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さらば藤田伸二

Photo_3騎手の世界で綺麗に乗るということは、騎乗フォームやアクションが美しいだけではなく、フェアに乗るということを意味する。自分が勝つために、他の騎手や馬の危険を顧みず、レース全体の調和を乱してしまうような乗り方をするのではなく、競馬というスポーツが誰にとってもスムーズかつ公正に行われるように乗るということだ。ただ馬につかまってジッとしているだけであれば、それは安全安心ではあっても、勝利からは遠ざかってしまう。逆に、他の人馬を妨害したり、無理な進路変更やポジション取りをしたりすれば、自分の馬が勝つ可能性が高まることもある。「綺麗に乗る」と「勝つ」、どちらか一方だけを選択するのだとすれば、さほど難しいことではない。両方を同時に行うことが難しく、騎手として最高の技術と英知が求められるのである。

「特別模範騎手賞」を2度受賞した藤田伸二騎手は、綺麗に乗りながら勝つことを最も体現した騎手のひとりであろう。「特別模範騎手賞」とは、勝利数か獲得賞金、勝率のいずれかの部門で全国リーディング5位以内に入る優秀騎手賞を手にし、なおかつ制裁点数が0でなければ取れない賞である。1980年に創設されて以来、この賞を獲得したのは、藤田伸二騎手以外には、柴田政人元騎手と河内洋元騎手だけなのである。これだけを見ても、綺麗に乗りながら人より多く勝つことがどれだけ難しいかが分かる。

藤田伸二騎手の騎乗で印象に残っているのは、逃げて勝ったレースであり、その中でもローレルゲレイロで制した2008年の高松宮記念と2009年のスプリンターズSは彼の真骨頂であった。スタートしてから大胆なアクションでハナに立ち、道中は馬と喧嘩することなくキッチリと抑え込み、最後の直線ではムチを豪快に振るう。レース前からの口撃のようなものがあるとは思わないが、絶対にハナを取ってやる、下手に絡んでくる奴は許さないぞ、という無言の圧力がほとばしっているような逃走劇であった。誰にも迷惑をかけず、邪魔をしない、綺麗な勝利でもあった。

その藤田伸二騎手が中央競馬界を引退する。派手な外見や言動とは裏腹に、繊細さを秘めたジョッキー。競馬場の外ではなくターフの上でもっと暴れてほしいと思った時期もあったが、藤田伸二騎手のこだわりが見えてくるにつれて、彼がターフの上では自らを厳しく律していることが分かった。レースに行って、ソツなく乗らせたら、右に出る者はいない。彼のミスをしない騎乗スタイルを考えると、人気のある実力馬に乗ってこそのタイプであり、良い馬が回ってこなくなった時期は苦しかったはずだ。

とはいえ、晩年のJRAやエージェント制に対する批判から始まり、後輩ジョッキーたちに向けた辛辣な苦言やダメ出しに至るまでの一連の言動には、藤田伸二騎手を昔から知る競馬ファンですら興ざめせざるを得なかったはず。藤田伸二騎手が大活躍していた時代には強力なエージェントに支えられていたことなど、競馬関係者なら誰もが知っている話であり、外国人ジョッキーや地方出身の騎手に良い馬が回るのは、彼らの騎乗技術や人間性が磨かれて、より光っているからである。平日にゴルフ三昧をする暇もなく、彼らは1年365日、馬に乗り続けてきたからこそ今があるのだ。日本競馬のレース自体のレベルも、かつてに比べると格段に高くなっている。世の中、上には上がいるのだ。藤田伸二騎手が心配する、一生懸命に調教を頑張っている騎手たちには、いつかチャンスが巡ってくるから安心してほしい。本来はそういう時期を乗り越えてこそ、本物のジョッキーになれるのだから。

「元々いいものを持っている騎手なんですからね。31歳のいま、それに気付いたとしてもそれは少しも遅くはないんです。若いときに多少の無茶をしたり、あるいは人生経験の拙さから自分自身をいびつな木に育ててしまったとしても、ある瞬間に本人の危機感や自覚のハサミできちんと剪定し直したなら、一瞬にして素晴らしい木に変わるんです。」

かつて藤田伸二騎手のことを高く買っていた伊藤雄二元調教師の言葉である。彼が偉大な調教師に愛されていたことが伝わってくるだろう。言動は支離滅裂であり、矛盾を抱え、裏腹なことも多くあったが、彼は偉大な騎手になる可能性を秘めていたのである。愛すべき部分と憎らしい部分が共存していたのは、彼が正直な人間であったことの証ではないかとも思える。おそらく一緒にいたら楽しくて、清々しい人間なのだろう。でも時折めんどうくさくて、厄介で、憎たらしいところもある。あなたの周りにもそんな友だちいないだろうか。さらば藤田伸二。

Photo by fakePlace

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Comments

次郎丸さん
おはようございます。
藤田騎手 突然の引退でしたが いつかこんな日がくるのではないかと何年か前からささやかれてましたよね。
「騎手の一分」を出版した時期くらいからだったかなぁ‥。
古き良き時代の騎手とでもいえばいいでしょうか?自分の考えを曲げることなく信念を貫ける騎手の一人だったように思います。
騎手ってのは 勝つことが一番の目的だし 勝たせることが仕事だと思いますが 時々 そんなこととはかけ離れた光景を目にすることがありますよね。
ロジユニヴァースの時のリーチザクラウンのように。
キズナの時のメイケイペガスターのように。
自分の勝利ではなく 仲間の馬が勝つであろうと確信し アシストできることは 美しい光景だと思います。
勝つことは 偶然でも 必然でもなく 色んな奇跡が重なっておこる出来事のようです。
私はドバイワールドカップの時のトランセンドが好きでした。
カメラが気になってか トランセンドが首をかしげてるようにしていて かわいい馬だなぁと思いました。
藤田騎手が外国人ジョッキーから 東日本大震災直後の日本へのメッセージを集めている姿も印象的でした。
やんちゃなイメージですが 情に厚い 任侠騎手よ さらば。

Posted by: 通りすがりの皇帝ペンギン | September 12, 2015 at 06:14 AM

後半のくだり、特にゴルフのくだりは全くもって同感です。
ウィリアムズ騎手が来日していた時、彼は朝一番で馬場状態を計測する機械で計測していたと聞きます。他に朝からいた人は岩田騎手のみだったらしいです。
 
確かに息抜きも重要ですし、ゴルフが悪いとは言いませんが、そこから既に勝負がついているような気がします。

Posted by: D.Yama | September 12, 2015 at 09:35 PM

通りすがりの皇帝ペンギンさん

おはようございます。

とうとう来る日が来てしまいましたが、最近の騎乗成績を見るにつけ、時代は変わったのだと思わざるをえません。

私が競馬を始めた頃の藤田騎手が、まさかここまで騎乗依頼が減るとは思いもよらなかったですから。

知っている騎手の引退は寂しいものがありますが、引き際としては正しかったのではないでしょうか。

藤田騎手の思い出の騎乗はたくさんありますよね。

自分が本命を打っている馬に乗っているときの安心感は他の騎手にはないものがありました。

Posted by: 治郎丸敬之 | September 13, 2015 at 12:05 PM

D.Yamaさん

厳しいことを書いてしまいましたが、どうにも藤田騎手に見えている世界と現実が少し違うような気がして。

たしかに現在のエージェント制には問題があるところもありますが、昔は良かったのかというとそうでもなく、レースのレベルとしては地方や外国からジョッキーたちが入ってきたことで格段にアップしたと思います。

馬を御せない騎手では勝てなくなってきたということです。

若い頃に全てを捨てて馬に乗ってきた人たちに、競馬学校を出てちやほやされてしまう騎手が敵うわけありませんよね。

Posted by: 治郎丸敬之 | September 13, 2015 at 12:07 PM

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