

世の中は思い込みに満ちている。競馬に限った話ではない。私たちの生きている世界は思い込みだらけだ。自分で勝手に思い込んで、自分の世界を狭くして、間違った選択をしてしまっている。思い込みがゆえに、ますます不自由になり、身も心も病み、経済的にも精神的にも貧しくなってゆく。私はつい最近まで、そういう思い込みに囚われて、世の中には1本しか道はないと信じ込んでいたが、ようやく今になって、押し付けられていた思い込みから逃れ、自分の枠を拡げつつあるが、それでもまだ思い込みが激しい。

ただ私が幸せなのは、競馬をやっているがゆえに、こうして自分の思い込みに気がつかせてもらえることだ。残酷ではあるが、競馬は私たちが思い込みに満ちていることを教えてくれる知的なスポーツなのだ。競馬をやっていない人は、よほどのことがない限り、自分の思い込みに気がつかずに人生が終わる。競馬のレースも1回きりだが、人生も1回きり。今年もできるかぎり自分の思い込みに気づき、意識的に自分の思い込みとは違った情報を公平に取り入れ、そして、思い込みから自由になるために、もっと学んでいきたいと思う。私たちの世界は、おそらく私たちが思い込んでいるようなものではない。

Omoikomi02

Photo by 三浦晃一

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Comments

書き込みできるようになったのであちこちに出現します。
私もジェンティルは正直失礼だけどピークを過ぎた馬だと勝手に思い込み 彼女を軽視し 頭の隅にも置いていませんでした。
いつかのジャパンカップの勝利ジョッキーインタビューで岩田騎手がジェンティルのことを「本当に心の中にファイトを持った女の子です。彼女の本気をはじめて見せてもらいました。」と答えてました。
馬の中には当てられたり、ムチを入れられると走る気を無くす馬もいると読んだことがあります。
そんな中で彼女はどんなにオルフェーヴルに当たろうとけして走ることをやめようとはしなかった。
その姿に惚れてしまいそうでした。
治郎丸さんの書いた「信じ続けたものだけが救われる」きっとあの日 最後までジェンティルドンナを信じ続けることができた人たちに奇蹟が起きたと思います。

"奇蹟"
天から降ってくるのではなく、この地上の瞬間がつみかさなって作られるもの。
競馬はときどき それを僕らに見せてくれる。

オグリキャップのラストランからです。

Posted by: 通りすがりの皇帝ペンギン | March 04, 2015 at 01:41 PM

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