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デムーロ騎手とルメール騎手の騎手試験合格に思う

Kisyugoukakuniomoukoto

ミルコ・デムーロ騎手とクリストフ・ルメール騎手が2015年度の新規騎手免許試験に合格し、JRA所属初の外国人騎手が誕生した。この日がいつかは来るとは思っていたが、いざ現実を目の当たりにすると、私にとっても衝撃であり、競馬関係者にとってはさらなる大きな衝撃を持って受け止められたに違いない。私が競馬を始めたおよそ25年前には、地方競馬出身の騎手のみならず、外国人ジョッキーが中央競馬所属の騎手となるとは考えもしなかっただけに、まさに隔世の感がある。世界的に見ると遅々とした歩みであったが、重い門戸が少しずつ開かれ、日本競馬の歴史にとっての大きな変換点となるだろう。ここまで来ると次は、JRA所属の外国人調教師が誕生する日もそう遠くないかもしれない。

M・デムーロ騎手とC・ルメール騎手の素晴らしさや凄さは、これまで散々書いてきたので、主なところを下にまとめておくにとどめる。彼らは30代半ばと円熟期に入っており、ジョッキーとしての資質や技術には並はずれたものがあり、どこが特に優れているということではなく、トータルとして付け入る隙のない完成形のジョッキーたちだ。そしてどちらも日本の文化や生活にも溶け込んでおり、M・デムーロ騎手などは日本人騎手よりも日本人に見えてしまうことさえあるぐらい。東日本大震災の直後、ドバイワールドカップをヴィクトワールピサが日本馬として初めて制したとき、その背で日の丸の旗を掲げたのがデムーロ騎手であったことに、私は何の違和感も覚えなかった。

彼らのような卓越したジョッキーが年間を通して日本の競馬で騎乗することは、長い目で見れば日本競馬にとって大きな財産になるはずだし、その手綱さばきを常に日本の競馬場で観られることは競馬ファンにとっても好ましい。しかし、それは現時点ではM・デムーロ騎手とC・ルメール騎手に限った話であることも確かだ。彼らのように人間的にも優れていて、他の騎手たちにとって手本となり、かつ長期的に日本の競馬で乗り続ける気持ちがあり、周囲からの相互理解も獲得している場合である。逆説的に言うと、日本の競馬でも勝ち続けられるジョッキーたちでなければ、福永祐一騎手の指摘するように公正競馬という意味合いにおいても、私たちの考えもしなかった問題が発生する可能性がある。

日本と世界の競馬とのスポーツとしての構図の歪み(賞金水準と競技レベルの乖離)がある以上、一気に大胆にではなく、日本的に映るかもしれないが、少しずつ様子を見ながら手探りで外国人ジョッキーに参入してもらうべきだろう。そのために短期免許制度を活用しながら、お互いにとって日本の競馬が相応しい舞台かどうかを見極めていくといい。外国人ジョッキーに対する崇拝や偏見があるのも確かだが、時間をかけて付き合っていると見えてくるものはあるはずだ。たとえ腕が達者でも人として尊敬できなければ、やはり騎乗依頼は少なくなるはずで、実はそういったところで相応しくないジョッキーは淘汰されていくし、それは日本人騎手も例外ではない。もしかすると、ジョッキーほどアスリートとしての能力と人間性を同時に問われる職業はないのかもしれない。

Photo by fakePlace


・「世界へ飛び出せ、若手騎手たちよ」
http://www.glassracetrack.com/blog/2013/12/post-db7a.html
・「安藤勝己VSルメールの対談を読んで(前編)」
http://www.glassracetrack.com/blog/2009/01/post-acfb.html
・「安藤勝己VSルメールの対談を読んで(中編)」
http://www.glassracetrack.com/blog/2009/02/vs-c4e6.html
・「安藤勝己VSルメールの対談を読んで(後編)」
http://www.glassracetrack.com/blog/2009/02/vs-85c0.html
・「競馬はいつでも血の滾る」
http://www.glassracetrack.com/blog/2008/01/post_e179.html
・「デムーロ、卓越した騎乗技術」
http://www.glassracetrack.com/blog/2010/11/post-bce5.html

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