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競馬は孤独なスポーツ

2015年度のJRAのブランドCMがなかなか感じ良い。やはり競馬の魅力は、サラブレッドが走る姿の美しさであり、レースの興奮や躍動感であり、競馬場の開放感である。それらを凝縮し、ターゲットを絞らずにブランドCMをつくると、大体これが完成形に近いはずである。出演している役者やタレントたちも、変に浮世離れしたところがなく自然体なのも良い。瑛太や笑福亭鶴瓶は競馬場に普通にいそうだし、有村架純は個人的に大好きだ(笑)。彼らや彼女の魅力でファンを競馬場に連れてくるというよりは、競馬の魅力の中に彼らや彼女がいるという構図が成り立っている。

JRAのCMで記憶に最も残っているのは、故高倉健と裕木奈江のそれであり、武豊騎手のそれである。健さんが馬券を買ったことがあるのかどうか知らないが、彼からは不思議と競馬や馬に対する愛情が伝わってきた。武豊騎手の「最後の10完歩」は芸術的といって良いほど美しい映像であり、詩的といって良いほど深みのある作品であった。このCMのメイキング映像を見て私は、日本の競馬を背負ってきた武豊騎手の偉大さを垣間見ることができたのだ。

今年のJRAのブランドCMには続きがあるだろうから、ひとつだけ提案させてもらいたい。それは今回のCMに登場した人物たちがどこかでつながるという、ありがちな物語だけはやめてほしいということだ。今回のように、それぞれは別々の人生を生き、それぞれに競馬を楽しんでいて、彼ら彼女らは隣り合っても決して交わることがない。それが現実だし、実はそこに競馬の魅力も隠されていると思う。ふとした偶然で知り合って、競馬を媒介とした仲間になって、競馬場に一緒に行くことになんて「CLUB KEIBA」みたいな流れは勘弁してもらいたい。

競馬は本来、孤独なスポーツである。競馬というと定義が広いので、ここでいう競馬とは、競馬を観たり、予想したり、馬券を買ったり、競馬場に行ったりという、ファンにとっての競馬を指す。私たち競馬ファンにとって、競馬とは知的なゲームであり、本質的にはひとり遊びと言ってよい。ひとりで無我夢中になって考える時間こそが醍醐味である。競馬場はそれぞれの思考とレースの結果を照らし合わせる場であり、手を取り合って遊びに行く場ではない。たまには友人同士や競馬仲間と群れるのも良いが、せっかく自分自身と向き合える貴重な時間と場所を無駄にするのはもったいないと思うのだ。携帯電話やSNSが発達した、孤独を恐れる時代には合わないかもしれないが、競馬は自分と向き合う孤独なスポーツであるとPRしてみてはどうだろうか。

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