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知的ゲームは考え続けた者のみが最終的な勝者になれる

Rensai45

競馬の予想をしていると、いつまで経っても結論が出ず、頭が沸騰しそうになることがある。最近でこそ、少し決断が早くなった気はするが、競馬を始めてからの20年間は、ピースの欠けているパズルを完成させようとするように、ああでもないこうでもないとあらゆる要素をくっつけたり外したりして考え抜いた。考え抜いたというと響きは良いが、それはほとんど混乱に近かった。そうして苦悩の末に導き出した予想も、当たったり当たらなかったりした。正解はなく、努力すれば報われるわけでもない。それでも、いや、だからこそ、答えのある世界に生きてきた私にとって、人智を超えた競馬というゲームは新鮮で知的に映ったのである。

今でも鮮明に記憶に残っているのは、ちょうど10年前の2006年フェブラリーSのこと。私はカネヒキリに本命を打つかどうか迷いに迷っていた。このわずか2.7倍の単勝を買うために、私はおよそ1週間、寝る間も惜しんで考え続けた。特にレース前日の土曜日などは、ほとんど丸1日をフェブラリーSの予想に費やした。今から思えば狂気の沙汰であるが、ようやく決断できたのは日曜日の朝であった。

フェブラリーSにおけるカネヒキリには、「能力を発揮できる状態にまで仕上がっているのか」、「スタートで立ち遅れることはないのか」という2つの不安点があったが、結局のところ、仕上がりについてはまだしも、スタートに関しては、実際にレースで走ってみないと分からないのであった。スタートした後になれば、あらゆる不安は全て解消されるか、もしくは見事に的中することになる。しかし、競馬の予想をする以上、ゲートが開く前に少しでも多くの不安要素を解消していかねばならない。カネヒキリが圧倒的な能力を持っていることがはっきりしている以上、2つの不安を解消できるかどうかが馬券の当たり外れに直結してくる。だからこそ、私は他のことを全て投げ打って考え続けたのだ。

しかし、どうしても私には分からなかった。それでも私は、「カネヒキリは完調とまではいかないが、能力を発揮できる状態にまで仕上がっていて、たとえ出遅れたとしても、なんとか差し切ることができるはず」という結論を下した。そして、実際のレースでは、カネヒキリは出遅れることもなく、私の結論を大きく上回る、他馬を寄せ付けない強さで圧勝した。結果的に馬券は当たったものの、決して私の考えが当たったわけではない。

レース後の安堵感の中、「なぜ、毎々レース、当たりもしない先を考えるのだろう?」とふと思った。

(続きは週刊Gallopにて)

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