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集中連載:現代のコアな競馬ファンがすなる一口馬主というものを(第8回)

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第1部が終わり、お昼休みに入った。この間に軽い軽食として食べたラーメンが美味しかった。馬主しか食べられないコーナーがあり、いつか私もここで食事をしてみたいと感じた。ふと周りを見回すと、休憩にもかかわらず、馬を見ている関係者たちがあちこちにいる。彼らは気になった馬は1頭でも多く見ようと、食事を取る間も惜しんで、馬を出してもらい、つぶさに馬体を観察している。その中に、石橋守調教師や河内洋調教師もいた。セレクトセールなどに比べると、それほど高額馬が上場されるセールではないにもかかわらず、掘り出し物を探しに、馬のいるところならばどこでも行くという雰囲気が漂っている。

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そうこうしていると、セリが始まったのか、必然的に場全体の雰囲気もピリッとしたものに変わる。セリ場に入る前に、順番待ちをしながら引かれている馬もいるし、そのさらに前に屋外で周回している馬もいる。ここではどの馬も多くの人間の視線にさらされる。これだけたくさんの人間に一度に見られることは初めてという馬もいるかもしれない。自分が商品として観察される気持ちはいかようなものだろう。それでも、ほとんどの馬たちは、人間が見ていることなどお構いなしという仕草で堂々と歩いている。むしろ引いている人間の方が緊張しているかもしれない。

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私はセリの会場に入った。満席とまではいかなかったが、空席がちらほら目立つ程度で、人の入りも多い。安田隆之調教師の姿も見えた。主催者から金額が提示されると、それ以上の声が上がり、さらにそれを上回らんと値段が次第に吊り上がっていく。ほとんど主取り(買い手がつかない)になってしまう年もあるが、今年のオータムセールはまさに競り合いという様相を呈しており、人々の馬を買おうという気持ちが高まっていることが手に取るように伝わってきた。今回は馬を買うつもりで来たわけではないにもかかわらず、こうした雰囲気の中にいると、心が躍り、競りに加わってしまいそうになる自分を抑えるので精いっぱい。もしここで私が、「500万!」と声を上げたらどうなるのだろうかと、おかしな妄想で頭の中が一杯になった。

社台グループの創始者であり、ノーザンテーストやサンデーサイレンスを日本に輸入した吉田善哉さんは、名生産者は名バイアーでなくてはならないとして、セリで良い馬を買うためのコツを以下のように指南している。

吉田さんに、こうした良馬を買う方法をたずねると、「まあとにかく、たくさんのセリに出かけて、とことん良い馬を探すことです」という。吉田さんは子供の頃から父親に連れられて各国の馬を観てまわっている。年をとるにつれて、吉田さんは更に多くのセリに出かけていくことになる。キーランド、サラトガ、ニューマーケット、カラ、ドーヴィル、浦河、静内、むろん地元の千葉や胆振はいうにおよばず、セリのあるところ吉田善哉さんの顔があるといっても過言ではないだろう。だが、吉田さんが本当に欲しい馬を買えるようになったのは最近である。「長い間指をくわえて観ていたのですよ。しかし、それがとても重要なことです」と吉田さんはいう。セリで成功する方法の第一は、指をくわえて観ること!セリに出かけていくと、何頭かはどうしても欲しい馬に出合うものだ。何度もセリに出かけて行って、欲しい馬に出合わないのなら、馬産家としての才能がないとあきらめた方がよいだろう。もし、サラブレッドに対する何らかの見識があるならば、絶対に欲しくってたまらない馬に出合うはずである。そして、その馬を他人がセリ合っているのを、じっとがまんの子で観ている。やがて、もうどうしようもなく買わなければならない馬に出合うはずだ。そんな時、お金がなくても何らかの手段を講じて、買いにまわるのである。 (「新しい競馬のビジョン」山野浩一著 より)

それにしてもサラブレッドは美しい。セリ場でスポットライトに光り輝く馬を見ていると、その馬を走らせて賞金を稼がせたいという野心などはちっぽけなものであって、この人間がつくりだした芸術品を手に入れたいという崇高な気持ちが湧いてくるから不思議である。それは所有欲にまみれた、コレクション趣味の男の性なのかもしれないが、競馬が好きな人、馬を愛する人ならば私のこの気持ちを分かってくれるかもしれない。近いうちにまた来てみたい、いつか自分もこの場で競りに参加してみたい、そんな青白い小さい炎が私の心に灯った気がした。私はオータムセールをあとにして、門別競馬場に向かった。

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