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休養明けの馬の取捨は、その休養への入り方も考慮すべし

Rensai29

競走馬はレースの間に休養を挟むことで心身を回復させる。トンネルの入口から入り、出口から出るように、休養に入り、休養を終えてレースに出走することを繰り返す。言葉にすると簡単に思えるが、実はこの休養に入ることに伴う問題は複雑であり、関係者たちが頭を悩ませるところでもある。それは休養中の過ごし方が休養明けの成績に直結するからであり、さらにさかのぼって考えてみると、休養への入り方が休養中の過ごし方、そして休養明けの成績に大きな影響を与えるからである。

休養への入り方の難しさを私が知ったのは、2005年の宝塚記念のこと。東の横綱であるゼンノロブロイは、2004年の秋シーズンにおいて、テイエムオペラオー以来、史上2頭目となる天皇賞・秋→ジャパンカップ→有馬記念という3連勝をやってのけたのち休養に入った。これだけの偉業を達成した名馬であり、たとえ休み明けであっても人気に推されたのは当然ではあったが、私にはゼンノロブロイが好走できるとは到底思えなかった。なぜなら、天皇賞秋→ジャパンカップ→有馬記念の3戦で激走したのちに休養に入り、ぶっつけで宝塚記念というローテーションは、2003年に凡走した同厩馬シンボリクリスエスのそれと酷似していたからである。
 
2002年、当時3歳馬のシンボリクリスエスは、天皇賞・秋で古馬を一蹴すると、続くジャパンカップでも世界の強豪を相手に3着し、そして暮れの有馬記念ではタップダンスシチーを豪快に差し切って年度代表馬に輝いた。成績を見るだけでも、この秋、シンボリクリスエスにかなりの負担が掛かっていたことは想像に難くない。あらん限りの力を出し切った抜け殻の状態で、シンボリクリスエスは休養に入ったことになる。

翌年の宝塚記念では、半年間の休養を挟んで万全の体勢で臨んできたものの、1番人気を裏切り5着に敗れてしまった。実際にかなりの本数を乗り込んでいたし、当日の馬体を見ても、力を出せる状態にまでほぼ完全に仕上がっていたことは間違いない。休み明けとしては仕上がりに寸分の狂いもなかった。それでも敗れてしまったのは、目に見えない部分で、前年度の疲れが尾を引いていたからに他ならない。たとえどのような調教が施されたとしても、宝塚記念でシンボリクリスエスが凡走することは必然であったとも言える。

(続きは週刊Gallopにて)

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