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あの日、彼らと共に走った

1998年11月1日、この日付だけを見てピンと来た方もいるだろう。サイレンススズカの命日である。この日に行われた天皇賞秋において、私はサイレンススズカの単勝馬券を買って観戦した。オッズが1.2倍だったので買うべきかどうか迷ったが、サイレンススズカと一緒に走りたかったので買った。毎日王冠の美しい逃げ切りを現地で観て、もう1度あの滑らかな背中を味わいたいと思ったのだ。私の興味はサイレンススズカが勝つかどうかということよりも、どれだけ離して勝つかという点にあった気がする。

パドックから返し馬に至るまで、私はサイレンスズカを見続けた。文句を付けようがないほどの出来にあったのか、サイレンススズカの周りには常に笑顔が溢れていたし、幸せのオーラが発せられていた。武豊騎手もその背にいることの幸せを噛み締めているようであった。まさかわずか数分後に、あのような結末を迎えてしまうとは誰が想像しただろうか。第118回天皇賞秋は、美しく幸せに満ちて終わるはずであった。武豊騎手も「理由なんかない」と語っていたように、サイレンススズカが躓いて倒れる理由なんて、これっぽっちもなかった。競馬の中で起こる現象には全て理由があると考える私も、理由なんてなかったと思うし、そう思いたい。

それでも、たったひとつだけ、あれから17年の歳月が経った今でも、私の胸につっかえていることがある。それは武豊騎手の手の動きである。スタートしてから最初の1ハロンにおける、武豊騎手のサイレンススズカに対する「行こう」という手綱を通した合図が、1回もしくは2回ほど毎日王冠のそれと比べて多かったように感じられたのである。たった1回か2回の、ほんの僅かな手の動きではあったが、私はそれを見て一抹の不安を覚えたことをはっきりと記憶している。どれぐらい離して勝つかと楽観していたにもかかわらず、実際のところは恐れていたのだろうか。あまり飛ばして行くと、さすがのサイレンススズカもバテちゃうよと。何が起こるか分からないのが競馬であり、ステイゴールドやエアグルーヴに迫られた宝塚記念のこともあるし、さすがにG1レースともなると簡単には勝たしてくれないと慎重になっていたのかもしれない。

それは鞍上の武豊騎手だって同じことだっただろう。そして、あの天皇賞秋における最大のポイントはスタートしてから先頭に立つまでの数秒間にある、と武豊騎手が考えたのは当然だろう。誰か無理にハナを奪おうとする騎手はいないか、玉砕覚悟で競ってくる馬はいないか、そんな不安がなかったと言えば嘘になるはず。さらに、その当時の天皇賞秋が行われていた東京2000mコースの設定が輪をかけた。スタートしてから最初のコーナーまでの距離が極端に短く、しかも急激に左に曲がることから、ポジション争いは熾烈になり、幾度も大きな不利を巻き起こしてきたコースなのである。

奇しくも、鞍上の武豊騎手は7年前の天皇賞秋で断然の1番人気メジロマックイーンに跨り、スタート後に内側に斜行したとして降着(18着)となっている。「魔物が住んでいる」と呼ばれる天皇賞秋の府中2000mコースの怖さを、身を以って知るひとりなのである。だからこそ、とにかく何事もなく、無事に先頭にサイレンススズカを立たせることさえできれば、と武豊騎手は念じたのだろう。その気持ちが、毎日王冠の時とは僅かに違う、手綱の動きとして現れたのだろう。どの馬よりも敏感なサイレンススズカはその意を汲み取った。

馬場状態こそ違え、毎日王冠の前半1000mが57秒7であったのに対し、天皇賞秋のそれは57秒4であった。スタート直後の武豊騎手の僅かな手の動きが、サイレンススズカを僅かに速く走らせたのである。決して非難しているのではなく、僅かに急かせてしまったのだろう。そう感じてしまったのは、私がサイレンススズカただ1頭を見続けていたからである。しかも、単勝馬券を片手に、極度の思い入れを持って、生の時間で観たからである。

今、天皇賞秋のリプレイを見てみても、その違いには気づけない。それは私の主観であり、もしかすると妄想なのかもしれない。それでも、私は1頭の馬や騎手だけをその瞬間に観ていなければ見えないことがあると思っている。サイレンススズカと武豊騎手に愛情を持って、見続けてきたからこそ、観えたのだと信じている。私はあの毎日王冠や天皇賞秋において、サイレンスや武豊騎手と一緒になって走ったのだ。身体はいつもここにあるけれど、それ以外のすべては彼らと共に走った。だからこそ、サイレンススズカや武豊騎手の不安や焦りが分かった。もちろん痛みも。

世界はとてつもなく不条理なことばかりのようにも見えるし、奇跡のように美しい出来事もある。そんな世の中で、私も取り返しのつかない過ちばかりを犯してきたし、時には喜びを味わうこともあった。そうして私たちは立ち止まったり、苦しんだり、前に進んだりする。ところで、「1頭の馬を見続ける」という視点においては、やはり馬券は単勝が基本となるだろう。今となっては、馬券の種類は片手に余り、両手が必要なほど増えたが、この考えは変わらない。儲かる儲からないではなく、あくまでも視点や思想の話である。

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Comments

次郎丸さん
おはようございます。
1994年5月1日 1998年11月1日
この日は毎年手帳を買うと必ず
サイレンススズカの誕生日、命日 と書いてます。
サイレンススズカの誕生日の1994年5月1日はアイルトン・セナの命日でありサイレンススズカはセナの生まれ変わりなんて説がありますが実際はサイレンススズカのほうがセナが亡くなるより少し早く生まれていたので生まれ変わりではないとの意見もあります。
98年の年刊ギャロップにレース後 のサイレンススズカと武豊騎手の写真が写っているんですが
サイレンススズカが武豊騎手に「ごめん。」とでも言っているような悲しい顔をしています。
そして これが永遠の別れであることを彼らは覚っていたと思います。
「せめて命だけでも…。」それすら奪ってしまうのですから競馬の神様は時に神であり、時に残酷なことをする悪魔のように思えます。
サイレンススズカと言えばもちろん武豊騎手ですが 私は上村騎手のサイレンススズカへの思いが好きでした。
弥生賞でのゲートくぐり
実はあの時、上村騎手は足にダメージを受けており 岡部騎手が乗り替わりの準備をしていたらしいですが 「岡部さんが乗れば惚れてしまい取られてしまう。」そう思った上村騎手は何が何でも自分が乗ったとありました。
その後 自らのミスでサイレンススズカを手離してしまったことに対して「調教で見かけるたびに、別れた彼女を見るようにサイレンスを見ていた。」等記してあり まるで恋心のように感じました。
天皇賞・秋も京都のターフビジョンでサイレンススズカを見ていたそうです。
光と影があるならば武豊騎手は光であり、上村騎手は影のように思います。
降りてからもずっとサイレンススズカのことを思い見守っていたことでしょう。
次郎丸さんが競馬は賭ける(書ける)ようになると面白くなりますよとおっしゃってましたが
競馬は賭けるし、書けるし、駆けるなぁなんて思いました。
それぞれの゛かけ方 ゛を見つけること。
それが競馬の楽しみ方なのかもしれません。
馬券師は馬券の道を。ロマン派はロマンの道を進めばいい。揺るぎない一つの信念を持って競馬をすることに憧れを感じます。
そんなこんなで今年の天皇賞・秋はエイシンヒカリです。
ただただエイシンヒカリが勝つ姿が見たいです。

Posted by: 通りすがりの皇帝ペンギン | October 31, 2015 at 06:48 AM

通りすがりの皇帝ペンギンさん

上村騎手の気持ちは痛いほど分かる気がします。

彼もいろいろとあって、その後、スリープレスナイトという牝馬と巡り合ってG1を勝ったときには私も感動しました。

陽もあれば影もあるのだと思います。

サイレンススズカの天皇賞秋は晴れの舞台だったにもかかわらず、一転して悲しみの舞台に変わりました。

競馬も人生も一瞬先の未来には何が起こり得るか分かりませんね。

そんな刹那であり生の美しさを競馬は教えてくれます。

あのレースは何度観ても、あれだけ離して逃げていたサイレンススズカが直線でさらに伸びたのか、それとも止まっていたのか、想像をかきたてられます。

そして、彼が種牡馬になりその血を残せなかったことは本当に日本の競馬界にとって大きな損失だったと思います。

エイシンヒカリはどんなレースを見せてくれるのでしょうか。

Posted by: 治郎丸敬之 | October 31, 2015 at 09:44 AM

次郎丸さん
こんにちは。
ブエナビスタが降着になってローズキングダムが繰り上げになったジャパンCの時に 悩みに悩み全部の馬の単勝を買った記憶があります。
ばかだと思われるかもしれませんが 必ずどれか当たるぞと もう勝った気でいました(o^-^o)
馬券(PAT購入でなく)には そうさせる魅力のようなものがあります。外れればただの紙切れですが そこに至った経緯を それを見れば思い出せる気がして いまでも大切にしまってあります。
1点単勝馬券には 他にはないものがあります。
馬名が入っているのが一番の魅力です。
それに加え複勝も買えば
がんばれ!
になりますからね。最高ですね。
サイレンススズカのどのレースが一番好きかと聞かれたら私は天皇賞・秋です。
悲しい記憶のレースですが 夢の続きをいまでも見たいと思います。
もし宝塚記念が京都でなく阪神だったらライスシャワーは?
もしドバイでスコールが降らければホクトベガは?
みな命と引き換えに 忘れることのない記憶を残していったように思えます。
それと同じように 私は勝ったレースより負けてしまったレースのほうが好きだったりします。
勝ったレースにそのレースの先を見ることはないけれど 負けたレースには もし勝っていたら?なんて思うことがあります。
競馬には時に1着より強い2着が存在します。
もちろん勝ったわけですから1着が一番強いのが正しい答えですが 競馬には数字だけではわからない 見たものだけに与えられる光景があります。
そんな光景を 見たくて 競馬を続けているのかもしれません。
自分が選んだ馬がどんな競馬をしようと すべて受け入れてレースが終われば 「おつかれさま」と言える そんな結果であって欲しいです。
競馬ファンに「この馬は今日故障するかもしれない。」そんなことを予想する人はいるわけないから とにかく無事にレースが終わることが一番ですね。

Posted by: 通りすがりの皇帝ペンギン | October 31, 2015 at 10:27 AM

いつも楽しみに読ませていただいています。
僕も「ギャンブルとしての側面」ではなくレースをする馬やそこに関わる人が好きなので、「一頭を見続ける」という思想に大変共感を持ちますし、回収率やや儲けといった競馬の本質ではない部分を気にせず、単勝を買いレースを応援する勇気がもらえます(笑)
出来れば、このコラムを本にまとめて出版して頂きたいのですが・・・自分でコピーをしてファイルしています。
これからも競馬の美しい側面の話をお聞かせください。

Posted by: ヒロシレス | November 09, 2015 at 08:45 AM

ヒロシレスさん

こちらこそ、いつも読んでくださって、ありがとうございます。

競馬はギャンブルの側面が半分ですが、もう半分はスポーツや文化としての馬や騎手たちだと思います。

どちらも楽しむことができれば、競馬の素晴らしさはこれ以上ないものになりますね。

こういったコラムもいつかは出版したいと思いますが、たぶん売れないので(笑)、自分たちで出版するしかありませんね。

馬券の売り上げが下がって、文化的な側面から縮小していくとは皮肉な話です…。

Posted by: 治郎丸敬之 | November 09, 2015 at 09:30 PM

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