« 極めてシンプル、競走馬は全成績で4つのタイプに分けられる。 | Main | 非の打ちどころがない好馬体のペルソナリテ:5つ☆ »

変わらないためには変わり続けなければならない。

Keepchanging

10代の頃から、競馬について読み、書き、語ってきた。馬という文字の入った情報であれば、手あたり次第に身体の中に取り入れた時代もあったし、競馬について表現できる場がなく、もがき、苦しんだ時代もあった。なぜ自分が好きになったのが競馬だったのか、と自己嫌悪に陥ったこともある。競馬でない、何か他のものであれば、青春を謳歌できたかもしれないのに、と世を恨んだこともある。それでも競馬について考えることを止めることはできなかったし、自分には競馬について語る資質があると根拠なき自信に漲っていた(本当はそんなものはなかったけれど)。だからこそ、ここまでやってこられた。

20年以上にわたって競馬に寄り添ってきて、大きな時の流れというものを感じざるをえない。時代の変化というべきだろうか。たとえば戦争を経験したような方々が、生きて、現代に感じるような時代の移り変わりに比べると、私の感じるそれは大したことないのかもしれない。それでも私は、自分の感じるものに抗うことができない。自分自身が少しずつ、しかし大きく変わったこと(これを成長と呼ぶのかどうかは分からない)、そして、周りの環境がこれも少しずつ、大きく移り変わったこと。この2つの変化によって、時代が大きく動いたように感じるのだろう。

いつごろを境にか、競馬の産業は縮小し続けている。馬券の売り上げを基準にして1998年がピークだと言う人がいる。だとすると、バブルの崩壊や氷河期世代、それに伴う人口動態の問題、さらにインターネットの急速な普及とほぼ軌を一にする。私の世代は高度経済成長の恩恵を受けて育てられた一方で、いざ社会に出ようとしたときに梯子を外された。豊かさを知っているがゆえに、自分たちもこの手で豊かさを掴めるという幻想に憑りつかれ、誰もが落ちまいともがき続けなければならない。インターネットやSNSやスマートフォンに私たちが取り込まれるのは何ら不思議ではなく、そんな時代に競馬は取り残される。

競馬が小さくなるとどうなるのか。すぐに必要ではない文化やスポーツとしての部分が失われてゆき、目に見えやすい馬券としての部分が残る。それは本質的な部分以外が削られていくということではない。衰えると、人間の肉体から筋肉が減って脂肪が残り、終いには骨と皮だけになってしまうように、競馬も本当は大切なところから失われてゆく。書店には読みたい競馬の本がない。競馬を語る文化人も少なくなり、他に活躍の場を移していった。彼らが悪いわけではなく、彼らも時代と共に変化せざるを得ないのだ。そのうち、何もなくなり、誰もいなくなるかもしれない。そんな競馬の姿を見るのはつらい。

私たちはどう生きるべきだろう。競馬とこの国の姿はよく似ている。競馬ファンと国民も同じ。私たちは受け入れなければならない。もしかしたら、大切な何かを失ってしまったかもしれないことを。経済的にも文化的にも貧しくなっていくことを。それはそれで仕方のないことだ。過去を懐かしみ、今を嘆くということではない。大きな河の流れに身を任せるのだ。そうして漂い着いた先には、競馬はもうないかもれないし、もしかすると新しい競馬の未来があるかもしれない。それが何なのか、もちろん私には分からない。そのときにも、私がまだ競馬を語れていれば喜ばしいが、それも分からない。変わることには悲しみが伴う。しかし、私たちは変わらないためには、変わり続けなければならない。競馬もそう。変わらないためには変わり続けなければならないのだ。

Photo by 三浦晃一

現在のランキング順位はこちら

|

Comments

治郎丸様

おはようございます。競馬を愛する方の熱い想いが伝わります。
おっしゃる通り、存続し続ける為には変化し続けることだと思います。

無くした古き良きものの代わりに、便利さだったり、一部の豊かさだったり、
あらゆる情報を簡単に得ることが出来る様になりました。

繁栄、衰退を繰り返して変化していく中で、淘汰された先が骨と皮だけでも
脂が乗ってた時代を見ていた事が大事なんじゃないですかね。

私は馬券しか考えてませんが、その裏にはいつもサラブレッドがいて、その
レースが甦り、その興奮が忘れられずにいます。

いろんな競馬視点をこれからも率直に発信して下さい。
本当に楽しみにしています。

Posted by: Nobu | August 29, 2015 at 08:49 AM

Nobuさん

いつもありがとうございます。

世の中が変わったこと、自分が変わったこと、そして競馬が変わったことによって、20年前とはずいぶん競馬の風景が変わってしまった気がします。

競馬の場合はそれが縮小という形をとっているのですが、良い意味で変わらないように変わり続けていかなければならなかったのですし、変わり続けていかなければならないのだと思います。

>私は馬券しか考えてませんが、その裏にはいつもサラブレッドがいて、そのレースが甦り、その興奮が忘れられずにいます。

よく分かりますよ。

Nobuさんのような競馬ファンがもっと増えていかなければいけませんね。

これからもよろしくお願いします!

Posted by: 治郎丸敬之 | August 29, 2015 at 12:42 PM

ブラウザーのブックマークでこのHPをクリックした時に、こういったコラムになってると『読むぞ』と気合が入ります。僕にとって贅沢な時間の始まりです。今月のコラムでの『日本の競馬の素晴らしさは、あやうく絶妙なバランスの上の、ギャンブルと文化、スポーツの見事な融合にある。』には正にその通りと思わず膝を叩きました。
僕は競馬歴15年で20代後半からの競馬ファンなので98年までの熱狂は知りませんが、海外で勝てる時代から競馬にハマって幸せを実感しています。それ以前は高校時代からずっとF1にハマってましたが、勝てる日本人ドライバーが現れないので興味を失ってしまいました。でも競馬に関しては日本馬が凱旋門賞やBCに届かなくても一生付き合っていく自信があります。
そして、治郎丸さんにはいつまでも競馬を語ってくれるように期待しています。僕はいつかラウンダーズが評価されて馬事文化賞を受賞されることも夢ではないと思っています。(そのため?にも年に1冊は頑張ってください!!)

Posted by: ダイコウサク | August 30, 2015 at 12:00 AM

ダイコウサクさん

ありがとうございます。

そうして待ってくれる方がいることは、私にとって何よりも励みになります。

日本馬が海外で勝てるようになるまでと、なってからの大きな時代の動きを見ることができて、私たちは幸せな世代だと思います。

F1やサッカーと違い、日本の競馬はあと少しで世界の頂点に手が届きそうなところまで来ていますよね。

もちろんそのあと一歩の壁が厚いのでしょうし、私たちが生きている間に日本馬の凱旋門賞制覇やBC勝利に立ち会えるかどうかは分かりませんが、希望は大きいです。

「ROUNDERS」もいつの日か馬事文化賞を受賞できるように頑張りますね(笑)

これからもよろしくお願いします。

Posted by: 治郎丸敬之 | August 30, 2015 at 11:47 AM

Post a comment